遊ぶ友達がいない息子
小学2年生の一人っ子息子は幼稚園の時から、あまりお友達が居ません。
私が地方出身で、今住んでいる場所で、ママ友付き合いを避けていたのが原因なのかなとも思うのですが(幼稚園が終わった後などママ友同士集まって子供を遊ばせて居ましたが私達親子は真っ直ぐ家に帰っていました)
小学校に入学すれば、親と離れて行動する事が多くなり仲良しの友達を見つけるんじゃないかと期待していましたが、休み時間、みんなが運動場に遊びに行く中、教室で一人で本を読んだりしているようです。
先生との面談でも、成績は普通ですが、いつも一人でぼんやりしている事が多く発表するのが苦手、先生が「嫌な事はない?もうちょっと友達と遊んだ方が‥」と声をかけてくれるらしいのですが
息子は「大丈夫です、話すの苦手たがら」と言うらしいです。
息子に聞くと、学校はつまんないけど嫌な事はそんなにない。と言います。
学校でこんな感じなので、放課後も夏休みに入っても宿題が終わったらテレビを見たり、自分の好きなミニカーで遊んだり友達と遊ぶ事もありません。たまに放課後行くのは、近くの車の修理工場で工場のおじさんと車の話をするのが楽しいようです。
運動系の習い事に行けば友達が出来るのではと思いましたが、行くのも嫌がるし、外に行くと近くの公園では同じ小学校の子達が元気に遊んで居るのを見ると、わたしがママ友付き合いをしなかったせいじゃないかて、子供が可哀想に思えます。
外に出かけて同じくらいの子供が居ると棚の陰に隠れたりする程、子供が苦手?な子供です。
友達なんて親が作ってあげるものではなく自然に出来るものだと1年生の頃は見守って居ましたが、
先生からも今のままではイジメに繋がるのでは?と心配していると言われました。
ちなみに、幼い頃から大人と話すのは好きな子で今でも休み時間に図書室が空いてる日は、図書室の先生と話をしているようです。
親が出来る事って見守る以外、何があるのでしょうか?いつも一人の息子を見ていると無性にイライラしてしまい、外に行って誰かと遊びなさい!とか言ってしまい後悔する毎日です。
お坊さんからの回答 3件
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型にはめずに理解してみましょう
中学校一年生の最初の三者懇談で担任の先生に言われました。「きっと大慈くんは周りの友達がかなり子供に見えてるんじゃないかな?」母は信じがたいという顔をしていましたが、私は黙ってうなずきました。だからと言って友達付き合いができないほどではありませんでしたが、何となくお子さまの気持ちが分かるような気がします。
同世代の子供が嫌いなわけではないのですが、ノリや雰囲気のみならず、使う言葉や言い回しが合わないという次元で同世代の子達より大人と話す方が心地良かったのです。
思い切って大人の空間に連れて行ってみてはいかがでしょうか?私は小学校で初めてやった学外活動は町のお爺さんたちの将棋クラブでした。いくらハンデもらってもちっとも勝てる気配がなくて面白くないからすぐ辞めちゃいましたが(笑)、お爺さんたちとお話しするのは嫌いではありませんでした。良い思いです。
そこがお子様の居場所になるかどうかということではなく、その体験を通じて白のパンジーさまにとっての新しい発見があるのではないかと思うのです。こうなって欲しいという親の思いはちょっと脇に置いておいて、お子さま自身が何を考え、どこを向いて生きているのか観察し、寄り添ってみてはいかがでしょうか?
好きなミニカーで遊ぶこともない…車は好きだけど、ミニカーでは物足りなくなっているのかもしれませんね。男の子は女の子と違い、広く人間関係を作ることよりも自分の道を追求することに生き甲斐を持ちます。これは大昔に居所で人間関係を円滑にすることがそのまま子育てに繋がった女性と、狩りに出て獲物とばかり向き合っていた男性との進化の違いだそうです。男はいわば同好の士に出会ってから人間関係に関心を持つわけです。人間関係が先にあって、次に遊びの内容があるのが女子。先に遊びの内容があり、次に人間関係があるのが男子です。だからお子さまにとって親にやらされた運動は「これじゃあ無い」となるのでしょう。
残り字数が少なく言葉足らずになりますが、イジメを恐れてはいけません。何故なら大人になってもイジメは存在するからです。職場のイジメに抗うことができず辞職して絶望する人、大勢いらっしゃいます。親の目が届き、生徒と向き合う先生に恵まれているうちにイジメを体験することは、一種の予防接種のような効果があるのではないかと私は思います。
急にできるものでは
白のパンジーさん、はじめまして
私の感じたことをお伝えさせていただきます
お子さんのこと心配ですよね
でもまず学校に行けているということ
それでいいのではないですか
大人と話すことが好き
話せる人がいるのですから
大丈夫なのではと思いましたよ
それから
幼稚園のときに他の子どもと遊ぶことをしてなかったんですから
小学校に入って今度は遊べって
今までその楽しさに触れていない、味わっていないんですから
仕方ないですよね
お子さんの個性ではないですか
もし本当にこのことが心配なのでしたら
私でしたら自分が友人と関わっている姿を見せると思います
友人と関わることは嫌なこともあるが
楽しいこともあるということを伝えるなり
実際に見せると思います
あとは子どもとはいえ
一人の人間
子どもを信頼して
見守っていきますよ
ぜひ参考にしていただけたら嬉しいです
合掌
『お詫び』
投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。
代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。
『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。
大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。
道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。
その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうか白いパンジー様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。
願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道
質問者からのお礼
お返事ありがとうございました。
友達と遊ぶ楽しさを知らないって事は気がつきませんでした。
お友達と遊びたい気持ちはあるけど、何を話したらいいのか分からないみたいです。
息子を信頼してあげたいと思います。
大慈さま
お返事ありがとうございました。
仰る通り、親がこうなってほしいと言う気持ちは多いと思います。
また、遊びたかったから遊ぶけど、遊んでる内容がつまらないから本読んでるだけ。っと言った事がありました。私には理解出来ませんでしたが、男子と女子の違いありますね。色んな事を心配しすぎかもしれません。
妙香さんへ
お返事ありがとうございました。
息子は、教えたわけではないのですが、マナーや礼儀だけはきちんとしていて、先生や近所の方から褒められます。
3人の方から、ご提案、ご回答頂き、心配して干渉するのではなく過ぎてしまった事よりも、息子を信じて旅をさせます。親の干渉や心配が息子の未来をダメにするのかもしれないですね!
大変、参考になりました。ありがとうございました。



職業柄、人生相談はこれまで多数受けてきました。
ぜひご自身の本音を出してください。向き合ってください。私は伴走させていただきます。
理学療法士でもありますので、これまで急性期から終末期まで患者さんを担当。
町の診療所から在宅までキャリアを築く。2歳から108歳まで患者さん担当。
また、コンサルタントでもありますので
メンタルヘルスから新規事業、マネジメント、チームビルディングまで相談並びに研修対応可能。
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