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前世

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生まれ変わりがあるなら

もし、その人が亡くなると前世の人はどうなるのでしょうか?

また、 今世のひともどうなるのでしょうか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

それぞれは単体ですよ。

まつなかさん、はじめまして。観慈と申します。

生まれかわりというのは、前世と今世、今世と来世という風に順番につながっていくことで、逆行することはありません。

前世の方が亡くなったから今世に生まれかわり、今世の方が亡くなったから来世に生まれ変わるということですが、お互いの接点はありませんから意識も別人格です。

ですから、今世の方が亡くなれば来世の方に生まれ変わりますが、来世の方が亡くなっても今世の方には何の影響もありません。

沖縄の方ですから、ニライカナイの影響があると思います。

ご先祖様が神格化して、今世の子孫を助けに来るという考えは仏教にはありませんが、生まれ変わって同じ家の家族になっている可能性は否定しません。

ですから、ご先祖様やご両親、ご家族を敬って下さいね。

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本当の前世

本当の前世とは、さっきまでのこと。過去までのことです。
それを多くの人が、生まれる前だとか勘違いしただけです。
ファンタジー仏教、仏教・ファンタジー部門、絵空事だと私は思っています。
信じたら明晰な思考を欠くので、想像、推測、妄想、ファンタジーは。立証できない限りは所詮真実ではないのです。
まず、この点をあきらめずして「ぼくはあの世や前世があってほしい」というのは個人の願望ではあっても、真実ではありません。
願望から生まれた、ファンタジーであると思います。
理性的に物事を、明からに、正しく、主観を交えずに今を生きるのが仏道です。
誰も立証できないことを年百年もこねくり回して答えが出ないのなら、それが答えです。
人の思い描いた世界ということです。
それでも、そのファンタジーの世界にとどまりたければ、それは仏教というより、仏教思想に過ぎないのです。仏教思想は、仏教学者や後世の人間たちがつくった文学的な面もあるので、物事や、この世の真実の道理を説いたものではないものがあります。注意をして、自分の思いや情報にくらまされないようにしましょう。

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お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

普通です

あなたの身内ですでに亡くなっている人もいるでしょう。
そしてその人は、すでに何か別の生き物になっているでしょう。
たとえば、あなたが町ですれ違った見知らぬ人が、あなたの先祖の生まれかわりかもしれません。
でも、お互い気付かず普通にすれ違うだけです。
あなたが死んでハエに生まれ変わったとして、あなたの家族がしらずにそのハエを殺すかもしれません。
お互い普通に生まれて死んでゆくだけです。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

ありがとうございます!
スッキリしました!

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