現在の境遇を良い方に変えたい
1.幼少期より、家庭内がもめ(嫁・姑の問題)また、両親も余裕がなかったため、淋しい思いをして育った。
2.結婚し、3年目に子供を授かったが、6か月で流産しその後は子供にも恵まれなかった。
3.そんな中でも、夫婦で協力して暮らしていたが、6年前に家内を病気で亡くすと言う事態を経験した。
4.以上、簡単に私の半生を書きましたが、なぜ、私は家庭や家族との縁が薄いのでしょうか。また、自分と関係の深い人との縁が薄く恵まれないのでしょうか。自分でも納得が行かないで悩んでいます。
心情をお汲み取りのうえ、ご回答頂きたくお願いいたします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
納得を手放しましょう
こんばんは。人生の先輩からのご質問、心してお応えいたします。
まずは、奥様を送られたとのこと、無事に送られましてご苦労様でした。きっと奥様も感謝しておられることと存じます。
さて、「何故私の人生は…」と仰っておいでですが、例えば私が「…だからです」と申し上げ、それに納得されたとして、何が変わりますか?淋しさという感情は、理屈を聞いて収まるものではないと存じます。
つまり、今までの人生「の秘密」を知ったからと言って、それは過去のこと。今日1日を生きることの支えにはならないでしょう。
それよりも、「今日1日、何ができるだろうか」に思いを巡らせた方が良いのです。いま、貴方様は生きていらっしゃるのですから。
家族がいなくても、人は社会の中で生きています。誰かの力を借り、時には誰かの力となって生きているのです。ですから、貴方の1日で関わった方達に、感謝の日々を送っては如何かと存じます。
あなた様が「私の縁は…」と考えているのは、失礼ながら暇だからです。心を向ける所が他にないから。でも実際、心を向けても良い対象は、沢山あるのです。今までやらなかっただけで。
そうして多くの方に感謝の日暮らしを送ることで、きっといつか、あなた様が彼岸に渡られた時に「世の中ってのは、みんなで助け合っているのだね」というお土産話をすることができるでしょう。「生きる•生きている」ということの実相を見る時間を、貴方は多くいただいているのです。
人生は思い通りにならない。それに気づかれたならば、ぜひ仏教を学ばれ、何か縁ある行を修められることをお勧めします。
追記
こんにちは、「お礼」、読ませて戴きました。「私自身が家族に囲まれながら何を偉そうなことを…」と突っ込みたくもなるのですが、このところ子ども達が自立し(離れて)いき、「父親」という仕事も終わりに近づいたな…と感じております。
ですので、他人様のために動けるうちは、何かを。そう思っております。できなくなってきたら、南の島へ移住して海を眺めながら過ごしたいと思っています。
お互い同じ娑婆に生きる者として、お慕い申し上げます。
さぞ、おつらかったことでしょう、、、。
寂しかったですね。悲しかったですね。読んでいて胸が痛くなりました。
悲しみ、孤独、人生の悲哀は、同じ悲しみを持つ人にしか理解できないし、
癒すことができません。人はそのために人生で悲しみを体験するのだ、と思います。
もし可能ならば、どうか、辛い境遇の中にいる人々の中に積極的に入っていき、
手を差し伸べては頂けないでしょうか?
全米で最もひどい虐待を受けて育った人は、現在虐待を受けた子供のケアーをボランティアでしています。(「it と呼ばれた子」参照)
質問者からのお礼
回答を頂き有難うございました。回答を拝見し、「いくら嘆いても何も変わらない」ことに気付かされました。そして、現在の自分の境遇を変えるも、変えないも全て自分自身が「これから、どう生きる(変える)か、どう生きたい(変えたい)か」にかかっている事を、教えていただいた思いがしました。また、その方法も一つではなく、「仏教の道に希望を見いだすもよし、辛い境遇にいる人のボランティアをするもよし」と言うことも気付かせて頂きました。果たして自分には何が出来るか解りませんが、これから見出す努力(行動)をしていきたいと思います。そうすることが、亡くなった家内や、子供に対する供養にもなると思いました。