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お坊さんにとっての理想の死は?

回答数回答 3
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ワンピースのカイドウも言ってます。
「死は人の完成だ」と。
お坊さん達にとって理想の死はどんな死ですか?
苦しむ死ですか?それとも安楽死ですか?
それとも、もっと別の死ですか?
教えて下さい。

2023年8月21日 12:50
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

“同じでない”ということ

考えてみたら当たり前ですけれども、死に方って人それぞれなのですよね。ですからお寺でするお葬式もですね、形式的には同じような感じがするかもしれませんが、お葬式毎に全然雰囲気が違うんですよ。故人の遺したものも、遺された方々もまったく“同じでない”からだと思います。

今回のご質問を受け、さて(自分は)どんな死に方をしたいのかと考えておりましたら、不思議といつの間にかどんな生き方をしたいかを考え始めていることに気が付きました。のぞむ死に方とは、すなわちのぞむ生き方なのかもしれませんね。

生き方も死に方も千差万別、ひとつひとつが同じでないからこそ尊いと思いますが、やはり人が死ぬ時にはいずれも「死ぬしかなくて死ぬ」ものなのではないでしょうか。もちろん拙僧などでもわが国の哀しむべき現実をまったく知らないわけではありませんが、究極的には、これは自ら選べない(選ぼうと思って選べるようなものではない)ような気がいたします。

人ひとり、生まれるしかなくて生まれ、生きるしかなく生き、死ぬしかなくて死んで逝く。人間、その時々の自分らしさというようなものがあるとも思うのですけれども、わたくしなどは、最期も自分らしく死ねれば本望ですかね。それが苦しいものでも安楽なものでも、どちらでも。(ほとんど何の答えにもなっていないような答えでスミマセン…。)

気が付けば、ほとんどの事も物も自ら請い求めるまもなく、ただひたすらにいただくばかり。本当に有り難いかぎりなのですけれども、お坊さんとしてはやはり、「自己の究明」ということだけはやり残しがないようにしておきたいです。おかげさまで、あらためてこの道を精進しようと思えました。有難うございました。

そわか合掌

2023年8月21日 19:33
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おきもち

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「抜苦与楽こそ“お坊さん”の仕事」  これは拙僧のささやかな信条です。 現在は、横浜の片隅にて、 静かに坐る瞑想と対話の場「そわかの縁側」をひらいています。 仏道修行という旅のなかで味わってきたことを、 ご縁ある方たちと分かち合いながら、 それぞれの歩みが少しでも軽やかになることを願っています。  つまらぬ正論や、きれいごとだけの言葉は申しません。 人はそれぞれのご事情のなかで、生きています。 だからこそ、まずは「素(そ)のまま」を大切に。 そうして静かにほどけひらいていくお姿に寄り添えられたら、拙僧としましてはこの上もありません。 — ・僧籍は静岡のお寺 ・横浜にて「そわかの縁側」を主宰 ・サッカー好きな息子の父 ・家族の鬱を共に乗り越えた経験あり — ご相談はどのようなことでも構いません。 八方塞がりのように感じるときほど、 案外そこに道の入口はあるものですから。 そわか合掌
どのようなお悩みでも、安心して打ち明けていただいて大丈夫です。 つまらぬ正論や、説教めいたきれいごとばかりを申し上げることはいたしません。 人がどのように理屈を重ねようとも、物事はただ「あるがまま」にあります。 いま、八方塞がりのように感じている方。 藁にもすがる思いでここに辿り着かれた方。 仏法に、そっと触れてみたいと感じている方。 どうぞ、あなたの歩みのままでお話しください。 その苦しみのなかに、 実は何かがすでに働いていることに、 ふと気づかれる瞬間があるかもしれませんよ。 そわか合掌

理想の死

苦しんで死にたいと考える人はいないと思いますんで、死を受け入れて安らかに死ぬか、最後まで生きることに執着して死ぬかどちらかということに答えたいと思います。
生まれたからには死ぬということは必然です。生があれば死がある。だから当然のこととして死を受け入れるのが僧侶にとっての死との向き合い方だと思います。
但し、これは『世間で生きる一人の人間である』という感覚をはずした考えです。
私は一人の人間です。命に最後まで執着します。私は僧侶になる前、世間で働いていました。父親が経営に疎い人で私が継いだ時には寺は死に体でした。そこからやっと持ち直しかけている状況です。だからこそ死にたくないです。
話を戻します。私にとっての理想の死は、やるべきこと、やりたいことを全てやり切って死ぬことでしょうか。
思い残すことなく死にたいですね。
ご期待の答えに添えないかも知れません。申し訳ございません。

2023年8月21日 14:10
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おきもち

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大阪市西成区の金剛寺に生まれる 高校在学時から声優養成所へ 卒業後も、バイトしながら 声優養成所に通う。 父の再婚により、家に居づらくなった等 色々と要因が重なり、 20歳で見切りを付け就職、 大阪に1年、その後東京へ。 精神的にも経済的にも限界を迎えて 25の時に実家の寺を継ぐ準備として 宗派の専門学校に入学。 卒業後真宗大谷派僧侶となる。 父からは贅沢をしなければ 食べていけると聞いていたが、 その現在の認識、将来の見通しが あまりにも甘いことを思い知らされる。 当時全くなくなっていた提携葬儀社を 作るために葬儀社訪問をしたり、 同宗派のお寺との付き合いを広げたり、 そのような中、住職に就任。 多少マシにはなってはきたが、 飽和状態の市内では それ以上の発展は見えてこない。 そこで、10年ほど前に河内長野市に 移ってまいりました。 それから10年。恥ずかしながら  考えていたようにはいかず、 経済的にも厳しい時期もあり、 借り入れもしてしまいました。 しかしながら、最近になりやっと、 借り入れもなくなり、 私一人ではございますが、 食べていけるようになりました。

十人十色

死は今日かも明日かももっと先かも、知れないですね。
事件、事故、怪我、病…
わからないです。

御伝鈔にもありますように、
「親鸞聖人は、 弘長二年の十一月下旬頃より、 少しばかり病気になられたご様子であった。
それからは世間のことを口にされず、 ただ阿弥陀仏のご恩の深いことを述べ、 他のことを声に出すことなく、 ひたすら念仏を称えて絶えることがなかった」
これこそが究極の理想です。

日頃から「あの人が…」と陰口を言ったり、
誰かを支配・コントロールしようとしたり、
「お金がーー」
「跡継ぎがーー」と
心配や不安ばかりを口にして
死ぬのだけは避けたいです。
死んだらお任せするより他にないのですから。

それならば、親鸞聖人のように言葉にできない感謝や想いをひたすら念仏することで死を受け入れ、心を落ち着かせることが理想なのだと私は思います。
ですが、現実は「痛い、助けて、死にたくない!!!」となるのも人間らしくて良いし、
カッコ悪いとも思わないです。

定期的にこのようなことを考えてアウトプットするのはとても良いですね。
ご縁をありがとうございました。

2023年8月22日 10:18
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おきもち

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はじめまして! 覆面僧侶・きみーです。 ハスノハであなたと出会えたことを嬉しく思います。 私はこれまで、様々な方々の人生に寄り添い、心の声に耳を傾けてきました。 ・産業カウンセラー ・緩和ケア病棟・傾聴ボランティア ・刑務所、専門学校キャリアガイダンス講師 ・就職相談室カウンセラー ・人材派遣会社・事業コーディネーターなど 特に、20代〜40代の方々からは、仕事や人間関係、自己成長など、様々な悩みをお聞きします。 ゲシュタルト療法や交流分析といった心理学の手法を学び、あなたの心の奥底にある感情や思考に寄り添いながら、一緒に問題解決を目指します。 あなただけの心の風景を描いていくような、 そんなカウンセリングを心がけています。 一人で抱え込まず、まずはお気軽にご相談ください。一緒により良い未来を描いていきましょう!
―ご案内― ※Zoomでのカウンセリングは覆面ではなく「素顔」で行いますので、どうぞご安心ください(^^) カウンセリング日時はご予約に応じて柔軟に調整可能です。 特に 15:00〜21:00 は対応しやすい時間帯です。 信頼関係の構築 → 傾聴 → 技法の活用 あなたを最大限大切にし、 「傷つき」を「築き」へ、そして「気づき」へとつなげ、自律に向けたサポートを行います。私は【人生の羅針盤】として、人生の道標となり、迷いを解消するコンシェルジュのように、あなたの旅に伴走いたします。 hasunohaでは、対面ではなく Zoomのみ のやり取りになります。カウンセリングは本来、表情・仕草・服装などの変化など、微細なサインを丁寧に読み取って進めています。画面オフや声だけのやり取りも歓迎ですが、どうしても情報が限られるため、誤解やすれ違いが生じる可能性があることをご理解ください。その上で、私は誠心誠意、全身全霊であなたのお気持ちに寄り添いサポートいたしまします。

質問者からのお礼

様々なご意見ありがとうございました。
勉強になりました。

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