hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

自分の甘さを克服したいです。

回答数回答 1
有り難し有り難し 10

初めまして。
私は今オーストラリアで父親に作ってもらった会社で社長をしております。

と、言っても自分に仕事の能力があるわけでもなく、大して実績もないまま今の身分でいられるのは、自分が息子だからという理由と、たまたま英語が少し喋れるという理由だけからです。

自分の会社は子会社で本社は父親のいる日本にあります。この子会社は現地の会社を買収し出来た会社で既存のお客様から頂くお仕事で成り立っております。

しかし、このお客様達だけでは
会社をこれ以上存続させるのは難しく
新規のお客様を獲得しなければなりません。

父親に頼らず資金を増やす覚悟で始めた会社ですが、なんとかなるだろう、お金がなくなる前に本社が援助をしてくれるだろうという父親への甘えの気持ちが心の片隅に残っております。

本来なら夜遅くまで残って休みも取らず仕事をするべきなのですが、オーストラリアは法律で高時給が決められており、従業員に定時以上の時給が払えないので、夜と休日出勤日は自分しかいないためやる気も起きず、すぐに帰ってしまいます。

自分のお金で始めた会社ではないので
自ら創業した父親と比べると覚悟の差がくらべものにならないためだと思っております。

頭ではこのままではいけないと思っているのですが中々尻に火がつきません。

他人の事を自分のように考えられない自己中人間で、こちらへ書き込むこと自体他力本願なのは重々承知しておりますが

このような甘ちゃんな2代目が本気でやる気をだすには、どうすれば宜しいのでしょうか。くだらない質問ですが、他に相談できる方もいない為、お答え頂ければ幸いです。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分の人生をどう生きるかは自分次第

一般的には恵まれた環境でありながら、
自分の甘さに気がつけるのは素晴らしいと思います。

やる気を出したいとの事ですが…
貴方の目の前には既に試練が迫っているのと思うのです。

親はいつまでも生きてはいません。

年齢的には必ず貴方より早く亡くなります。

そうした場合、日本の親会社は外国の子会社のフォローをするでしょうか?
いや、日本の親会社ももしかして貴方のお父様がいればこそ成り立っているのであれば
親会社も危なくなるのではないですか?

貴方のお父様が亡くなるまでに、貴方がビジネスの実力をつけていなければ
どのような事態になるでしょうか?

そこらへんをリアルにじっくりと考えてみてはいかがでしょうか?

それとも、貴方が仕事に熱が入らないのは何か他にやりたい仕事があるからなのでしょうか?

今一度自分自身の生き方を考え直してみるのも良いかもしれません。

せっかくの人生です。甘いと思いながら生きるよりは
活き活きと生きて充実した人生になるよう、
自分の心は本当は何を求めているのか
じっくりと見つめてみてはいかがでしょうか?

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


仏道に入門して36年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

「自分に甘い・怠け・厳しくしたい」問答一覧

好きなことすら習慣化できないです

昔から物事を自主的に長く続けられた試しがありません。計画的にこつこつやる、ということが出来ず何かと後回しにしがちです。 趣味で小説を書いています。ネットで公開したり、同人誌を作り年に1〜2回イベントに参加しています。 最初の何年かはそこそこ順調にやれていました。同人誌作りという慣れないことへの慎重さもあったからだと思います。 しかしこうした活動を続けているうちに、元々の悪癖が出始めました。適当な塩梅にする加減を知ってしまったことで原稿の執筆を後回しにし、〆切直前に慌てて書き上げて入稿。次の本こそはスケジュール通りにと次回のイベントを定めるも、前回はあれくらいで何とかなったしと執筆に取り掛かるまでがまた遅れ出す……という悪循環にはまりました。 あの時さっさと書き始めないと間に合わなくなることは分かっていたのに、それでも手に付かなかった。集中できなくて、ちょっと書いてはやった気になって後回しにしたと、〆切前に半泣きで連日徹夜をする羽目になります。 そうなってくると執筆自体がなんとなく面倒くさいことに思えてきて、〆切のない作品を進んで書くことまで減ってしまいました。ではやはり〆切を作れば、とイベントに参加するとまた悪循環が始まる。 恐らく、物事を習慣化できない自分は、自主的に計画的にこつこつやらなければならない小説には、一番向いていない人間でした。 ですがこうして10年もだらだらと続けてきてしまったので、また書き始めた頃の楽しさを味わいたいという未練があります。それにもし、今度こそスケジュール通りに執筆できるようになれば、他のことだって習慣化できるようになるかもしれないという漠然とした希望もあります。こうしたことを何となく望んでいることもやっぱり良くないのかもしれません。 人が初心に帰るためには、どんなことをする必要があるのでしょうか。この三日坊主で面倒をすぐ後回しにする性質を直すことは、やはりもう無理なのでしょうか。 同人現役者にこの手の話をすると、しばらく遊んでやる気が出た時にやればいいじゃんとか書き始めればなんとかなるみたいな流れになりビール追加で終わってしまうので、しょうもない話ではありますが良ければ助けていただきたいです。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

怠惰な発想を克服する

以下、長文となります。 わたしは、怠惰な人間です、 最低限の効率で、及第点を取れればいいや、という発想が深く身体に根付いており、継続的な努力ができません。 そのくせ、理想に近付きたいという欲求も強いため、怠惰な自分と、理想の自分が激しく乖離しており、悩んでいます。 大学時代は、まだ、性格のコンプレックスや将来不安をエンジンに、仕事への漠然とした憧れをアクセルにして努力できていたので、乖離は小さかったようです。 成功の指針は、わかりやすく、経済的成功でした。資本主義社会なのだから、稼いだ人間こそが成功者であり、強者なのだ、というわけです。 ところが、いまは、①コンプレックスも緩和され、②仕事もある程度流れは掴めたので憧れ自体はなくなり、③金を稼ぐ、ということにも強い動機を見いだせなくなりつつある自分に、気づいています。 金を稼ぐ、という点についてですが、もともと、タワマンに住むとか、シャンパン開けてお姉ちゃんをはべらすとか、ぜんぜん興味ありません。 ふつうに欲しいもの買うぶんには、今の給与で全く問題ない、ということに、気づいてしまった。千円足らずで色々なものが美味しく食べれて、清潔な環境が整備されている日本て、本当に、凄い国だと思います。 FXで稼ぐやり方も、だいたいわかってしまった。トレードも、いったんわかれば、実業で稼ぐより、効率がいいということも、わかってしまいました。 そういうわけで、最近は、ただただ怠惰です。 でも、最低限の効率で仕事こなして、空いた時間はベッドでゴロゴロするのが至高の人生だ、というまでは割り切れないのです。 やっぱり、専門性を追求して、人脈を広げ、実業で成功している人はかっこいい。今の私のように、上から降ってきた仕事をサバいてるだけの働き方は、ラクだけど、このままだと、やはり先々後悔するような気もする。でも強い原動力はなく、身体が動きません。 バリバリ仕事している方の動機付けって、一体何なのでしょうか? 最低限の効率で及第点を取れればいいや、という怠惰な発想って、やはり、どこかエラーがあるとおもうのですが、どう克服すべきなのかも、わかりません。 今後の生き方に、何らかの示唆をいただければ幸いです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

休み癖、サボり癖が治らない

はじめまして。今まで怖くて誰にも相談できなかったので、誰かに聞いていただければ何か変わるかも、と思い質問させていただきます。 タイトルの通り、サボり癖、休み癖が治らず困っています。 中学1年生の時から不登校になり、中学は殆ど行けていません。高校も通信制の高校で登校が自由だった為課題のみを提出しに行くような状態でした。 その後専門学校に進み、その学校は遅刻欠席に厳しいところでしたが数ヶ月に何度か休んでしまうという状況で、今はパートとしてサービス業に就いて3年目になります。 最初の頃は休みもなく働けていたのですが、ある日今日は行きたくないな、と思い突発でお休みを取ってから、ここでも休み癖、サボり癖が付いてしまいました。 月に3日は必ず休んでしまい、最近は多いとき月に5日など休んでしまいます。 おやすみの電話をするたび、社員の方が大丈夫?お大事にね、など声をかけてくださるのが申し訳ないです。社員の方も、もうずる休みだと気付いていると思います。 休んだ日はもう次からは絶対に休まない!と思うのにふとまた目が覚めると今日は行きたくないな…と思い休んでしまうことが多いです。 パートの為、お休みするとその分お給料が引かれることも分かっています。ただ仕事に行くとなるととても気持ちが重くなるのです。行ってしまえば、早退もせず普通に働いて帰ってこられるのに。行くまでが辛いです。 この休み癖、サボり癖は、職場の人間関係も悪くない為、また実家に住んでいるから衣食住は安定しているし大丈夫、と心のどこかで思っている私自身の甘えだということも、なんとなく気付いています。 でも、同じように実家で暮らしているのに毎日きちんと仕事に行けている人もいるのに、なぜ私はそれができないんだろうと凄く悲しくて、情けなくて自己嫌悪が凄いです。 仕事を終えて家に帰ってきた母に、体調不良で休んだと嘘をつくのももう嫌です。全て自分の甘えが悪いことも、理解しています。それでも変わることができなくて困っています。 支離滅裂な文章ですみません。でも、誰かに聞いてほしくて投稿しました。 よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

"辛い" が癖になってる

特に大きな苦しいことは無いはずなのに ちょっとだけ嫌だったことをなんとなく自分の中で大袈裟にしてしまって 勝手に誰よりも苦しいふりをしてしまいます。 死にたい とか 自分が嫌い って 思っていたいんです "今日は楽だったな"みたいな自分が明るい気持ちになったのに気付くと いや、私は普通の人と違って何事にもネガティブに考えなくちゃいけない 死にたくなっていなきゃ私は心がおかしい子だから って修正したくなって そうするんです。 "今日楽しちゃったってことは明日はとっても辛いんだろうな" とか。 でも そのせいで失敗しちゃうこともあるんです。 ずっと暗くて否定的な考えでいると、 よく人を傷つけるような発言をしてしまったり強く当たってしまったり。またそれで自分を嫌いになれます。 今日 また 人を傷つけちゃった とか 話ができる人は身近にいません。 いないというより、したくないに近いです ずっと苦しく居たいので、あまり話しません。 誰かに話したら 私は苦しくなくなってしまう 本当はちょっとでも苦しんでる私に気付いて欲しいけど 心配なんてされたら 幸せになってしまう 幸せな私なんて 私は愛せない 少し考えて 私は救われたいのかな 今までの苦労を誰かに気付いてもらったとき こんなにこんなに頑張ったんだねって して欲しいのかな と思いました。 なら 誰かに話して肯定されたら 私は苦しく居たくなくなるのかな? とも思いましたが なかなか今の私には想像できません。 辛かった思い出を引きずって生きて その辛さが今まで心を満たしてきた 最近は少し環境がかわって 辛いこともそれ程頻繁に思い出さなくなった でもその代わり なぜか心がからっぽな感じがして 私には 友達もいて 好きなこともあって もしかしたらもう本当は幸せで救われているのかもしれない そう思うことはできても 確かに私の心がその思考を許しません。 死にたいとか自分を愛してないとか この思考のどこまでが本当の気持ちででどこまでが嘘の気持ちなのかとか、いろいろわからなくなっていました。 私は苦しみたいままでも いいのでしょうか? 周りを傷付けずに 自分だけ苦しいふりを続けることは できるでしょうか? すみません、要点があやふやでよくわからないですが、自分なりに頑張りました。読んで下さるととっても嬉しいです。

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る