捨てられない「なぜ私だけが…」という思い
いつもお世話になっています。
いつもあたたかいお言葉をいただき、心が元気になります。
今回もご助言いただけると嬉しいです。
私は幼い頃より、親の機嫌にコントロールされてきました。
恐ろしい形相と暴力、泣きながら「私(父、母)だってつらいんだ」と訴えられること、気に入らないことがあると数か月にわたり無視されたり…。
反面お前が大事だと愛情をかけられることにより、ずっといい子を演じるしかありませんでした。
親に泣かれないよう、嫌われないよう、とにかく気を付けて、厳しすぎる親のルールの上でなぜ自分だけがこんなに周りのみんなと違うんだろう、と思うようになりました。
家を出て、結婚し子供が生まれて、やっと親から離れられたと思っていました。
ところが2人目の子供を妊娠中に、その子が長く生きられない病気だということがわかったのです。その時に1番最初に思ったことが「どうしよう、お母さんに泣かれる…。」です。そんな自分に驚き、大変ショックでした。
その後、いろいろなご縁に助けられ、病気で生まれた娘と家族と1年ではありますが、幸せに暮らし、…天国に見送ることができました。
でも、その時から、「なぜ、私ばっかり」という思いが強くなり、周りの同年代の幸せそうな人たちと自分を比べて苦しくなりました。
いつも一生懸命頑張っているのに、一生懸命我慢しているのに、どうして私ばかり、辛いんだろう。
かわいい子に恵まれ、仕事もあって、旦那様もやさしくとっても恵まれているのに、私ばっかりいいことがないように思う。
私ばっかり悪いことが起きているように感じて、他人のちょっとした注意やアドバイスも私のこれまでが否定されたように感じて、苦しい。
私だけに辛いことが起きているわけではないことは、よくわかっているつもりです。でも、いつもなぜ私ばかりが、うちの子が、と考えてしまいます。
どうしたら、この気持ちを捨てて、楽になれますか。
たぶん、人から見たら、私は幸せな人です。
でも自分では苦しくてたまりません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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なんでも手に入れられることだけが、幸せではありません。
いろんなことがあったのね。
その度に、周りに気を遣いながら、いっぱい いっぱい 頑張ってきたのね。お子さまのこと、よく支えて見送ってあげられたわね。辛かったよね。。。
どうして私だけ〜 それだけ耐えてきたのですもの。そう思うのも当然です。悲しいとき、苦しいとき、ちゃんと しんどい と言えていますか。涙を我慢してきていませんか。夫に、辛さを伝えられていますか。お子さんを亡くされた辛さも、夫とちゃんと共有しましょうね。あなたの側で、一番 分かってくれる人なのだから。
誰かを羨んでしまうのも、当然だと思います。でもね、本当の幸せって、なんだろうね〜。誰よりも裕福なら幸せかな〜どんな条件なら、幸せを手にしたとなるのかな〜人から羨ましいわ〜と言われて実感出来るのかな〜。
どこまでいっても、人は満足を 満足と思えず、上へ上へと手を伸ばすものです。
誰でもない、この私が、誰かに必要とされ、分かり合える相手がいてくれる。それが、静かな幸せではないでしょうか。
亡き娘さんは、誰でもない あなたの存在があったから、命を生き抜けた。手を合わせるたびに、今でも繋がっている幸せがありますよ。こんな、心静かになれることはないのです。
なんでも手に入れられることだけが、幸せではありません。あなたの幸せが、きっと、ここにありますよ。
いままでも。これからも。
質問者からのお礼
中田三恵さま
あたたかいお言葉、ありがとうございました。他の人と比べて「なぜ自分だけが」という考えを持つことに対して、悪いことだ、私は最低だという思いがあったので、否定せず受け止めてくださったことがとてもうれしく涙が止まりませんでした。
「誰かに必要とされ、分かり合える相手がいてくれる」…今の私には、夫も子供も、亡くなった娘もいますよね。そのことに改めて気づくことができました。苦しかった気持ちが楽になりました。娘とのかけがえのない思い出を大切に生きていきます。