巡礼を経て
昨年の秋に自分を変えたくお遍路さんを体験してきました。
そこで見ず知らずの私に、いろいろな人から接待などお世話していただき励まされ元気をもらいました。
こんな未熟な私が巡礼を無事成し遂げれたのもひとえにお世話になった皆さんのおかげでもあります。
けっして私一人の力では成し遂げれなかったことです。
ですが巡礼を終え、ふと振り返ると
そんな人の善意になんの恩返しもできない
自分にきがつきました。
巡礼を通して辛いとき、悲しいとき、うれしいときの人の心をしることができました。
そんな貴重な体験を学ぶことができた
感謝の気持ちはありますが
助けられてばかりで、なんの恩返しもできずにいる自分の無を感じ、今の私は何をすべきなのか?
何が出来るのかが見つかりません。
自分の心ほどわからないものありません。
まだまだこんな未熟な私にアドバイスいただけたら幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
通常の意味での「御恩返し」をする必要は、ありません
フククルさん、あけましておめでとうございます。
昨年お遍路さんで霊場を巡ることが出来たとのこと、まことにおめでとうございます。
霊場巡りをしたいと思っても、時間がとれない。健康面から無理だ。金銭的な余裕が無い等の理由から、願いがかなわない方も多くおられます。また、条件的に整っていたとしても、当の本人に信心が無かったら巡拝への一歩を踏み出すことも無いでしょう。立派な信心をお持ち故、尊いご修行を成就されたのだと思います。
仏教では、物事を成し遂げることを、因縁(因と縁)という教えから説明します。今回のお遍路は、あなたの信心(因)があり、そして色々な条件・状況(縁)に支えられて成就しました。
道中、飲み物や食べ物などの御接待を受けたり、行程についても多くの先達たちから教えやアドバイスをいただいたことと思います。有難い御縁を頂戴したことへの感謝の気持ちをどう表し、どう御恩返したら良いか?という趣旨のご質問だと思います。
御接待を受けたり指導アドバイスを頂戴したり、これらは仏教で言う「布施」に当たります。「布施」の意義について、字数制限の関係上、私のブログ記事を御参照下さい。
「法話38 布施とはむさぼらざるなり」http://blogs.yahoo.co.jp/dorinji/31599993.html
御支援を下さった方々へ感謝の気持ちを伝えるとすれば、通常は御礼状を出す事、そして返礼の品を送る事になります。そういう方法も大事ですが、仏教では「回向」という考え方があります。回向とは、自分が修行や徳行によって得た成果を、他者のために差し向ける事ことを言います。
(「法話42 大震災の惨状の中で、どう生きるか」http://blogs.yahoo.co.jp/dorinji/33436122.html)
お遍路さんを通して得たものを直接お返ししなくてもいいんです。通常の意味での「御恩返し」をしなくても構いません。支障ではgive&takeに拘る必要はありません。
「回向」という言葉の意味を御理解いただき、あなたなりに出来る「布施」という行を実践してみて下さい。それが、御接待して下さった方々や指導アドバイスして下さった方々への御恩返しとなりますよ。
変わるのは自分でなく周囲の見え方。
フククル様
こんにちは。
自分を変えたくて巡業をされたと聞きました。
巡業という普段とは違う環境の中で変わったのは自分の心だったでしょうか。
あるいは、非日常の中での他者の関わりだったでしょうか。
心ほど揺れ動くものはなく、あてにならないものもない。
自分自身を変えることよりも、周囲の人の関わり方が変わるだけで娑婆の新たな一面に気付く。
恩を感じることができる。それで十分だと思います。
自分自身を変えるというよりも、見える世界が変わることで環境や生き様が変わってくる。
今すぐに恩を返すことで帳尻を合わせようとするのではなく、これから少しづつ心の栄養を蓄えたのちに恩を返すことを念じても差し支えないかと思います。
今できることとしては、健康に生きる。巡礼の恩を心に残して日々を暮らす。
その積み重ねから見える世界を歩んでいただければと思います。
質問者からのお礼
ご回答ありがとうございます。
心ほど揺れ動くものはなく、あてにならないものもないとのお言葉痛感いたしました。
確かに巡礼で変わったものは心ではなく
他者との関わりでした。
正直、なんの為の巡礼だったのかと考えてもしましたが、疑問に思い悩んだことで、
こうして貴重なお言葉を頂き
また新たな思考が芽生えました。
日々の暮らしの中で感謝を忘れず
悩みながらも一歩一歩
歩んで行きたいと思います。
貴重な時間を頂きありがとうございました。
お忙しい中回答頂きありがとうございます。
自分なりに「回向」ということを理解して
布施といった形での行いを日々に感謝しならがら生きて行きたいと思います。
巡礼を通して得てものは私の人生にとって
財産となりました。