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お坊さんの名前は本名と別にあるのですか?

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お坊さんの名前は、お坊さんらしい名前が多いようですが、本名なのでしょうか?もしくは本名の他に僧侶としての名前があるのでしょうか?

誰かにつけてもらうのでしょうか?自分でつけるのでしょうか?
あと、お坊さんから見てかっこいいと思うお坊さんの名前があれば教えてください

2013年3月25日 4:21

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

基本的にその通りです

wowさんこんにちは (^_^)

本名(俗名・戸籍上の名前)と戒名・法名(僧侶としての名前)は別の場合がほとんどだと思います。

まず、お寺に生まれた方の場合、訓読みで一般社会の名前として用い、音読みで法名として用いる、という場合が多いです。

たとえば「純雄」と書いて、通常は「すみお」と読み、いずれ僧侶になる儀式(得度:とくど)を受けた後は「じゅんゆう」と読みます。
(ちなみに戸籍には読みがなは無いのだそうです)

また、私もそうですが、一般家庭出身の場合、名前の一文字を取る場合が多いです。
私は「哲也」という名前で、法名は「勇哲」です。
こちらのHPでは、深い意味はありませんが「哲也」を使っています。

一般家庭出身でも、そのまま音読みでしっくりくる方もいますし、全く違う文字にしてしまう場合もあります。
本来は俗世を離れて出家し僧侶になるのですから、俗名の一文字を用いない方が良いのかもしれませんね。

好きな名前ですが、真言宗の「空海:くうかい」は雄大なスケール感が好きですし、天台宗の「最澄:さいちょう」はご本人の人柄を現していて素晴らしいと思います。

2013年3月25日 4:48
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

そうとは一概には言えませんよ。

宗旨宗派に依り、また個人の考え方により、色々です。

当派では、度蝶(どちょう…国家公認の得度に際して、国家機関によって新たに得度した僧尼に交付される身分証のことである。出家得度の証明書。)申請を本山の宗務所に提出し、裁判所に「名の変更」を提出、其の許可が出た物を再度本山の宗務所に提出。其処で僧名が確定し、本山登録と成る事が基本と成って居りますので、粗全てが僧名と実名が同じですし、戸籍名も変わっている筈です。
唯、浦上哲也師も述べて居られますが、「お寺に生まれた場合、訓読みで一般社会の名前として用い、音読みで法名として用いるという場合」も有りますことは事実ですが、此れも一概には言えません。

また、僧名は自身で勝手には付けられません。
あくまで師僧から与えられるものです。

好きな僧名ですが、当宗の「空海:くうかい」
当たり前ですが、宗祖の僧名は大好きですし、好き嫌いの範疇を超え、
「お大師様」として尊敬・畏怖の念を持ちます。

2013年3月26日 0:43
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有り難し
おきもち

色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

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禅の心

以前、代々ご家族の血縁でお寺をされている長男のお坊さんとお付き合いさせて頂いておりました。 私は、小さい頃からずっと日本の文化が 好きです。行動や意味、全てに想いが詰まっていると思うからです。禅もそうだと思います。宗派や教えは違いますが、修行する意味、教えの意味、そこにある想いは一緒だと思うのです。 彼は継ぐ決心が出来ず、実家のお寺を離れて大学生をしている時に出会いました。彼のお父様にお会いした時、すごく違和感を覚えました。言葉では表しにくいのですが、冷たい…ドライな感覚です。彼もお坊さんになる決心をして、修行に行くまでの期間、その違和感に似たものが私の中でどんどん大きくなっていきました。偏見の言葉や、権力には敵わないなどの発言も多くなっていきました。お父様そっくりでした。 お別れした後、周りの方からは「私達には分からない世界だからそれは仕方ない」「私達には分からない重圧があるのだろう」と。 それが私には納得がいきません。生きていくだけで辛い事、苦しい事が沢山あります。それはお坊さん一般人関係なく平等にあるものだと思います。 お寺の世界とは、一般の世界とは違うものなのですか?今まで自分が信じてきたものが分からなくなる時があります。

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坊主と乞食はどう違いますか?

挑発的なタイトルで申し訳ありません。もっとマイルドにしたかったのですが、字数の関係でできませんでした。決してお坊さんを馬鹿にしてやろうとか、悪口を言ってやろうとかいう気持ちはありません。むしろ日々尊敬しております。なのでそこの所をご理解いただけたら幸いです。 本題に入ります。 まことに、大変失礼な質問だとは思いましたが、心の中にふと思い浮かんでしまいました。 仏教書を読んでいたら、「仏教の出家者は一切の生産活動を放棄して修行に専念しなければならないので、一般の人たちからお布施をもらわないと食べていけません。」とありました。 その部分を読んだ時に浮かんだことは、「お布施をすることによって、お布施をした人にはなんのリターンがない。これでは乞食に施しをするのと同じでないか?」ということです。 もちろん、お布施をすることによって功徳が積める、物惜しみに打ち勝つことができるというのは分かっているのですが、現代人にそんなことを言ってもそれが何だよ?と鼻で笑われるでしょう。もし私が誰かに「坊主と乞食って何が違うの?笑」と聞かれたら私はなんと答えればいいのでしょうか? ちなみに身近なお坊様(そこそこ名のある立派な人です)にこの質問をしたら「違わないんじゃね?」とのことでした。ハスノハのお坊様方はどうお答えになりますか? 大変罰当たりな質問だと思います。このことで私の身に不幸が起こったら甘んじて受けるつもりです。しかし、後学のためになんとかお答えしていただければ幸いです。

有り難し有り難し 59
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