気づかせてあげる?
「感謝」「やさしさ」「大切にすべきこと」など「気づけない人には教えてあげるべき。意識させてあげるべき。」と言われました。
子どもなら、成長過程でそのような気持ちを育む環境や言葉かけなどで「考えるきっかけ」を与えることは必要だと思います。しかし、相手が大人の場合、直接的に「気づきなさい」と伝えても期待できないと思うのです。
なので、私は「自分で気づくチャンスに出会い、学ばないと意味はない。」「価値観の押しつけはしたくない」と考えるので、積極的に「教える」ことはしないのです。
もちろん、日々の会話の中に「大切なことかもね」とチョロチョロおりまぜることはします。もしかしたら、この会話が「きっかけ」になるかもしれないなと思うので。
でも、そんな自分の立ち位置が「私は、面倒なことから逃げてるのか?」「せめて、家族や兄弟くらいには積極的にすべきか?」と疑問に思うようになりました。
私は冷たい人間なのでしょうか?
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
まったくです。
こんばんは。ご相談、読ませていただきました。大人に正しい事をストレートに伝えるのは、かなり難しいと思います。お釈迦様はですから、「たとえ話」をょく使ったそうです(お釈迦様でさえ、ストレートに言って"うへぇ、ありがたいお言葉"とやらなかったのは、ある意味驚きです)。
世の中の動きやニュース、昔話をお話しする中で、結論としてポツンと「だから、嘘はいけないんだね」と締める。あるいは聴いている途中で相手が自らそれに気づく。そういう伝わり方が理想なのだと思います。
貴女のイメージする「積極的な態度」がどのようなものか分かりませんが、正論は単独で振りかざすと軽い言葉にしかなりません。たとえ話で伝えるのは、「相手はここから学びとることができるのではないだろうか」という、ある種の信頼があってのこと。困難なように見えるかも知れませんが、逃げでも消極的でもないと存じます。
必要なときに必要なことを
拝読させて頂きました。私はあなたが冷たい人だとは思いません。
あなたがおっしゃるようなことは人生を充実して生きるには大切なことですよね。それを皆さんにお伝えなさることは少なからず良いことです。
が、しかしどんなに大切なことでも相手の方がそれを欲していないならば、聴く耳を持たないならば効果はありません。
仏様の有難い教えをお伝えしても聴く耳がなければ、馬の耳に念仏、猫に小判です。
本人が本当に欲している時求めているときこそお伝えなさることが一番効果的ですよね。
ですからあなたは相手の方の様子を見ながら必要なときに必要なことをお伝えなさってくださいね。
あなたと周りの方々とがお互いを尊重し大切になさりながら共に助け合う毎日を過ごして頂きますようにとお祈り申し上げます。
質問者からのお礼
kousyo Kuuyo Azuma 様、佐藤良文様 ご回答ありがとうございました。
お二人の回答を読んで、心が楽になりました。
「正論を単独で振りかざす」ことなく「必要な時に必要なこと」を伝えながら、お互いを尊重し合える関係が大切な人たちと築けるようになります!!!!