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因縁とは?仏教と神道の関係とは?

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 私の妻が今まで困ったら相談をしていた神道を信仰している女性から「あなたの家の先祖の因縁のせいで自分の家族にも不幸が起きてしまった。重い因縁であり、神の世界ではもはや救うことができないので、仏の世界にすがり救ってもらう必要がある」と言われてしまいました。 
 妻は自分の家の因縁が重いと言われたことにショックを受けていますが、仏教における先祖の因縁とは一体どういうことを意味しているのでしょうか?
 また、妻は神道で救えず仏教にすがる必要があるといわれたことにもショックを受けているのですが、そもそも日本において仏教において神道はどういう位置づけなのでしょうか?
 教えていただけると幸いです。

2013年3月18日 14:59

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

因縁とは感謝すること。仏教と神道は領域が異なります。

MKさん初めまして、日蓮宗一妙寺の赤澤と申します。
重い因縁といわれ、御心痛心よりお察し申し上げます。宗教は悩みや不安を取り除くために存在するのであり、「救うことができない」というのは本末転倒なお話です。

信者獲得のための手立てにしか聞こえません。
先祖の因縁とは、数多くのご先祖さまからのご縁をいただいて自分がこの世に誕生していることを忘れないことを申します。先祖の因縁=不幸とはおかしなお話です。不幸はどこのお宅にもあります。毎日先祖供養をしているお寺の住職家族にもあります。

仏教における神道の位置づけは?というご質問ですが、神様と仏様はそもそも役割が異なり、同列に考えることはできません。

時間軸で申しますと「過去」「現在」「未来」とある中で、「現在ー未来」までの領域を司るのが神様です。ですから「病気を治す力をください」「子供を無事に出産する力をください」といった、自分にまだない力をいただきたい(未来)これが神様の領域です。
一方、仏様はというと「過去ー現在」の領域だと思います。なので「すでにあるものに感謝する領域」。先祖供養や罪滅ぼしなどです。

端的に申しますと、「新しいものを頂くか、既にあるものを直して使うか」の違いであると思います。
そして、新しいものを求めるよりも、既にあるものに手を加えて、大切につかう。このほうが日本人の肌にあっていたように思われます。

神の国、ニッポンに仏教が急速に普及したり、神と仏を同時に拝むのはこういった所以かもしれません。
日蓮宗のお曼荼羅には仏様だけでなく神様も勧請されております。

どうか良い方向へ向かわれますように。

2013年3月18日 22:11
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「因縁」とは「縁起」のこととして理解することが大切

MK 様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

仏教と神道との関係につきましては、下記問いにおきまして少し触れさせて頂きました。

問い「神祇不拝とは」
http://hasunoha.jp/questions/37

宗教間・宗派間においては、まず相互尊重、寛容性が大切なことを前提として、では、次にいかにして例えば土着の宗教・信仰・思想との融和も図って、仏教であれば、どのようにして独自性を保ちつつ、仏法を護持・弘法し、迷い苦しみにある衆生を導いていくべきであるのかが問われてくるところとなります。

明治時代の神仏分離令・廃仏毀釈による影響、更には国家神道強制による影響などがいまだに残る部分もありますが、概ね神仏習合思想が民心に受容される中で、日本仏教も日本古来の土着の信仰や神道とも融和をある程度図りながら展開していけたのではないだろうかとは考えております。

ただ、仏教においては、一神教としての絶対神、創造神は否定されるべきものであり、どのような神といえども、実体視できるような存在としてはありえないものとなります。もちろん、仏教における如来・菩薩などの尊格についてもしかりとなります。

このことは上記過去問の回答中における「もちろん、如来や菩薩にまで格上げされている神や尊格は実体としてあるものではなくて、あくまでも仏の教えの顕れとしての役割がそれぞれに与えられて、目的である悟り・解脱・涅槃へ向けての助けとしての存在である点には注意が必要であると考えております。」ということと考えております。

「因縁」につきましては、モノ・コトは、様々な条件や原因により成り立っているという「縁起」のことであり、存在は、「空」であり、実体として成立しているものではないが、「縁起」として一応は(世俗諦として)仮に成立していると措定して捉えるための考え方としてあります。

「先祖の因縁・・」という場合の「因縁」は、

ウィキペディア・因縁
http://ja.wikipedia.org/wiki/因縁

の説明にありますように、「心霊的・オカルト的に拡大解釈され、反社会的な教団や霊能者と自称する人物に、都合よく利用されることも往々にして多い。」というものであり、気を付けなければならないものとなりますでしょう。

川口英俊 合掌

2013年3月20日 23:25
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おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。妻や妻が信仰していた神道の先生から「供養できていない先祖がいて訴えている、先祖が罪深いから因縁で不幸になる。このままだと先祖の罪や怒りから子どもが命を落とすか犯罪を犯す」とずっと言われてきて、正直しんどく、親や先祖を恨みそうになってので、赤澤さまの「因縁とは先祖に感謝をすることである」というご回答に私も心が落ち着きました。また、仏教と神道の違いもよく分かりました。「すでにあるものに感謝する」。とても大切なことですね。宗教とは悩みや不安を取り除くためにあるものであるという言葉今の私にはとても心に響きます。

「宗教について」問答一覧

宗教脱退したあと

4年程前にこちらで宗教についてご質問させて頂きました。ありがとうございました。 その後についてご相談させて頂ければと思い質問させてください。 私自身、夫が入っていた宗教へのトラウマは徐々に前向きとなり、試行錯誤で歩んでおりますが、脱退した(夫は脱退させられた気持ちが強いかもしれません)夫自身はそうでなかったようです。 私がどれだけ気持ちを前向きに変えようとも、夫自身は私でも息子でも埋められないぽっかり穴があいてると言われました。宗教を失うことによって、仕事も何もぶれる、お前自身は辞めたら幸せになれるって言ったじゃないか!!と言われ、今更ながら夫に宗教を辞めさせた私がいけなかったのかと、私がぶれてしまいます。 結婚してから入信してることを知り、人は死んでも死後硬直しない、太陽が直視できるようになる、地獄に落ちるから宗教の内容や名前は言ってはいけないなど、特殊な宗教で、我が家の場合は家庭が壊れてしまうと思ったので、辞めてもらった?辞めさせるようした?のですが、あれから何年経っても、夫は心に穴が空いたままなのが分かりました。 私自身、身内がお坊さんなのですが、人を労る気持ちや感謝の気持ちなどごくごく自然に教えてもらったのですが、夫自身は家族以外に頼れるものを失った気持ちが強いことが伝わってきて何とも言えません。 このままめげずに心を持って暮らしていけば夫の心の穴は埋まるのでしょうか?? 

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信心するしないは、幸せに関係しますか?

いつも、ありがとうございます。 時々、疑問に思う事を質問させて下さい。 私の母は、昔から凄い信心する人で、私が思うに母が若い時に死ぬような病を祈願してもらって助かったことから、信心するようになったのかもしれません。 私が小さい時、お地蔵さんにお参りなど一緒に連れて行ってました。お寺や神社、お地蔵さん、ほんとによく通ってました。 私達が無事に過ごせますように。とのお願いをしていました。よく聞きますが、自分が年をとって人の手を取らなくていいように…のお願いもしていました。 そして、現在は私に依存しきってます。どんな時も私にです。人の手を取らなくていい!なんて有り得ません。とにかく私は、母の依存に疲れてます。年取ったから仕方ないとは思ってますが、仕事も忙しく、家事もして実家のことまで…それに適応障害の弟の事まで。 信心して、あれ程祈ってたのに。なので私が思うに人の手を取るとかは、自分の心の持ち方で変わると思います。そんな母の幼稚さ?になんだか悲しくなったり… 母は今では全く信心の気持ちは無くなってます。なんで、あんなにお参りしたんだろう?何もならんかった。と言ってます。 それに比べて私の友達の家は全くの無信心です。お父さんが亡くなって初盆でも和尚さんも呼ばずにお経もあげてません。 けれど、お母さんは、いつも前向きで 一人暮らしですが楽しく生活していて、娘(私の友達)に依存する事なく自立しています。 生きていくうえで信心していれば幸せになる、無信心だとご先祖様からも応援してもらえない。 なんて事は、関係ないのでしょうか? それは私の小さい頃からの思い込みでしょうか? 母からの依存は年だから仕方ない、後何年生きるかも分からないから、色々不満を持たずに接して行こう!とは思う時もありますが、ほんとにほんとに疲れます。 体が不自由になった訳でもなく、歩く速度は遅くなりましたが何でもできるのに、ヘルパーさんの仕事に買い物を頼んでるのに、週1は必ず私が買い物に連れて行かなくてはいけない事、それを母は当たり前と思ってる事も…ほんとに疲れてます。 母が亡くなるまで、こんな事が続くのかと思うと何とも言えない気持ちになります。 そんな気持ちを母に言っても何とも思っていません。 こんな私に何かお言葉をお願いします。 よろしくお願いします。

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新興宗教の人に業が深いと言われたのですが

おはようございます。 業が深いと言う言葉を昔から聞くのですが、結婚前にしつこく新興宗教に勧誘してくる女性がいました。 私は生まれつき持病がありますが、薬を飲んでコントロール出来て普通に生活をしています。 ある日突然新興宗教の女性に(近所に住む方)会ってしまい、また勧誘されました。 私は仏教徒ですとお断りしていたら「あなたのお母さんは業が深い」と言われました。突然言われ意味を聞くと「あなたのお母さんは前世から悪い行いをしてきたからあなたに持病などがでるんだ。だからうちの宗教に入信すれば大丈夫」など普通他人に言わないであろうことを平気で言われました。 最初は腹も立ちましたが今は母親のことをそんなふうに平気で言われたことが悲しいです。そういう宗教の人なので気にしない様にと思っていますがやはり自分自身が病気をしているのに何故母親のことを言うのか… そして、この方には散々勧誘されつづけ、引っ越してからやっと勧誘が無くなりました。今は自宅や、お寺などでご先祖さまに手を合わせたりお寺でも感謝の気持ちと共に自分の家族をよろしくお願いしますなどお参りさせてもらっています。 そして肝心な仏教では「業が深い」から家族が病気になるや、苦労するといったことはありえますか?よく前世の行いなどで来世で苦労するとは昔から聞くのですが、そうなると病気をしている方は前世で悪い行いをしていることになりますよね…? 肝心な私の母は昔からも何も問題なく暮らしています。私の持病にも普通に前向きですが… そして勧誘してきていた女性の新興宗教はまず神社に行っては行けない、他の仏教や宗教は全て邪教であるのでダメ等など… 業が深いの本当の意味やお坊さん達の解釈はどうなのでしょうか?

有り難し有り難し 74
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