母を亡くして
去年の10月、母を大腸ガンで亡くしました。母はとても辛抱強い性格で何かあっても1人で我慢するタイプでした。その為いつも母に本当に辛い時やもうダメな時は必ず私に言いなよ!と度々言っていました。そんなある日、一昨年の5月のGW前の昼間に母から電話がかかってきました。お母さん、もうダメかも。そこから全てが変わって始まりました。家族みんなが治ると思ってました。まさか母が。まだ60代後半だし。これからじゃんて。手術をして抗がん剤治療もして去年の春頃までは全然元気そうだったのですが夏ごろからなんだか調子が悪そうだし時々遠くを見るような、楽しみがないって顔をするようになり。9月の末になって突然兄に母は1月の時点でもって半年だと聞かされていたと打ち明けられました。私と父はそこで初めてもう本当に母は長くないことを知りました。余命半年って。兄も言おうか言わまいかずっと悩んでいたみたいで責めることなんてできませんでした。でももう少し早く言ってくれてれば寝たきりになる前にもっと色々してあげられたのにと悔やみました。これを書いてると辛くて辛くて1000文字じゃ足りませんし読んでる人が分かりやすいように書けません。
父の寂しそうな顔を見ると胸が苦しくなります。もう動かなくなった母を見た瞬間の喪失感と言うか母がそこにいるのにいないようなさーっと引いた感情が忘れられません。亡くなる間際に私の名前を呼んで私がそばに行くとかすかに安心したような顔になっていたのを思い出します。亡くなる当日来る人来る人にありがとうと何度も言っていました。自宅の二階の見晴らしのいい部屋で。訪問看護も頼んでたので色々見たりアドバイスを貰って家族みんなで看てました。病室で亡くなる方も多い中、自分の住んでる家で亡くなるってことはお母さんは幸せなんだよと看護師さんに励まして頂きました。色んな人に励ましてもらい優しくして頂きました。棺に花を入れる時お母さんありがとね、本当にありがとね。とずっと嗚咽交じりに私は叫んでました。美味しいご飯が食べれることや、暖かい部屋で過ごせること、色んなことに感謝しています。みんな優しくて嬉しくてまた泣いてしまいます。でもなんで寿命なんてあるのかなって。なんで母のような優しくて面倒見が良くて素敵な人が早くに亡くなって私みたいなのが生きてるのか。成仏してほしいですがその反面思ってしまいます。
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これからもお母様は見守り続けてくださる
拝読させて頂きました。お母様がお亡くなりになられて本当つらい思い、そしてその死を受け入れることができずに苦しまれていらっしゃるお気持ちを読ませて頂きました。あなたのお母様へのお気持ちをお察し申し上げます。
本当に大切なお母様であったのですね。
大切な方の死は身近な方々にはおいそれとは受け入れることはできないものです。かえがたい存在であり、失いたくない存在であり、自分の支えであればなおのことですよね。
ただ人には与えられた生命があり、それは巡り合わせによって定められているものです。
人はこの自分の肉体に永遠にいることはできません。
私達を取り巻くことは自分も含めていつも変化し続けているものです。
あなたも私もいつも変化し続けていますし、自分の死に向かっているのです。
ただ心や魂は永遠につながりを持っています。あなたとお母様との魂のご縁は永遠です。決して切れることはないのです。お母様はあなたとこれからもつながり見守り続けてくださるのです。
そしてあなたがその生命を全うなさる時には必ずやお母様に巡り会えます。
私はお母様が仏様に導かれて仏様のもとに生まれます様にと心よりお念仏おとなえさせて頂きます。
南無阿弥陀仏
必ずやお母様は仏様のもとに生まれご成仏なさいます。
あなたもお母様を心を込めてご供養なさってください。
そしていつの日にかあなたが仏様のもとにてお母様に再会なさいます様にと心よりお念仏おとなえなさってくださいね。
いついかなる時もお母様はあなたを片時も忘れず見守ってくださいます。
悲しむはつきないかもしれませんが、どうかこれからの人生をお母様へのお気持ちを感謝やご供養の気持ちに変えて、お健やかに毎日を過ごしてくださいね。
お母様も必ずやそう望んでいらっしゃいますからね。
質問者からのお礼
ありがとうございます。
丁寧な丁寧なありがたいお言葉を頂き涙が止まりません。
母に頂いたこの大切な命
大事に全うして生きたいと思います。
本当にありがたいお言葉ありがとうございます。
何度も何度も読み返してます。
周りの人に言うと心配をかけてしまって気を遣わせてしまうのが嫌で心に留めておいたら苦しかったです。
この場で話せて回答を頂いて救われました。