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困ったらお寺を訪れてもいいのでしょうか?

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『駆け込み寺』という言葉があるように、なにか迷ったり、困ったりしたらお坊さんの所へ行き、叱咤激励をもらう。
このようなイメージが私にはあります。

しかし、いきなり訪れて事情を説明し、「どうすればいいでしょうか?」というのはお坊さん側からしてみたら少し迷惑じゃないだろうか?という気もあります。

このような素晴らしいサイトもありますし、お坊さんにも優先すべき様々なお仕事があると思います。
しかし、面と向かってでしか話せないことはあると思います。
なので私はいつも「話を聞いてもらいたい。でも……」という状況です。

皆さんはこのことについて、どうお考えでしょうか?
ご回答よろしくお願いします。

2015年2月25日 21:05

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

どうぞ人生相談におでかけください

 当山では人生相談を行っておりますが、真剣に悩む方を相手にしての〈世間話〉はしません。未熟な行者としては、皆さんの人生に関わる問題について、み仏と一体になる法を結ばずに対応することはできないからです。もう一つの理由としては、1日が24時間しかない中で、ご縁を求める方々への対応はすべて法務であり、法務に対してまごころからお納めいただくご喜捨によってのみ成り立つ寺院としては、各種催しの後などに設ける自然なお茶会は別として、ダラダラと時間を費やせないからです。そして、会話とは互いに相手の人生の一部を分けいただくことだからです。
 考えてみましょう。自分が誰かに話を聴いてもらっている時、相手の人生は時々刻々と休みなく減り続けているのです。もしも自分の都合でダラダラとしゃべっているなら、誰かの人生を捨てさせているだけの時間かも知れません。それは人生そのものへの不誠実というものではないでしょうか?
 当山は、スマホに束縛され、1日のうち何時間も交信に費やしている文化に危うさを感じています。互いが意志疎通を円滑にしていると言えば結構ですが、言い換えれば、別の観点ならすれば、1日24時間しかないいのちを毎日、互いに数時間づつ奪い合っているのです。――自分の都合や気分や不安によって。一方的な問いかけにすら返事をすることが誠実さの表れであるという強迫観念に囚われている精神、すぐに返事をしないと即、人間関係がおかしくなる文化、いずれも異様ではないでしょうか?
 発信は、受け手の人生を分けいただく神聖なものです。だから当山における人生相談では、袈裟衣を着け護身法を結び、心して皆さんの発信を受け止めます。小生はどなたと、いかなるやりとりをする時も、相手様の存在に伴う人生の砂時計を意識しています。
 小難しいことを書きましたが、皆さんの真剣な求めに応じて人生相談を受けるのは寺院の法務であり、行者の務めなので遠慮は要りません。人生相談で確保できる時間は30分から1時間、お布施の金額は決めておりません。どうぞ、日時のお申し込みをしてください。なお、ブログもご参照ください。
http://hourakuji.blog115.fc2.com/blog-entry-4500.html

2015年2月26日 7:17
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有り難し
おきもち

どこのお寺でも確認すれば受け入れてくれますヨ

そうやって、行動を起こす前に自分で決めてかかってしまう。
ああなんじゃないかな、こうなんじゃないかな…、
それって、ああなんじゃないかな、こうなんじゃないかなっていう、あなたの中だけの思いなのです。
そこ断ち切らないと何も変わりませんよ。(´・ω・`)
迷惑かどうかはあなたが決める事ではないですし、迷惑にならないように訪れることだってできるでしょう。
悩み相談といっても、悩み相談だけをするわけではないでしょう。
ウチでは坐禅会やってますが、坐禅をするかいじゃありません。自分を知り、自分を学び、自分を強くしたり、自分を柔軟にしたり、自分を高める会です。
あなたのここでの質問も、あなた自身がそこで何かを学ぶことがメインであるはずです。
埼玉で良ければお悩み相談でもいいですし、禅会におこしください。毎週はるばると栃木から来られる方もおられます。
マンツーマンで話したければ事前に電話くだされば、お話しもお聞きしますよ。(^

2015年2月27日 0:08
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 坐禅会 法話・提唱会 毎週...

「お寺に参拝・訪問」問答一覧

お参りを拒否される事はあるのでしょうか?

こんにちは。お忙しい中、私の質問を見て頂きありがとうございます。 おかしな話かもしれないので投稿を悩んだのですが、類似状況が何度か起こっている為、気になってしまい質問させて頂きました。 前々から「●月●日はお参り(寺社仏閣や先祖のお墓参り)に伺おう」と日にちを決め、準備を順調に進めていました。 ところが、前日 あるいは当日になって、以下のような事が突然起こり、お参りに伺えなくなるという事が何度も起こっています。 ※肉体面での体調不良→起き上がれない・動けない程の頭痛や腹痛など。或いは歩行が辛く感じるような外傷的な痛みなど(真っ直ぐ立てない、或いは長時間電車に揺られるのが困難な膝や腰、脚の痛みなど) ※精神面での体調不良→(現在重度のうつ病を患っており、治療と社会復帰に向けたリハビリに取り組み中の状態ですが)お参り前日や当日にショッキングな出来事に遭遇し、精神的にパニックを起こし、その後 全く動けなくなるという事があります。 医師から処方された薬を飲んで動こうとしても、ショックの度合いが強すぎる時は心も体もついていかない事が多く、結局「寝たきりで過ごす」事が多々あります(時間をかけてクールダウンすると治る、というか症状が収まるのですが、当初予定していたお参り当日に伺う事はできなくなります…) 以前、知人にこの話をした時に『そんなのはお前が弱いのが悪いんだよ。肉体的にも精神的にも強くなるしかないじゃん』と言われたことがあり、自分でも『やっぱり、私の弱さが全て悪いんだろうか…』とも思いました。 ただ、一方で…『もしかしたら、こんな状態の私がお参りに伺う事を神仏やご先祖様が嫌がっているのではないか…?』という気もしてしまうのです。 もしかしたら、私が未熟すぎるから、何か許しがたい非があるから、肉体的または精神的に問題があるから、『今のあなたの状態では来てはいけません。出直して来なさい』と示されているのではないか…?と。 そこでお坊様に質問をさせて頂きたいのですが『神仏やご先祖様から、参拝をお断りされる事』はあるのでしょうか?それとも、このような事は考えすぎなのでしょうか? 支離滅裂な文書で恐れ入りますが、お知恵を拝借頂けますと幸いです。お忙しい中恐れ入りますが、どうぞ宜しくお願いいたします。

有り難し有り難し 20
回答数回答 2

参拝に行けなかった意味、何かの暗示?

何度も何度もすみません、くりりんです。 先日は「お寺からパワーを授かりたい」という相談にたくさんのアドバイスをいただき、ありがとうございました。 自分なりにも色々と振り返ってみたのですが、「お寺を参拝することで、モヤモヤした気持ちがスッキリし、新たな気分になるのなら、参拝した方が良いのではないか」という結論に至り、参拝に行こうと決めました。 しかし、その直後からなぜか巡り合わせが悪く、行けないのです。 行こうと思った日に大雨が降ったり、急な予定が入ったり… 昨日も、今度こそは!と思った矢先、家族が体調を崩しその看病で行けませんでした。 ここまで来ると、何かの暗示というか予兆のようなものすら感じてしまいます。 今日はそのお寺の方角に向かい、お祈り(拝礼)をすることにしました。 こういう場合、気持ちをどのように持つのが良いのでしょうか? また、そのお寺のある方角に向かい、拝礼するだけでも意味はあるのでしょうか? ------- 「努力もせずに神頼み(お寺なので仏頼み?)ばかりしやがって」思われてしまうかもしれません。一方で、ここ数年、何とか自分の人生をより良いものにしようと努力してきたつもりです。しかし、うまくいかないことが続いています。もう万策尽きた感じで、神様仏様に頼ってしまっている感じです。 何か良いアドバイスがあればよろしくお願いします。

有り難し有り難し 8
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