これから

よくテレビなどをみていて、親にはなかなか言えませんが五体満足で生まれてこれたことを本当にありがたくおもいます。

はじめは五体満足で生まれた方でも何かをきっかけに障害のある身になってしまった方もおられて、私もしてはいけないことと分かっていてやってしまった過ちとかもありますのでいつかそういう風になってしまうのではないか。などいろいろかんがえてしまいます。

障害のある方でも一生懸命生きておられて本当に尊敬しますが、もしも私がいつかそうなってしまったらどうしようか?などいろいろかんがえてしまいます。

その他
有り難し 10
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

すべてはこころがけひとつ。

ニカ-ヤという古い経典の言葉です。
「比丘らよ、およそ何であれ、
常住で恒久で永遠で変化することがなく、
いつまでもそのままの姿であり続けるような
そんな所有物というものを
私は未だかつて見たことがない」

病に冒される苦、いつか病になるかもしれない苦というものは、命ある者なら例外なく抱える苦しみです。
だから、人生さんもいつ重い病が発症するかもわからないし、逆に一生、病気とは無縁のままかもしれない。
でもね、よく考えれば、結局のところ人は皆いつか死ぬんですよ。
死なない人間はいません。
もしかしたら将来、科学が発達して、不死の薬が発明されるかもしれませんがw今のところ死亡率は100%です。
あなたの身体も時間が経てば老いて衰えていきます。
どんな努力も甲斐無く、必ず命が尽きる瞬間はやって来ます。
そういう意味では、あなたの身体もあなたの思い通りにはならないのです。
悲しいけれど、それが自然の理(ことわり)。
例外はありません。

私には3人の子供がいますが、末っ子はダウン症です。
重度の知的障害があるので、8歳になった現在でも言葉が喋れないし、いまだにおむつ生活で、とても手間が掛かりますが、私たち家族は一瞬たりとも不幸だと思ったことはありません。
「障害は不便だが不幸ではない」とは乙武さんの言葉、全くその通りですよ。

人生さんは病や障害に対して不安を抱えていらっしゃるようですが、私は障害のある息子を育てながら、日々幸せを感じています。
この違いは何だと思いますか?

人生さんの内にある不安というものは、結局は人生さん自身が創り出した物でしかありません。
だから、消そうと思えば消せるんですよ、すべてはあなた次第なのです。

10ヶ月前

お互い様の心

人生様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

生・老・病・死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦・・八苦にさいなまれるこの輪廻にある限り、人間である以上、迷い苦しむことは仕方のないものとなります・・

人間である限り、程度の差はあれども、生きていく上での(迷い苦しみを含めた)困難さを「障害」と言うのであれば、正直に申せば、皆、心身ともに何らかの「障害」を抱えている、あるいは、いずれ(今は全く障害がないと思ってはいても)抱えることになるのに変わりないものであると存じております。

そして、更には、皆、それぞれ独りだけで生きていけるような強い存在ではなく、弱い存在であります。

でも、この世界にあって、皆、それぞれで障害を抱え、弱い存在であっても、何とか生きていることができているのは、お互いの助け合い、支え合い、分かち合い、補い合いがあってのことによるからでございます。

大切となるのは、他への思い遣りや配慮の心、そして、仏教的に申せば、慈悲の心となります。

しっかりとお互い様の心を滋養して、共により良く、幸せに過ごしていけるように調えて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

10ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

ありがとうございます!

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