hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
家から匿名・オンラインでお坊さんと話せる!hasunohaオンライン個別相談
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

真言宗と浄土真宗の関係性について

回答数回答 2
有り難し有り難し 23

真言宗では真理を第十住心として、
全てそこに向かう道の半ばであるように説かれていると、
理解しているのですが、
浄土真宗は第一住心から第十住心の中のひとつなのか
全く別の道なのか、また、たどり着ける真理に違いが有るのか
お教えいただけると有難いと思います。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

聖道門と浄土門

ぽこたん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

真言宗と浄土真宗の関係性についてですが、主として依拠する仏典が異なるため、この度の問いとして、弘法大師「十住心論」において、特に浄土三部経としてある「仏説無量寿経」・「仏説観無量寿経」・「仏説阿弥陀経」の教えが「十住心論」のどこに配することができるのかというのは、正直、現在の拙生においては分かり得ないというところでございます。

真言宗と浄土真宗の相違については、「聖道門」と「浄土門」が簡単な説明として有名ではないかとは存じます。

聖道門-ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/聖道門

浄土門-ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/浄土門

様々な聖経・仏典についての教相判釈は色々とございますが、私たちが最終的に目指すべきところは、もちろん「悟り・涅槃」であることに変わりはないものであるかとは存じております。

教相判釈-ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/教相判釈

個人的には、弘法大師と親鸞上人が龍樹大師の空思想をどのように捉えたのかというところには興味があり、今後学びを深めていければとは存じております。

また、龍樹大師の論書(それぞれ異説あり)として弘法大師が「十住心論」・「秘蔵宝鑰」を著す上においても重視した「釈摩訶衍論」と、親鸞上人が重視した「十住毘婆沙論」の思想的受容内容からそれぞれの宗旨の相違について考えることが少しなりともできるのではないだろうかとは浅学菲才の未熟者ながらにも存じております。

あとは、主尊として、真言宗・大日如来様、浄土真宗・阿弥陀如来様とそれぞれの体現なされておられる教えが少しの手がかりにもなるのではないだろうかとは存じます。真言宗・密教において阿弥陀如来様は「五智如来」の一尊でもありますので、真言宗・密教における阿弥陀如来様の位置付け、役割について考えてみることも少しくは参考となるのではないだろうかとは存じてます。

補足追記・・浄土三部経において説かれる阿弥陀如来様への「信」へのいざないに関して、「十住心論」が説く各境地においてはどのように捉えることができるか(無理なのか)ということを考えてみるのも一つかもしれません。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

ぽこたん様。

先ずは、当方真言の僧分と致しましてはご相談にご回答します前に、
貴方様が僧分であられるのか、はたまた未得度者で御座居ますか、
此処をお伺いせねば成りません。
何故ならば、弘法大師の御著作『秘密曼陀羅十住心論』をご説明するには、
受者の機根の其れに合わせて解く事が求められておるものですから、お訪ね致します。

また、貴方様の仰る「真言宗では真理を第十住心として、
全てそこに向かう道の半ばであるように説かれている…」と御座居ますが、
此のご理解とて、本来の其れとは異なります事をご理解下さいませ。

なお、貴方様の仰る「浄土真宗は第一住心から第十住心の中のひとつなのか
全く別の道なのか、また、たどり着ける真理に違いが有るのか …」に就いても、
今の段階では、且つ此の場でのご回答は差し控えるべきと存じております。
悪しからずご理解願います。

{{count}}
有り難し
おきもち

色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

質問者からのお礼

川口英俊 様
浅墓な知識で質問させていただいたのに、丁寧にご返答下さいまして、有難う御座います。
参考に掲載していただいた
聖道門・浄土門・教相判釈を読んで理解を深めたいと思います。

沙門 密富 様
早速の御回答有難う御座います。当方、僧籍では御座いませんが、
画を描いておりますので、色界には在ると思っております。
近代以前は西洋も東洋も宗教と芸術は密接に関わり合っていたと思いますが、
今の時代、芸術の役割として宗教との関わりを再度深めていかなければならないと思っています。
松長 有慶先生の著作「理趣経」を読み、 真言に興味を持ったと言うことと、
実家は浄土真宗の檀家なのでその関係性にふと、興味を持ち、
失礼ながら、乱暴なご質問をしてしまいました。
平にご容赦下さいませ。

「真言宗」問答一覧

真言宗僧侶と神主の資格は両立できますか?

僕は仏教と神道が大好きで神様と仏様を同じように尊い存在として崇敬しています。 明治以前両者の距離は極めて近くほぼ同じ存在と言ってもよい状況でした。 僕はそれこそが仏教、神道双方の良い所でありそれが自然な形であると信じています。 今は失われてしまった神仏習合を実践しこれから先神道と仏教の距離を少しでも近づけることができるように、また双方の立場から物が見れるように僧侶兼神主になることが僕の目標です。 僕の家も寺院なのですが父にこのことを話すと家の宗派ではこの夢を実現するのは難しいと言われました。 そこで僕は真言宗の僧侶になろうと思っています。 そのための具体的な道筋もある程度決めてあります。 真言宗の大学に通い僧侶の資格を取った後、神主の養成学校で神主の資格を取り将来的に神社本庁の神社で働くという感じです。 寺院ではなく神社の側で働くのは、鎮守社や権現様をお祀りする形でどちらかと言えば神道の要素に寛容な仏教に比べ神道は明治時代に徹底的に仏教要素を排除した状態のまま基本的に変わることなくそのまま今現在まで続いており仏教以上に神仏習合の下地が出来ていないからです。 宗派として真言宗を選んだ理由は元々真言宗に興味があった事と歴史上真言宗は他宗派や神道など他の教えに対し積極的に共通点を探し共に進んでいく姿勢を持っていたからです。 しかし一つ問題があります。 真言宗における僧侶の資格と神道における神主の資格、この両立が出来るのかが分からない点です。 先ほど書いた通り僕は神社で働きます。 その状態でも僧侶の資格を持ち続けることは真言宗では可能なのでしょうか? 知り合いに真言宗のお坊さんや信徒の方がいないため聞いて確かめることも出来ません。 勿論お金や労力など神主の仕事をしながらも宗派、教団のために出来ることは全て果たしていきたいと思います。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る