どうやって生きればいいのか
今年の3月に娘が自殺しました
実家ではなく 都内のアパートで首吊りです
娘は過食嘔吐の摂食障害でした
病院にも行ったんですがなかなか良くは
なりませんでした
毎日毎日大量の食べ物を買い大量のごはんを
作るのに私も疲れていました
実家から都内に行くと言った時に
私も疲れていて止めませんでした
私が止めなかったので 娘は見捨てられたと
思って ひとりぼっちでは生きられないと
遺書を残し実家を出て3日目に自殺しました
私の責任ですね
私はその時はもう大量の食料を買ったりで
お金がなかったので疲れてました
あんなに私に優しかった娘
いつもいつも大好きだよって
私の事を自分の事より大事にしてくれていたのに
私は自分の疲れでいっぱいになり
娘を守れなかった
この世の中で娘ほど私を大事にしてくれた人は
いないのに
私は最低です 生きる価値がない
娘を死なせた 大事な娘だったのに
私も死にたい
でもまだ両親が健在なので悲しませられないから
生きるしか今はない
けど毎日が辛すぎて娘は最後
どれだけ絶望して死んでいったんだろう
唯一の味方だと信じていた私に見捨てられたと
どれだけ辛かったんだろう
本当に生きる資格もない
どんな風に考えて生きていけばいいでしょうか
長々とすみません
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
真心込めてお祈りなさってくださいね
拝読させて頂きました。娘さんを亡くされたその悲しみの大きさどれほどに大きくお辛いかと思わずにはいられません。
娘さんが間違いなく心安らかに仏様のもとにお導きを受け安心なさりご成仏頂きます様に真心込めてお祈りさせて頂きます。南無阿弥陀仏。
必ずや娘さんは仏様の元で親しい方々やご先祖様と再会し安らかにご成仏頂けます。あなたとのご縁はこれからも永遠に続きます。あなたをこれからも身近に感じてお見守りなさって下さいます。
娘さんはこの世で一生懸命に生き抜かれたのです。辛く苦しい中で現実と向き合い頑張ったのです。その中でさみしい思いもあったでしょう、絶望の淵に立たされたこともあったでしょう。悲しみで押しつぶされてしまいそうになったこともあったことでしょう。それでもその生命を一生懸命に生き抜いたのです。与えられた生命を必死に生きたのです。あなたにはご自分が見捨ててしまわれた様に確かにお感じなさるかとは思います。それも一理ではあるでしょうが、様々な要因が他にもあったのではないでしょうか。
そして一人の人間ができることは現実には限界があるのです。どうかあなた自身を責めすぎないようになさってください。
娘さんはあなたを思いあなたに感謝なさりながら仏様の元へ旅立ったのです。しっかりとあなたは娘さんへ真心込めてお気持ちをお伝えなさりご供養なさってください。あなたのその思いは必ずや娘さんに届きます。どうかこれからの日々娘さんを思い心を捧げて下さい。
いずれあなたの生命が全うされる時が参ります。その時には必ずやあなたは娘さんと再会なさいます。それまではどうか見守ってくださいと娘さんにお伝えなさって下さいね。
あなたのこれからの人生心の中で娘さんと一緒です共にあるのです。こらからも心清らかにどうかお健やかに日々をお送りくださいね。負けそうになる時もあるでしょうが、どうか負けないでください。あなたの今後の日々がお健やかであります様に心から仏様やご先祖様そして娘さんにお祈りさせて頂きます。
あなたのそのお辛いお気持ちをお話しなさりたい時ございましたら、毎月第4木曜日午前10時~東京築地本願寺にて「いのちの集い」を実施しております。もしもご都合がつきましたらご参加なさってくださいね。詳細はこちらです。http://www.bouzsanga.org/share.html
ご覧になってみてくださいね。
『お詫び』
投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。
代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。
『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。
大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。
道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。
その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうかごりちゃん様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。
願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道
質問者からのお礼
本当に暖かな思いやりのある
お言葉に感謝します
人に言えない心が引き裂かれるような気持ちを
理解していただき
ありがたいです
本当にありがとうございました
このコメント欄があるのがわからなくて
遅くなり すみませんでした



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人間関係や恋愛のお悩み、自殺願望、大切な方の死に直面した苦しみなど、どんな内容でも構いません。一人で抱え込まずに、ぜひお辛いお気持ちを吐き出してください。
仏様や神様、ご先祖様は、いつもあなたを見守り、聞いてくださっています。あなたが少しでも穏やかな気持ちになれるお手伝いをさせていただきます。