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父親を亡くした子どもへの寄り添いかた

以前から拝見していましたが、ご助言をいただければと思う出来事があり、、初めて質問させていただきます。

娘の保育園の関係で親しくなった一家の旦那さんが、少し前に若くして病気で亡くなりました。
その家には2人の子どもがいますが、お母さんは気丈にがんばっています。
私もなるべく力になれればと思い、一緒にご飯を食べたり、話を聞いたり(とはいえあまり自分の辛いことを話さない人なので、世間話や仕事の話、子どもたちの話題ばかりですが)、大変なときは子どもたちを預かったり、、というようなことをできる範囲でしています。

子どもたちも小さいなりに(小学1年生と4歳)父親の死を理解しているのですが、特に上の子(男の子)は小学校という新しい環境に入ったばかりということもあるのか、穏やかだった以前とは違って最近はいつもイラだっているか、自分の欲求をまわりにぶつけて、意に添わないと一緒に遊んでいる妹やうちの子をいじめたり暴言を吐いたりしています。
この年頃の男の子は多かれ少なかれそんなものだとも思いますが、やはり寂しさや、どこにもぶつけられないモヤモヤが、怒りやイライラとなっているのではと思うと、かわいそうになります。

お坊様がたにお聞きしたいのは、
このような場合、周囲の大人は小さい子どもたちにどのように接すれば、少しでも安心感をあげられるか、そしてお父さんの死を、どのように扱えば良いのか、ということです。
子どもたちには特に、今までどおり何も変わらない接し方を心がけていますが、もし伝えてあげたら子どもが少しでも楽になれるような言葉があるのなら、伝えてあげたいです。

こうして書いていると、お坊さんではなくて児童カウンセラーに質問すべきことかしら…と思えてきましたが(汗)、色んなお立場からのご助言をいただけたらと思い、質問させていただきます。

有り難し 7
回答 2

質問投稿日: 2015年6月27日 23:34

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

泰庵

蓮猫様、こんばんは。
他者への優しい眼差し、ありがたいです。

個人的な主観なので参考にできる部分があれば活用していただければと思います。

子どもには、何かを伝える役割よりも聞いてあげる役割の方が必要な気がします。
子どもからみるとどんなふうに世界が見えているのか、聞けるといいです。
イライラしたくてしているわけではない、なんかモヤモヤしてることがあったんか?と聞いたり、
今日はイライラせんでも入れて偉かったなとか、そんな言葉はどうでしょうか。

お父さんの死については成長につれその時その時で、意味は変わってくるのではないかと思います。
ただ、お母さんからみたお父さんの尊さが子どもたちに伝わっていて欲しいです。
・月夜のくじらという絵本があります。
お母さんが見るには、 もう少し時間が経ってから見た方がいいかもしれませんが、蓮猫様も一度見ていただけるといいなと思います。
人は忘れることが多いけど、お父さんの尊さを覚えていて欲しいです。

あとは、お母さんの健康ですね。
・お母さんが父母の役割を一人で抱え込まないこと。
お母さん自身が父の役割、母の役割を客観的に把握できそうでしょうか。。
その上で、自分でできること、他を活用することの整理ができると、大変さ、余裕のなさも、改善可能になるきっかけを持てると思います。

子どもさんの接し方で思うのは、何かをしてあげるよりも、蓮猫様が彼らにありがとうと言える関わりが増えるといいなと思います。

以上、文章からの憶測で勝手に言葉を並べてしまいましたが、今なされていることだけでも、十分心強い存在になっていらっしゃると思います。

あくまで、保育やスクールカウンセリングの現場経験から思うことなので、遺児支援のテキストと視点は違うかもしれませんが、参考になる部分があれば活用ください。

3年1ヶ月前

陰ながらの助けと笑顔

まず、皆の前では特別に扱わない、特別視しすぎないことです。
大人の目線からすれば「お父さんが亡くなってしまった子、可哀想に…」というような気持ちが沸いてしまうものでしょうが、100人からそれをされたら、かえってその子は特殊、特異に扱われてしまうことで、違和感・距離感・孤立感が増すものです。
いつも通り、普段通り、普通通りに接してあげると「ああ、この人は普通に接してくれる人だ」と安心感にもなると思います。

たとえ父は亡くなれど 父性 は いずれの処にもあり。
失えば自ずから見出さんとする力が沸く。
何れのところにも父をみる。何れのところ❝か❞に父性をみる。 了叡

勿論、亡くなられたお父様にとって代わることはできません。
ですが父親と同等の守りの役割は、他の方でもできることも少なからずあります。
人間は、本有の父性、本有の母性を内側から引き出だすことができます。

私は幼少の頃「親から構ってもらいたい時に構ってもらえなかった感が強い子ちゃん」でした。(自分で勝手にそう思った)
時折ふと思い出すことがあったのですが、小学四年生の時、全然関係ない見ず知らずの給食のおばちゃんがいつも私を見守るようなまなざしで❝看❞てくれていたのです。(自分で勝手にそう思った) よく目があいまして、いつもニッコリ。親のような目で見てくれていたのです。
(親戚のおばさんかと思った)
その全てを赦してくれるような、苦楽を呑み込んでくれるような、あたたかな視線を小4から25年以上経った今も覚えていました。人間がそういう表情ができることがまず素晴らしい。
先日、偶然、ばったり、その方らしき人にお会いして「ひょっとして新狭山小学校で、給食の配給のお仕事されていませんでしたか?(あまりの驚きに❝給食のおばちゃんじゃなかったですか!?❞と聞いてしまった )」
「ああ、随分昔に、そんな時期もありましたねぇ」と。
(T_T)
その時私は、母性や父性は、本人が欠けていればそれをちゃんと本人が望むものであり、
そして、一番近しいものに自ずから見い出すものであると感じました。
その子も、自ずから父性を望むはずでしょう。
あなたが最高の笑顔やお声かけを与えてあげてください。
「何だか分からないけど誰かに、何かに守られている感覚」は、時に、実の親すら凌ぐ強さ、支えとなるのです。 合掌

3年1ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

泰庵様
色々と言葉足らずだったにも関わらず、ご推察いただき丁寧にご回答いただきまして、ありがとうございました。
「伝える」よりも「話を聞く」、彼らに「ありがとう」と言えるような関わり…、本当にその通りですね。「何かしてあげなくちゃ」と能動的なことばかり考えていましたが、ちょっと冷静になれました。
彼らが辛いときに頼れる大人の一人でいられるよう、自然体で見守っていこうと思います。
お母さんも周囲に弱音を吐かないので心配ではありますが、現実的な人なので色々ありながらもなんとかやっていけると思っています。こちらも友人として、頼りたい時には頼れる存在で在りたいと思います。
『月夜のくじら』も読んでみます…。
本当にありがとうございました。

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