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お寺とヨガは関係あるのですか?

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お寺でヨガとか最近聞くのですが、お寺とヨガってそもそも関係あるのでしょうか?自分は男ですがヨガは興味あります。姿勢も矯正できそうだし、精神を落ち着かせたりいつも余裕な毎日を送れるような気がしています。お坊さんもヨガをしたりするのですか?

2013年3月6日 15:34

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ヨガは、仏教における瞑想・禅定修行の一つ

tak 様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

ヨガ・ヨーガ Yogaは、仏教では、瑜伽として、古来より瞑想・禅定修行の一つの手法として用いられて参りました。例えば、禅における「坐禅」もその一つとなります。

詳しいヨガの分類につきましては、下記が最も参考になるかと存じます。

ウィキペディア・ヨーガ 参照
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC

近年は健康やダイエットのためとして、お寺でのヨガ教室の開催も目立ってきておりますが、もともとは、心身を安定・向上させて高い境地(悟り)を目指すというのが、仏教におけるヨガの目的と言えるのではないかと存じております。

ヨガを積極的に取り入れることで仏教において発展した学派としては、瑜伽行唯識派、瑜伽行中観派といった系譜もございます。

仏教では、ヨガなどの瞑想・禅定修行を通じて、心に良き変容をもたらして、心を善い状態に保ち、煩悩・無明(根本的無知)を抑えて退治し、悪行を成さずに善行に励み、また、更に、菩提心も養って慈悲・利他行の実践へと向かうことが求められて参ります。菩提心に関しましては、下記拙論をご参照頂けましたらと存じます。

『菩提心論』
http://t.co/aSBtLQQI

釈尊は、厳しい修行の最終段階において、菩提樹下に坐しての瞑想・禅定によってお悟りを開かれました。その内実は、「四聖諦」(苦・集・滅・道)が主なものであったと考えられています。

瞑想・禅定修行によって、より深く心の有り様を観察し、また外界の有り様も観察していくことで、何が真理(空や縁起の理法など)であって、何が私たち凡夫の迷い苦しみとなっていて、その原因が何であるのか、その迷い・苦しみを滅していくためには何が必要となるのかなどを如実に洞察・了解して、実際にその迷い・苦しみを排撃させていくこと、またやがては高い境地を得ることによって、一切衆生の迷い・苦しみの排撃にも取り組んでいくことが求められるものになると存じております。

少しでもヨガへの興味を通じて、仏教の教えにも親しんで頂ければ幸いであるかと存じております。

川口英俊 合掌

2013年3月6日 23:43
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

「お寺全般」問答一覧

今のお寺はもう駆け込み寺ではないのか?

鎌倉の報国寺住職であられた菅原義道氏(故人)の本を数冊読みました。禅宗の僧侶だったことですので、以下老師と呼ばせて頂きます。老師は著名な僧侶だったらしいので、現在の僧侶のなかにも老師の著書を読まれたり、直接謦咳に接された方もおられるでしょう。 菅原老師のご著書を読んで感慨を深くしたことは、(少なくとも)菅原老師の寺院は「駆け込み寺」としての機能を持っていたことです。ご著書の中にこんな部分がありました。「自分の寺の境内で女子高生らしき若い女性を見つけた。深く悩んでいるように見えた。お寺に救いを求めて訪れたのだろうと思い、『さあ、さあ、そんなところに立っていても寒いから、中に入ってお茶でも飲まないか?』と言って寺の中に入れ、彼女の話を聞き始めた。」 今、こういうことをして下さる菅原老師のようなお坊さんて居るんですかね?少なくとも私は今まで一度も経験はありません。寺を一人で訪れたことは数十回もありますが。。 率直で恐縮ですが、今の仏教は「葬式仏教」と言われて久しい。人が死んで葬式を行い、それでお金を稼いでいるという意味ですよね?(はっきり言えば) なんでこんなことを聞くのかと言えば、私一年ほど前に近隣の浄土真宗の寺院の住職にお会いしたかった。仏教を学ぶ手ほどきも受けたかった。でも、メールを送っても電話をしても何の連絡もなかった。「お忙しいでしょうから、お手すきの時にお電話でもメールでも返信をお願いしたい」と伝えたのにも拘らずです。その浄土真宗寺院には、もう連絡する気も訪問する気もなくなりました。 今のお寺には菅原義道老師のお寺のような「駆け込み寺」的な要素はもう期待できませんか? 住職に面会を求めて何かの悩みを相談できるような雰囲気はもうありませんか? このhasunohaに登録されている僧侶の皆さんであれば、菅原義道老師のような方がおられるかもしれないと思ったのですが、いかがでしょうか? それとも今の仏教はもはや「葬式仏教」に堕してしまったんですか? 少々辛口になってしまいましたが、忌憚のない意見・質問を述べさせて頂きました。ただ、”私のように考えている日本人は決して少なくない”ということを忘れないでください。

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お寺でボランティア

いつもありがとうございます。 また質問させてください。 外ではニコニコしていて陽気で人当たりが良く気前も良い義父なのですが、家の玄関を開けた途端に豹変し、家族に対していつもイライラし、支配したがり、言うことを聞かないと怒鳴り、暴言、見下し、金づる、口を開けばモラハラととれる言葉ばかりを発し、孫に対して差別したり気に入らない孫には煩いと怒鳴り思い通りにならないとバカ野郎と怒鳴って脅して叩いたりしてきます。 そんな義父ですが、お寺のボランティアを熱心にしています。 外では本性を隠しているので住職にもバレていないみたいでとても信頼され気に入られており、住職主催のイベントを毎回お手伝いしています。 義母は良い戒名を頂くためにボランティアをしているんだと言っていました。 私は義父の本性を毎日見ているので、いくらお寺で徳を積んでも、今まで家族にしてきた悪行は帳消しになるわけがないと思っているのですが、仏教的には帳消しになるのですか? 人の心を好き放題傷付けても、ボランティアさえすれば全部チャラなのですか? お寺でボランティアをしたら良い戒名を頂けるのですか?値引きして頂けるのですか? 良い戒名は我が家ではとても手が届くお値段ではないので、義父亡き後私達に支払いを求められても払えませんし、あんなひどい人間に良い戒名などとんでもない!と思ってしまいます。 ボランティアの前に、家族を大切にすることの方が大切なのではないかと思うのですが、違いますか?

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遠方の菩提寺への対応がわかりません

遠方で一人暮らしをしていた高齢の母を介護呼び寄せして世話をしていたのですが、先日他界しました。 菩提寺は、両親の生まれ故郷(呼び寄せ前に住んでいた土地)にあります。 父はすでに他界し、その菩提寺に遺骨を預けてあります。お墓は建てておりません。 菩提寺は家から遠かったこともあり、護持費と行事ごとのお布施を振り込んでお寺で供養していただくのみで、直接対面のお付き合いはありませんでした。 母の葬儀はこちらで執り行い、通夜や告別式はせずお坊さんも呼ばず無宗教の直葬としました。 現在、遺骨は私の手元にあり、写真を立て、ろうそくと線香、お茶と生花を供えて供養しています。 今後、母の遺骨は、こちらの自治体の無料の納骨堂(期限1年間)に預ける予定で、その期限までに永代供養墓か納骨堂などを見つけて移すこととなります。 私は独身で子供もいないため私の代で家系が途絶えます。 遠方にある親の持ち家は引き継がないため、いずれ父の遺骨もこちらに持ってきて、母と一緒に永代供養墓に入れる予定です。 そこでお伺いしたいのですが、 * * * * * (1)母の他界は菩提寺にすぐお知らせした方がよろしいのでしょうか?それとも永代供養墓など預け先が決まってからでもよろしいのでしょうか? (2)すぐにお知らせする場合は、父と同じように菩提寺の供養に則り戒名もらったり法要を執り行うことになるのでしょうか? (3)お墓はないので墓じまいはありませんが、菩提寺とのお付き合いを終わりにする際、父の遺骨を引き取るのにどのような費用がどのくらい掛かるものなのでしょうか? * * * * * 母が健在のときはかなり高額なお布施を何度もしており、菩提寺からもお寺改修費などで一人〇〇万円と希望額を提示した寄付のお願いなどが来るのですが、私は現在無職で収入もなく大きな出費を負担するのがとても厳しく、また、遠方のため行き来するのも難しい状況です。 どういう段取りで何をすべきかや、どのくらいのお金の準備があればよいのかわからず頭を抱えております。長い文になり申し訳ありません。 アドバイスいただけますと大変有難く存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 3
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初心のお寺からパワーを授かりたい

いつもお世話になっております。 昨年、今年と運気がさらに悪くなることはなかったのですが横ばいのような感じで、あまりパッとしない日々を過ごしております。 起死回生をねらって転職活動や資格試験も頑張っているのですが、あと一歩のところで実を結ばない結果が続いています。 今、結果待ちのものもありますが、自分の力を発揮出来ず、悔しい気持ちと同時に、成功している奇跡を信じて、運を天に任せている状態です。 そこで、少しでも運気の流れを変えたく、やはりこれまでずっとお世話になってきた某寺にお参りして何かパワーのようなものを授かろうと思っているのですが、あまり意味はないでしょうか。 たしかに、過去には「参拝したけど良いことがなかった」とか「おみくじを引いたら凶が出て、その後本当に不運が続いた」とか良いイメージがなかったこともありました。 一方で、就職に悩んでいた時に参拝した直後、すんなり就職が決まったり、6年前には参拝して1週間後に今の妻と出会ったと言う「運命」を感じたこともありました。 特に理由はないのですが、このお寺からパワーを授かると、運気が変わる気がします。 お参りに行く価値はあるでしょうか。

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オープンなお寺とクローズドなお寺?

語彙力が無いので、もし失礼な表現になってしまっていたら申し訳ありません。 私はお寺に行くのが好きです。 奉られている方々にお参りしてご挨拶したいというような気持ちで向かうこともあれば そのお寺のある御山そのものに包まれたいと行ってみたり 歴史や仏像、建造物としての素晴らしさに触れることを目的に伺うこともあります。 勿論御先祖への気持ちや、その他諸々思うところあって、お参りに行くこともあります。 ただ お寺側が積極的にオープンにしてくださっている場所(総本山や所謂名刹、もしくは様々なメディアで情報発信をしているようなところ)だと気兼ねなく伺いやすいのですが、 そうでないお寺だと 興味があってもなかなか入りにくいです。 時間等は常識の範囲内で、純粋に本堂にお参りに伺うだけといった場合でも、 やはり檀家でもない紹介もないような人が入られては困る、ということはあるのでしょうか。 旅先や引っ越し先に出会ったお寺で、どなたが奉られているのかな?など気になることもあるのですが、もしそのお寺や周りの方々の気分を害してしまったら…と思って戸惑ってしまいます。 またオカルトな話なんかだと(主に神社等ですが)由来の分からない寺社にやたらに入るのは良くないなんて言われたりもします。こういったことはあるでしょうか?

有り難し有り難し 32
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