hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

婚約者と死別しました

回答数回答 2
有り難し有り難し 67

こんにちは。
近々結婚を控えた婚約者を亡くしました。
自殺の仕方、自死者遺族への賠償金など調べました。
ですがどれだけ調べても自死者が愛する人の元へいく手段がありません。寿命を全うすれば愛する人が迎えに来てくれると…。
死後の世界を私は信じ切ってる訳ではありませんが、もし本当にあるなら寿命を全うするしかないのかと思い始めてる所です。ですが私は今年で30歳。この先の人生が長過ぎて絶望しかありません。『新しい人と幸せに…』なんて言われる事もありますが無理です。でも寂しくて、誰かに『大丈夫だよ』って抱きしめてほしいなんて考えてしまう事もあります。
死にたい、けど自殺じゃ彼に会えない、彼しか愛せない、けどこの先何十年独りと思うと怖い。
その堂々巡りです。
彼は高血圧が原因の脳幹出血でした。それまで笑ってご飯を食べてたのに突然頭が痛いと言って倒れ、9日間闘病の末亡くなりました。
彼には夢があり、5月末には自分の食事処をオープンさせる予定でした。
その為4月で会社を退社しており、私はその退職金で晩ご飯は彼と外食を繰り返しました。帰りが遅いので、ご飯を作るよりその方が楽だったからです。彼の血圧が高いのは知ってました。ですがそれを軽視し、私は楽な道を選び続けたのです。
一度でも病院へ連れてってたら、結ばれたのが私でなければ彼は夢を叶えていたかもしれません。
外食を繰り返し彼の高血圧を急激に悪化させ、彼の夢も未来も奪った私が何故まだ生きてるのか分かりません。
こんな私を見て彼は悲しいかもしれませんが、もう立ち上がれません。
こんなにも早く突然にお別れがやってくるなんて思いもしませんでした。
平均寿命を考えればこの先60年、生き方がわかりません。
長文で失礼致しました。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたは現実を愉しんで良いのです

彼を失ってしまったとのこと、とても悲しいことだと思います。辛いことですが、現実として
もう、生きていた時のように彼を感じることはできません。
彼の生命が終わりを迎えてしまったことは、あなたのせいでもなんでもないですよ。何の根拠もありません。そんなに自分を追い込む必要はないですよ。

もし、こうだったら、ああしていたらと考えたくなる気持ちもわかりますが、
そう考えても苦しむだけです。きっと彼が見ていたらそんな苦しんでいる姿を見て悲しむことでしょう。

あなたは、何も悪くないですよ。安心していていいのです。

人は亡くなっても形を変えて命をつないでいます。存在しています。(霊とかの話ではないですよ)
彼のことばかり考えなくても生活できるように、少しずつ変化してくると思います。
ケーキを食べて「おいしいな」とか、花を見て「きれいだな」とか、ふとした時に笑っていることもあると思います。

そんなときに罪悪感なんて感じる必要もないのです。彼もきっとそんな姿を見たら安心できます。

「他の人を愛することはできない」なんてこともないと思います。
無理に頑張らなければ、いい人が現れれば自然に愛することができると思います。愛していいのです。
寂しいときは違う人を頼ってもいいのです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


「あなたは決して一人ではない」

かなけん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

愛別離苦の苦しみ・・本当につらく悲しいことでございます・・ましてや婚約者であり、これから結婚、新婚生活・・お互い、若く、夢も希望も色々とある、まさにこれからという時に・・誠に神も仏もないのかと思われても仕方がないほどのことでございます・・

もちろん、当事者でなければ決してわかり得ないお苦しみもおありであるかと存じます・・他人である拙生に何か言えることがあるだろうかと悩んで参りました・・

簡単に無責任なことは言えませんが、とにかく生きて、生きて、生き抜いてほしいと存じます。

生きることは、本当に難しいことです。生には老病死が常に隣り合わせにあります。そして、何よりも私たちは、一人でこの世で生きていけるような単純で簡単な存在では全くありません。無数の縁に支えられて、助けられて生きることができております。かなけん様も婚約者様に色々と助けられて、支えられてきたことでしょう。命をつむぐというのは、そういった様々な縁による支え、助けがあるということでございます。そのようなありようをしっかりと理解して頂いて、どうか決してご自身の命のことを無下に、粗末に考えてしまわれないようになさられて頂きたいと切に存じております。

婚約者様によってもつむがせて頂いているそのお命、どうか大切に、そして、かなけん様は、かなけん様の人生を、婚約者様もそばで応援してくれていると信じ、共に歩んでいるつもりにて生きていって頂けましたらと存じます。

そして、かなけん様、どうかお幸せになって頂きたい。きっと貴女様の想いも全て受けとめて、優しく包んでくれる方との善きご縁、出逢いももちろんこの先、なきにしもあらずでございます。

そして、人生、この先にもうまくいかないこと、失敗や後悔も当然にあることでしょう。その時には、婚約者様をはじめとして、そばで貴女様を応援してくれている無数の存在がある、あったことを思い出して下さいませ。

かなけん様は決して一人ではない。このhasunohaだってございます。また苦しいとき、つらいときには、どうぞ頼って頂いてご質問下さいませ。

お幸せを心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1300件を超えました


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

邦元様

温かいお言葉、ありがとうございます。
読んでいて涙が止まりませんでした。

彼を失ってから世界が一変し、悲しみと寂しさと喪失感と、大きな大きな後悔と罪悪感に包まれてます。
すぐには後悔も罪悪感も払拭する事は出来ませんが、邦元様のお言葉で少し心が落ち着きました。
もしまた自然と笑えるようになったら、その時は笑ってもいいのだと思い安堵致しました。

今は寂しくて到底無理ですが、彼との思い出の場所に赴く事が出来るようになったら、彼を連れてまた訪れたいなと思います。
この絶望的な苦しみに、温かく手を伸ばして頂いた事、まことに感謝致しております。
本当にありがとうございました。

川口英俊 様

御回答どうもありがとうございます。

婚約者を失い、一ヶ月経ちましたが気持ちは沈む一方です。
実は婚約者の月命日の翌日、14年間共に過ごしてきた愛犬を亡くしました。
14年間といえば私の今までの人生の半分の時間です。
喪失感というのは何度経験しても失意のどん底に落とされるんですね。

私は日に日に卑屈になり、他人の幸せを疎ましく思ってしまう汚ない人間になっていきます。
そんな私に川口様のお言葉はとても心に響きました。
ありがとうございます。

少しでも私が、彼が愛していてくれた頃の私に戻れるように日々生きていきたいです。

気持ちを配慮して下さり、言葉を選んで頂いて御回答下さったんですね。
お心遣い大変感謝致しております。

ありがとうございました。

「身近・大切な人の死・亡くした後悔」問答一覧

なぜこうなったのでしょうか

以前、海外に住んでいました。 2、3年に一度くらいしか日本に帰ってくることが出来なかったのですが、ある年、久しぶりに帰ってきて、大好きなおばあちゃんの家に行く約束をしました。約束の日の何日か前に、おばあちゃんと住んでいたおばさんから電話があり、何が食べたいかなど聞かれました。電話の最後に、今おばあちゃんが隣にいるから話す?と聞かれたのですが、会った時に話すからいいよと電話を切りました。おばあちゃんはその2日後に亡くなりました。数年ぶりに会えるはずだった日の、ほんの2日前でした。おばあちゃんとは本当に仲が良かったです。本当に可愛がってくれました。大好きなおばあちゃんだったのに…なぜあの時電話で話さなかったのか。後悔で苦しみました。海外に戻った時、仕事の後にお酒をがぶ飲みして、大声で泣いて、床を転げ回るほど感情をぶちまけました。 おばあちゃんの死から1ヶ月くらいした時に、おばあちゃんが夢に出てきて、おばあちゃんを抱きしめた夢を見ました。夢の途中でも実際に自分が泣いていたのがわかりました。その日から、なんとなく後悔から立ち直り始めました。 数年前、家の事情で日本に旦那と来ました。今年の初めには子供もでき、心配していた両親に初孫を見せることができました。そんな中、父親が亡くなりました。何年も前に胃癌で胃を全摘していたのですが、腸閉塞になり、入院をして経過観察の後、手術をしたのですが、翌日、突然亡くなりました。本当に突然。入院するまで本当に元気だったのに…コロナでろくに面会も出来ず、孫には入院してから一度も会えずでした。 私はというと…父が心配で実家に戻っていたのに、手術が決まった前日に母と喧嘩をして、自分が住む家に帰ってしまっていたのです。帰る前に、父の顔だけでも見に行こうかなと、本当にその時に思ったのに、『また次に来たら会えるからいいや』と、帰ったのです。最後に会える機会を、話を出来る機会を、また、自分から捨てたのです。 私は父が大好きでした。父は素晴らしい人でした。人並みの失敗もあっただろうけど、家族を一番に大切にした、本当に素晴らしい人でした。 おばあちゃんの時も、父の時も、私は最後に話せる、会える機会を無駄にしました。なぜ?父の死から半年が経ちますが、未だに突然苦しくなって涙が止まりません。夢にも出てきてくれない。どうしたら、これを乗り越えられるのでしょうか

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

会ってない父が死に色々考えてしまいます

3年ほど会っていなかった父が亡くなりました。いい父親というわけではありませんでしたが彼なりに子供思いの父でした。 最後に会った時は私の離婚騒動で、再構築するにあたり迷惑をかけたお詫びに行った時です。 そのあとは2、3ヶ月に1回父から「大丈夫か?優しくしてもらってるか?」などの電話が来て少し話す程度でした。 神奈川と埼玉、遠いいけど会えない距離じゃない、いつでも会える、と思い次は会おう来年は会いに行こう、などとずるずる時間が立ってしまい会えずじまいでした。 祖母が入院して、世話をしながら1人で耐えられずお酒に逃げた父を思うととても申し訳なく辛くなります。安らかな死ではなかったです。 いつも私を思っていてくれたのに、私は自分の生活で父のことなんてあまり考えてはいませんでした。 あの時あっていれば、電話していれば、ずっと考えてしまいます。時間が経てば幸せな記憶と一緒にたまに笑顔を思い出し安らげる日が来るとは思いますが、今は後悔ばかりです。 いい娘ではなかったし迷惑や心配をかけっぱなしでした。 声が聞きたいし顔が見たい。 いつか記憶の顔が朧げになるのが怖い。 親不孝ばかりした私を嫌いになってしまわないか。いつか会えるのか不安でたまりません。

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

前に進む方法が知りたいです。

大好きだった父が亡くなってしまい、毎日後悔ばかりしています。 父は田舎から15歳で上京してずっと働いて 育ててくれました。 不器用なところもあり職場を転々としながらもずっと仕事詰めで家計を支えてくれました。 夜勤もあり拘束時間の長い仕事でした。 私は高校を卒業して浪人をしても、第一志望の大学に合格出来ず、私立は経済的に難しかったので進学しませんでした。 その後直接父には言っておりませんでしたが、 父が病気になってしまったことから、医学部に行きたいと思うようになり、社会人で働きながら受験をしておりました。 休みの日は図書館に通っておりましたが、働きながら勉強するのは想像以上に難しく、仕事から帰ってきた後勉強せず寝てしまったり、なかなか勉強時間の確保も出来ず結果が出せませんでした。 最近、父はようやく出勤する日が減り、少し休みが出来るようになっていましたが、最近、急に容体が悪くなり、救急車を呼んで治療をしてもらいましたが、そのまま亡くなってしまいました。 先生からは本当は夜勤の仕事をするのもよくないと言われていたのですが、家計のためにずっと頑張ってくれていました。 完治は出来ないと言われて長くないと分かっていたのに、家族に弱みを見せず働いてくれていて、最近は出勤日が減り、会社から辞めなさいと言われるまでずっといようかなと言っていたのをいいことに、(父は少し口うるさいところがありほぼ毎日母と口喧嘩していたので)家にずっと居られても嫌だな、父もそう言ってるしなんとか今の仕事は少し休みながらでも続けて欲しいなと思い、また、子供の自分が親の仕事のことに口出しするのは、と気が引けていたのですが、仕事をするにしてももっと楽な仕事をもっと早く探してあげるべきだった、もっと色んなところに旅行に連れて行ってやるべきだった。もう今更そんなことばかり考えてしまいます。 父が病気になっても自分のことしか考えず、 結果も出せず、本当にクズで最低だったと思います。 このままだらだらと時間を浪費するのだけはダメだと思っているのですが、ふとしたことで父を思い出すと泣いています。 前に進む方法が知りたいです。 宜しくお願いします。

有り難し有り難し 19
回答数回答 2

最後父親に会えなかった。

8月に父親が末期の癌になり、進行スピードが早く先日10月の末に他界しました。 知らさせたのは、第三者からで、知ったのは父親が亡くなって1ヶ月たってからの事でした。 姉からは一切の連絡もなく、死に目にも会えず、葬式にも、手を合わすことも出来ませんでした。 それには理由があり、兄弟とのトラブルでした。 親は、私の家から車で15分位の所に住んでいました。 母親は8年前位に難病になり、父親も持病を持っており、介護サービスを利用し、父親がみていましたが、私、夫婦は協力し、妻には申し訳ない気持ちでしたが気持ちよく受けていただき、今まで7、8年親に協力して見てきました。 それが8月父親の病気が発覚し、私の家に親を連れてきて面倒見る事にしましたが、それから何日か経ち、夫婦で時には喧嘩になる事もありました。 今後の事でどうしていけばいいのか考えている最中、今まで、見てこなかった、姉夫婦が出てきて、しまいには妻にも暴言をはいて、親を連れて行かれてしまいました。 姉との意見の食い違いで。 それからは、親にも会えず、親も洗脳されたかのように、私たちは悪者に、今まで私達が色々してきたのに。 結局連れて行かれて、1ヶ月半で父親も亡くなり、母親も今どうしているのかわかりません。 結局お金目当てで、そうなったと妻とも話しています。 旦那方の親はお金がなく、親が病気でもずーっと放置で家の中はゴミ屋敷で3ヶ月前に父親をなくしてます。それなのになんで私の親を連れて行き、面倒みれるのおかしくないって。 私は別に財産なんていりません。 ただ最後に別れだけは会いたかったし、死に目に会いたかった。 私の中では、小さい頃からの思い出が毎日頭にあり、もう会えませんが、父に感謝の気持ちだけでも伝えたいです。 父親の死がわかってから、仕事中も毎日憂鬱で、どうしたらいいかわかりません。 手を合わせる事も出来ず、父親の供養も出来ません。 今まで私達に色々してきてくれた父親に供養がしたくて、ありがとうと伝えたいです。 このまま、ずーっとこの思いのままでは辛いです。 私はどうしたらいいですか?

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

死期を早めてしまった罪

神経難病で体が動かなくなる病気の父親を見送りました。 長い闘病でしたが、泣き言も言わず黙って耐える強くて立派な父でした。 病気も末期になり誤嚥性肺炎で入院したのですが、 嚥下障害が進み、どろどろにした物しか口に入らなくなりました。 病院から許可された、缶コーヒーにトロミ剤を入れて飲むのが唯一の楽しみでした。 全身の機能が低下していると医者に告げられ、かなり悪くなっていることを感じた頃、そんな父親に何ができるか、と考えて、 大好きなインスタントコーヒーをポットに入れて、病室に持っていくことにしました。看護師長さんにはその許可を得て、父親も喜んで飲んでいたので、 私は愚かにも自分がいいことをしているような気になっていました。 その日も仕事が終わって、夕食介助をした後、持参した甘いインスタントコーヒーを飲ませました。 父親はその日は特に喜んで、「あぁ、コーヒーはやっぱり美味いなぁ」 と出なくなっていた声が急にはっきりして言いました。 よかったね、と私は満足して病室を後にしました。 次の日の昼に父親は腹痛を訴え、夜になって吐血しました。 結局そこから回復出来ずに、1か月後に他界しました。 胃カメラも入れられない状態だったので、ハッキリしたことはわからないままですが、胃潰瘍だったのではないかと思います。 私が愚かにもせっせと病室に運んだコーヒーが悪化の原因ではないかと亡くなってから気づきました。 末期ではありましたが、父親には生きることへの意欲が残っていました。 一日でも長く生きて欲しかったのに、愚かな私の行為で父親の死期を早めてしまいました。 許される罪ではありません。 しかし、父が息を引き取る時、残された母の面倒は見るから心配しないで、と約束したので、何としてもそれだけは守らねばなりません。 ただ、自責の念に苛まれ、毎日が非常に苦しいです。 償えるはずもありませんが、私はこの罪とどう向き合えばいいのでしょうか。

有り難し有り難し 19
回答数回答 1

母が亡くなって。

一度、個別相談の形でさせて頂いた事がありますが、今回はこちらに書かせて頂きます。 9月4日に母が亡くなりました。享年75才でした。 僕が生まれる前に離婚し、祖母(母の実母)と3人で暮らして来ましたが、 25年前に祖母が亡くなり、それからは母と二人で生きてきました。 母は、約20年前に身体障害者手帳の交付を受け、ここ数年は体調もすぐれず、 毎月、整形外科・内科・耳鼻咽喉科と通院をし薬も多く服用していました。 毎月病院に連れて行って母が体調不良を訴えても、「もうお年ですから」とあしらわれ、薬を服用しても良くならず母も随分つらい思いをしてきました。 亡くなった当日も、家にいたのですが、いつも通りの流れで朝食を済まし、 僕が会社へ行くときに「行ってくるわ」と言い、「気を付けてね」と返事を してくれました。それが最後でした。 それから数時間後、定期的に訪問してくれていた介護施設のケアマネージャーさんが、家のトイレで倒れているのを発見してくれましたが、その時にはもうすでに死後硬直が始まっていたそうで、連絡をもらって会社から駆け付けましたが、もう冷たくなっていました。死因は、虚血性心疾患の疑いとの事でした。 普段は仕事の悩みや疲れもあって、家では母との会話もあまりできず、また「ありがとう」とか「ごめんね」とか言うのもほぼ言えていませんでした。 こんな突然いなくなるなんて夢にも思っていなかったので、母が居なくなった今、激しい後悔と虚しさと情けなさで、49日が過ぎ亡くなって2ヶ月が経った今も、毎日涙が溢れ、家にいる時はほぼ仏間に居て、位牌や遺骨に話しかけます。 母にはたくさんの苦労をかけ、43年も一緒に居たのに、最期は会えずに声も掛けれず・・・。悲しいです、辛いです、母に会いたいです。 母は病院が嫌いで、また自分が寝たきりになれば僕が仕事に行けなくなるからと、しんどい体を頑張って動かしていました。 亡くなってから2回夢に出てきましたが、どちらもけがをしていたり苦しんでいる母でした。 今すぐ母と祖母のもとに行きたい気持ちと、母と祖母が育ててくれた自分を大切にしなければ、また母の供養をし、この家を守っていかなければと言う気持ちと、 二人の自分がいるような感覚の中にいます。 自分が亡くなったら母に会えるのでしょうか?会えるのであればその日まで頑張って生きたいです。

有り難し有り難し 43
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る