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人に行動や考えの変化を求めてしまう

沢太郎男性/40代
回答数回答 2
有り難し有り難し 18

自分自身がどうあったらいいのか
この年になってもいろいろと考えている毎日です。

もともと本を読んだり研修を受けにいったりすることに関心があって
そういったことをしながら毎日自らが学ぶ姿勢を忘れないようにしています。
日頃より仏教の分野とか
心理学や哲学の分野やら
まずまずしっくりくるものがあったら
ともかく自分自身が行動に移してみようとしています。
しかしながらまだまだだと感じていますが
少しずつでも進めていけたらと思っています。

一方で、知りえた学びを自分だけではなく人に求めてしまうところもあります。
それを押しつけがましいとか、求めてはいけないと思いながらも、
なんで、やらないんだよ、といら立ちを感じてしまうことがあります。
もちろん全ての人に求めているわけではありません。
職場などでかなり横暴な態度(と自分が思っている)人に対してだけですが
それでも自分に思いに不快感みたいなものを感じてしまいます。

そんな自分にモヤモヤしています。

何かご意見ご助言を頂けたら幸いです。

沢太郎男性/40代
質問数:
2
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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏教は内観道

仏教は内観道です。

どこまでもこの「私」が問われる教えです。苦しみの原因を私の内に観ていきます。

仏教以外の教えを外道と呼びます。苦しみの原因を私の外に観ていきます。

他の人に何かを求めた時点でそれは仏教の本来から少し外れているかもしれません。

その求め方が「あなたが変われば私の苦が解決」と考えるか、「あなたも私もともに救われなければならない」という視点でみているかでまた違うかもしれませんが…

いずれにしても仏教は処世術ではありません。自分に都合のよい部分の教えをとってつけて自分が優れたものになる類ではありません。

この私のメッキが剥がされて内側がさらけ出される教えです。

内観により自らを「良し」とする立場が捨てられるならば、どんな人とも「共に」の視点が生まれるはずです。

学びの視点を変えてみましょう。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

さっそく実習

 こんにちは。先日の「年上の人」の続きでしょうか。まさしく、「さっそく実習」という感じですね。
>「私の言うことが正しい」というニュアンスでものをいう
 貴方は色々と勉強して来られたので、「正しいこと」を周りよりもご存知なのでしょう。まぁ、誰もが「自分にとって、これは正しい」と思うから話すのであって、「自分では判断つかないが、本にはこう書いてあった」というニュアンスでは、積極的に話せませんよね。
 それは、たとえ内容が仏教についてであっても、です。私も「推測します」「思います」「聞いております」「感じます」という言葉は、結構細心の注意を払って使っています。
 そもそもお経って、「如是我聞」…私はこのように聞いております、という一歩下がった姿なのですよ。私自身がどんな「素晴らしい法話」を思いついた・経験したとしても、まず100%先人の後追い・コピー・使いふるしです。でも、その使い方=その法話をどんな環境に置くか=は現代の問題・私の問題。「内容よりも話し方」と言われるのは、これだと思います。
 ですので、もう一度書かせていただきます。
「周りが(仏教のことを)分かってくれたら相手のおかげ。伝わらないなら自分(の伝え方)が悪い」。「俺が分かったんだからお前も」というのであれば、前回の相談で遡上に上がった「年長者」そのものですよね。

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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

煩悩スッキリコラムまとめ