皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

現在の境遇を良い方に変えたい

1.幼少期より、家庭内がもめ(嫁・姑の問題)また、両親も余裕がなかったため、淋しい思いをして育った。
2.結婚し、3年目に子供を授かったが、6か月で流産しその後は子供にも恵まれなかった。
3.そんな中でも、夫婦で協力して暮らしていたが、6年前に家内を病気で亡くすと言う事態を経験した。
4.以上、簡単に私の半生を書きましたが、なぜ、私は家庭や家族との縁が薄いのでしょうか。また、自分と関係の深い人との縁が薄く恵まれないのでしょうか。自分でも納得が行かないで悩んでいます。
心情をお汲み取りのうえ、ご回答頂きたくお願いいたします。

生きる意味
有り難し 19
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

納得を手放しましょう

こんばんは。人生の先輩からのご質問、心してお応えいたします。
まずは、奥様を送られたとのこと、無事に送られましてご苦労様でした。きっと奥様も感謝しておられることと存じます。
さて、「何故私の人生は…」と仰っておいでですが、例えば私が「…だからです」と申し上げ、それに納得されたとして、何が変わりますか?淋しさという感情は、理屈を聞いて収まるものではないと存じます。
つまり、今までの人生「の秘密」を知ったからと言って、それは過去のこと。今日1日を生きることの支えにはならないでしょう。
それよりも、「今日1日、何ができるだろうか」に思いを巡らせた方が良いのです。いま、貴方様は生きていらっしゃるのですから。
家族がいなくても、人は社会の中で生きています。誰かの力を借り、時には誰かの力となって生きているのです。ですから、貴方の1日で関わった方達に、感謝の日々を送っては如何かと存じます。
あなた様が「私の縁は…」と考えているのは、失礼ながら暇だからです。心を向ける所が他にないから。でも実際、心を向けても良い対象は、沢山あるのです。今までやらなかっただけで。
そうして多くの方に感謝の日暮らしを送ることで、きっといつか、あなた様が彼岸に渡られた時に「世の中ってのは、みんなで助け合っているのだね」というお土産話をすることができるでしょう。「生きる•生きている」ということの実相を見る時間を、貴方は多くいただいているのです。
人生は思い通りにならない。それに気づかれたならば、ぜひ仏教を学ばれ、何か縁ある行を修められることをお勧めします。

追記
こんにちは、「お礼」、読ませて戴きました。「私自身が家族に囲まれながら何を偉そうなことを…」と突っ込みたくもなるのですが、このところ子ども達が自立し(離れて)いき、「父親」という仕事も終わりに近づいたな…と感じております。
 ですので、他人様のために動けるうちは、何かを。そう思っております。できなくなってきたら、南の島へ移住して海を眺めながら過ごしたいと思っています。
 お互い同じ娑婆に生きる者として、お慕い申し上げます。

さぞ、おつらかったことでしょう、、、。

寂しかったですね。悲しかったですね。読んでいて胸が痛くなりました。
悲しみ、孤独、人生の悲哀は、同じ悲しみを持つ人にしか理解できないし、
癒すことができません。人はそのために人生で悲しみを体験するのだ、と思います。

もし可能ならば、どうか、辛い境遇の中にいる人々の中に積極的に入っていき、
手を差し伸べては頂けないでしょうか? 

全米で最もひどい虐待を受けて育った人は、現在虐待を受けた子供のケアーをボランティアでしています。(「it と呼ばれた子」参照)


質問者からの有り難し - お礼

回答を頂き有難うございました。回答を拝見し、「いくら嘆いても何も変わらない」ことに気付かされました。そして、現在の自分の境遇を変えるも、変えないも全て自分自身が「これから、どう生きる(変える)か、どう生きたい(変えたい)か」にかかっている事を、教えていただいた思いがしました。また、その方法も一つではなく、「仏教の道に希望を見いだすもよし、辛い境遇にいる人のボランティアをするもよし」と言うことも気付かせて頂きました。果たして自分には何が出来るか解りませんが、これから見出す努力(行動)をしていきたいと思います。そうすることが、亡くなった家内や、子供に対する供養にもなると思いました。

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