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孤独死、亡くなられた方の尊厳について

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有り難し有り難し 23

昨日、私の隣のお部屋の方がご病気か老衰によりお亡くなりになられました。
私は家賃7万弱の古いアパートに事務所を構えております。
お隣の方は「千葉」さんと言う物腰の柔らかい高齢の男性です。
死後1週間の発見だそうです。
こちらが簡単にはなりますが状況になります。
改めてご相談をさせて頂きます。
友人知人によると隣の部屋なら大家さんに言えば家賃は下がると言われました。
私は商売をしておりますので経費は下げられるのもならば下げたいと考えております。
但しそれをしてしまうと亡くなられた千葉さんが最終的に大家さんや私に迷惑をかけている事になるのではないかな?っと考えてしまいました。
千葉さんの生き方にケチを付けているようでなんだか申し訳ない思いもありますし、亡くなられた後にこのような行いをするのは人として如何なものなのかなっと。
まとめるとこんな形です。
①経費削減の為に家賃は安く抑えたい。
②亡くなられた方の尊厳も守りたい(とても好きな方でしたので)
人の死によって家賃を下げると言うのはいかがなものかと考えております。
自分なりに今までのままで良いのではないかなと分かっている所もありますが、お坊さんのお話が聞きたくて相談させて頂きました。先程友人には1万位下がれば良い方だから、もし亡くなった方を思うなら成仏を祈ってあげた方が良いんじゃないかな?その方が商売も上手くいくよ!っと気持ちよく言われました。まさにその通りだと思いました。
その方が良いですよね。
なんだか答えがわかっている変な相談ですみません。
お坊さんの意見も聞きたくて・・・お時間有りましたら宜しくお願いします

2016年5月26日 14:05

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏さまは「いのちや人生に優劣はない」と教えてくださいます

 オーガさん、大好きだった隣人「千葉」さんがお亡くなりになったのですね。悲しい気持ちや「何か出来ることはなかったか」いう後悔の気持ちなど、様々な思いが巡っておられることと思います。しばらく、心の揺れは続くと思います。心からお悔やみ申し上げます。
 さて、家賃と「千葉」さんの尊厳という2つのことで悩んでおられるのですね。オーガさんは、いろんなことを大切に考えられる方なのですね。とても誠実なお人柄が伝わってきました。私自身、世間の価値観と仏教・浄土真宗(=出世間)の価値観の狭間で様々な物事に悩み、壁にぶつかってきました。
 お釈迦さまは、「どのいのちも尊く、どの人の人生も大切である」と呼びかけ、私たち一人一人の生きようとする力を支えてくださっています。その働きは、無分別智といわれます。それに対して、私たちの世の中(世間)は、様々な区別・分別・優劣のものさしであふれています。勉強が出来るか否か、友達が多いか否か、学歴が高いか否か、自分にとって損か徳か、役に立つか否か・・・。そのようなものさしで人を振り分け、その人生に優劣をつけ、そのいのちまでも比較してしまう世の中です。ですから、他人に振り落とされないよう、世の中から落ちこぼれないようにと、それぞれが相手を利用し、でもお互いに疑心暗鬼・人間不信に陥いっているのです。そして、一つでも上手くいかなくなると、「もう生きていけない、生きる意味がない、生まれてこなかったら・・・。」と極端な自己否定に進んでしまう人々が多くなっています。このハスノハに参加させていただく中で、その傾向を強く感じています。
 そのような世の中だからこそ、出世間であるお釈迦さまの無分別の智慧と慈悲が、私たちに新たな目覚めを促してくださるのです。オーガさん、「千葉」さんの尊厳は、娑婆世界が決めるものではありません。家賃が下がるからといって、仏さまは、「千葉」さんの尊厳をないがしろにはなさらないということです。「千葉」さんの尊厳は、仏さまの世界=無分別智が決めてくださっています。だから、そのことをオーガさんがいつでも思い出してください。そして、日常生活でふれあう方々ともそんなまなざしで、(利害損得を超えて)見守ってあげることができたら、ステキですね。このハスノハへ勇気を持ってお声かけを頂き、有り難うございました。ご縁に感謝!!合掌

2016年5月27日 6:38
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有り難し
おきもち

1971年生まれ。本願寺派布教使・源光寺第14代住職 別名「絵本のお坊さん...

人の価値はお金ではかれません。

オーガさん、初めまして。
千葉さんの死を、自分の仕事の助けにするのは人としてどうか…ということで宜しいでしょうか?
オーガさん自身も答えは出てるようなものと仰っておられますし、私自身ではどちらでもいいと思っています。
大切なのは考え方です。
千葉さんが死んだ➡悲しいけど家賃が下がって助かったという考え。
千葉さんが死んだ➡死につけこむより、成仏を願って仕事が上手く行くことを期待しようという考え。
どちらも人の死を自分の金銭的利益にしようという考えですよね?
これでは、悲しんでるといっても説得力は半減すると思われませんか?
浄土真宗では亡くなった方は仏となって(成仏)私たちを救う為にはたらいて下さると聞かせて頂きます。
死んだ後のことを、死んだことのない私がどうにかすることは出来ないんです。
例えば49日の供養がありますよね。あれは7日毎、7ヶ所の裁判所に行って、この世での生き方を裁決され次に生まれる場所を決められる訳です。いわゆる地獄のような悪い世界に生まれないよう、遺族が代わりにお坊さんに御経を読んでもらったりして、死んだ人の徳にしようとするのが49日の法要の元々の意味だそうです。
じゃあ死んだ人がどうなったか?それは誰にも分かりません。
私をはじめ、自分の都合に合わせて仏を頼ったり神に頼ったりしますが、それは私の人生を良くすることでも、相手の非をなかったことにすることではありません。
死んだ人のことを心配したり頼るより、大好きだった千葉さんをお手本に自分の人生を見直してみる。
尊敬するところを見習う。
その行為こそ、亡くなった人の人生を尊敬することじゃないでしょうか。
今の捉え方ですと、どちらの選択をしても何か悪い事があった時に、「千葉さんの祟り!?」と思ってしまいそうで口を出させて頂きました。
家賃交渉をしても、千葉さんのお陰で助かった。死んでもなお人から思ってもらえるような人間に自分もなりたいと思えば、千葉さんの死もオーガさんの栄養となります。

2016年5月27日 13:03
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有り難し
おきもち

普通のOLから、結婚をきっかけに仏教に興味を抱きお坊さんになりました。 ...

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

祖父の死を受け入れる覚悟ができません

初めて質問させていただきます。 拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。 現在唯一存命の祖父が長くないと言われました。 最初にその話を聞いたのは3年前のちょうど今頃の時期でした。 当時、祖母が亡くなって2年。一人暮らしを始め、なかなかうまくいって楽しい生活を送っていると聞いていました。 そんな祖父も寄る年波には勝てずそれほど難しくなかったのですが心臓の手術をすることとなり。そしてわずかな確率で併発すると言われていた脳梗塞を発症しました。 あれから3年。 病状も徐々に回復し、リハビリを頑張りそれでも麻痺は残ったため 1人で生活はできなくなってしまいましたが、施設に入り それなりに楽しく生活していました。 しかし先月再度脳梗塞を発症し、今度こそ寝たきりになってしまいました。 そして2週間前。 母からもう余命3ヶ月と伝えられました。 でももしもう一度脳梗塞を発症したらそれより短くなってしまうこともあると言われました。 私は頭が真っ白になり久しぶりに大声で泣きました。 そして私は今祖父母の家にいます。 両親に生後半年の息子を預かってもらって1人で来ました。 幼い頃から休みになるとよく来て遊んだ思い出がたくさんあるこの家に。 寂しくて、悲しくて着いてからずっと涙が止まりません。 祖母の仏壇の前で連れて行かないでくれと泣き、ふとした瞬間に様々な思い出が蘇ってはまた涙しの繰り返しです。 まだ祖父には会えていません。 明日病院にお見舞いに行く予定ですが感情を抑えられる自信がありません。 でも今回の面会が最後になるのは確実です。 後悔がないように、そして最後は笑顔で。 そう考える度に終わりが近いんだと思い知らされまた涙が止まりません。 幼い頃から私達姉弟を文字通り溺愛して1番可愛がってくれた祖父。 大人になってからも会いに行けば昔と変わらず可愛がってくれる祖父でした。 私の結婚も心の底から喜んでくれ、息子の写真も施設の部屋に飾ってくれて。 お盆になったら息子を連れて会いに行こうと話していた矢先の余命宣告でした。 人はいつか亡くなるって分かっていても。 でもその覚悟と気持ちの整理ができません。 どうしたら良いのでしょうか。

有り難し有り難し 13
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仕事と父の死について

いつもお世話になっております。 突然ですが、先月の20日に医療過誤で父が他界しました。 それから1週間仕事をお休みを頂いて、今月から復帰しました。 新人という事もあり、仕事も覚えられていない中で1週間のブランクは大きく、失敗ばかりで先輩に呆れられてしまいました。 父の死に目にも立ち会えなかった事、生前父に恩返しの1つも出来なかった事、それら全てを見たくないと逃げるように仕事に行きましたが、仕事は失敗ばかり。家に帰れば父の姿はなく、現実が襲ってきて、帰って来るなり泣きながらシャワーを浴びて寝るという日々を過ごしてます。 会社の先輩には、もう少しお休み頂いても良かったんじゃない?と温かいお言葉を頂きましたが、社会人なのにいつまでも悲しみに暮れて仕事が出来ません。なんて言い訳が通用する訳もなく、殆ど気力で仕事をしてました。 けど気力でなんとかなるほど仕事は甘くなく、失敗ばかりして先輩には迷惑ばかり掛けてしまってます。 失敗すると自己嫌悪で半日は引きずるタイプで、泣き虫なのに泣いたら先輩に迷惑だと涙を堪えて、家に帰れば現実を受け入れられず泣いて。 会社の先輩方はいい人達ばかりで、父の死の事には触れず、仕事だけをきちんと向き合ってくれます。 それなのに私は、仕事は身が入ってない、覚えは悪い、失敗すると自己嫌悪オーラを放つ、キツく言うと泣く…… こんな自分が心底嫌で仕方ないです。 まだ四十九も新盆もあるのに、こんな 調子で母を支えられるのか不安です。 母は自分の心配だけしてればいいから!と言われましたが、頼りない姉のせいで私がしっかりしないといけないので、仕事中もこれからの事を考えて不安になってしまいます。 こんな負のループで何事も上手く行きません。 どうかこれからの事ご教示いただけないでしょうか。

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

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有り難し有り難し 19
回答数回答 1

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