hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
2019年のあなたを表す漢字 募集中

これからどう生きるべきか、見えなくなりました。

回答数回答 3
有り難し有り難し 12

私は以前から彼女が欲しいと言っていました。
実際に行動しなければ彼女はできないと言われ、それから私は目標の為にとにかく実践することを心がけてきました。

女の子の服を褒めました。その子がその服を着てくることは二度とありませんでした。
何度か旅行に誘いました。声をかけられる程度に仲のいい10人強全員に全て断られました。

私は先日までとある大会に出場する部活に所属していました。
私には目標があったので、その為に賛同者を集め、先輩に挑戦の許可を得、必要な勉強をしました。
学んだことを資料にまとめ、必要な物の販路を新たに開拓しました。
人出が足りないと思ったので友人を誘いました。
行く先々の寺社仏閣で神頼みをし、自腹でお札も買って手を合わせました。
半年を費やした準備の末、仲間に「実は乗り気ではなかった」と言われ、私の挑戦はなかったことになりました。私は部を去りました。

目標達成の為には行動するべきというのはよく分かっています。
しかし私は努力することで成功どころか、自分は疎まれていると知りました。
人生の成功には努力が不可欠ですが、私は努力しても沼に深く沈んでいくだけです。ならば人生うまくいく訳がないではないかと、次第に人生そのものに希望を見出せなくなりました。
今、人生そのものに対する絶望と、人生を諦めたくないという気持ちで潰れそうです。

私はこの状況を嘆けば、本当に努力したのか?足りないんじゃないか?と責められます。
私は努力しても結果を残せないどころか、努力したことを認めてさえ貰えないのかと、とても悲しい気持ちになります。
同時に、努力は報われるものと信じて疑わず、実際に報われている人々にとても嫉妬してしまいます。

私はこれからどうするべきか、全く見えません。
努力しなければうまく行かないが、努力しても上手くいかない。
何度も死のうと思いましたが、人生を諦めたくないという気持ちから思いとどまりました。しかし私は奇跡的に運良く良い事が起こることを期待して惰性で生きていこうとしています。
これで良いはずがないというのは分かりますが、ならばどうすればいいのか、分かりません。私はこれからどう生きていくべきでしょうか。

2015年7月8日 14:22

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私は禅僧です。坐禅をすると足が痺れます。素人さんの中には、坐禅をして足が痺れるのは修行が足りないからで、恥ずかしいことだと思う人が多いのですが、実際は違うんですよ。足が痺れるのは、真面目に坐ったから痺れているんです。手を抜いてあぐらかいて座っていたら足は痺れません。痺れていいんです。
これは私が大学生の時に教わったことです。足が痺れるのは嫌ですけど、そう言われると嫌なりにもうちょっと頑張ってみようかなと思ったものです。
たこさんが苦しいのも、頑張って生きているからです。それは悪いことではなく、素晴らしいことなんですよ。ただ、頑張り過ぎればそれだけ苦しさも大きくなります。そこは『バランス』です。

さて、10代後半と社会に出てからの人間関係はまるっきり逆転します。社会に出てから「乗り気じゃなかったからやめる」なんて言えば一瞬で信用を失い、誰からも相手にされません。女性にも生活力のある人がモテるようになります。それはそれで面白くないことがありますが、そういう環境まで進めたら気分がかなり変わると思いますよ。

最後に、成功するためには道筋を理解する必要があります。水を流すのにU字溝で道筋を作ってやれば真っ直ぐ遠くまで流れます。何も無い平らな所では、どんなに頑張っても大して流れません。
『努力すれば報われる』というのは、バブルというU字溝が日本全体に敷き詰められていたころの話で、あのころは何でも作れば作っただけ売れましたし、辛抱すればするだけ出世していました。そんな時代は20年前に終わったことに、大人でもたくさんの人が気付いていないんです。

じゃあどうするか?まずは第一線で活躍している人達を見付け、その人達について行って学ぶのが一番です。社員が活き活き働いている就職先を探しましょう。あと、本田宗一郎のようなカリスマ経営者の本を読むと元気が出ますよ。本屋さんのビジネス書コーナーにあります。

2015年7月8日 22:27
{{count}}
有り難し
おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

せんだみつおさんの芸名

偉そうに分かったことが言える人間ではありません。「自分のことを棚に上げて」お話します。

せんだみつおさんというタレントさんがおいでになります。芸名の「せん」は1000を、「みつ」は3をそれぞれ表します。うまくいくのは1000分の3という格言が芸名の由来です。芸能界で名を成して生き残ることができるのは千人に三人ほど(つまり皆無に近いが皆無でない)を芸名になさっています。起業についても「せんみつ」といわれることもあります。新しい個人資本のお店ができてもいつの間にかなくなることはよくあります。上場企業の正規職員と同等かそれ以上の収入を継続的に得続ける起業家は非常に少ないでしょう。これらのことから人生は思い通りにいかないのが当たり前だと知らされます。

坊さんの私は、教科書的につい「人生は思い通りにいかない」といってしまいがちです。しかし、思い通りにいった方々もおいでです。たとえばお釈迦様です。お釈迦さまは出家してお覚りを開こうとなさり、その通り覚者となられました。ただ、最初から一直線に覚りに向かわれたのではありません。覚りを開いているとされる多くの修行者に教えを乞いましたが、本当に覚りを開いた人はいませんでした。結果としてご自身で覚りを開かれたのですが、修行者たちから教えを受けたことが無意味だったのではなく、「創造は模倣より始まった」面も多々あったようです。

浄土真宗の開祖、親鸞聖人の場合も最初は試行錯誤なさり、その後、法然聖人に出あって指導を受け、晩年になられてから独自の境地を開いていかれました。親鸞聖人の場合は明確に「創造は模倣より始まる」が当てはまります。

うまくいかないならうまくいっているとされる方、「これ」という方から学び、まずは模倣してみては如何でしょう。野口悠紀雄さんは『超発想法』という本のなかで、盛んにこのことを勧めておられます。せんだみつおさんは他の997人にないものを持っておいでになるはずです。

2015年7月8日 18:30
{{count}}
有り難し
おきもち

私はお坊さんといっても、ひと様に何か答えらしいものを提示できるような立派な...

豪速球だけの努力では打たれる

豪速球があるピッチャーでも、ど真ん中だけの勝負ばかりでは打たれますよね。
あなたは、チームをまとめるテクニックについて勉強不足で、その部分ではど真ん中豪速球だけの努力をしていたのでは。
だとしたら、単純に「努力しても無駄」という話ではなかったのです。
何事にもテクニックとか工夫があります。
工夫すればたいしたエネルギーを費やさなくてもうまくいく場合もあります。
リーダーシップは、訓練で向上できる技術だそうです。
リーダーシップという技術には、目標達成機能と、集団維持機能(コミュニケーションをとってメンバーの良好な関係を維持する)の2つの機能があるそうです。
あなたは、目標達成にばかり気をとられて、集団維持機能でミスっただけです。
努力の仕方がおかしかっただけであり、努力自体が無駄なのではありません。
若いときにそのような失敗経験をできたのは、羨ましいくらいです。
将来役にたつ経験になるはずです。
ただし、自分の肉体でさえ、走ってて転ぶなど、完全にコントロールできません。まして、他人を思いどおり動かせないのは自然なこと。
努力しても失敗することもあるのが人生です。

2015年7月10日 12:28
{{count}}
有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

大慈様、藤岡様、ありがとうございました。
振り返ってみれば、私はただ人伝やネットの怪しい記事なども鵜呑みにして努力だ何だと言っていました。
これだといえる師を探すところから始めてみたいと思います。ありがとうございました。

「これからの人生どうしたらいいか」問答一覧

置かれた場所で咲きなさい

昨日退職して後悔していますとご相談し、「置かれた場所で咲きなさい」とお坊さまからお言葉を頂き大変救われた気持ちになりました。 私は面接に漕ぎ着けたものの今までずっと働いて来たからか空白の時間、1人の時間をどうやって過ごしたら良いのかが分かりません。 50歳を超えて主人も娘もいるのにいつまでたっても寂しがり屋のところがあります。 一日でも早く次の居場所…が欲しいのだと思うがゆえ面接に漕ぎ着けたもののたった三週間ほどの空白がしんどくなってきます。 勿論ゆっくりしたら良いとか周りの言葉にも甘えての退職でした。 空白の時間にはスポーツジムとかに行って時間を潰しても良いのでは?とかも考えました。 でもまたフラフラしてる自分が居て三週間待たずに違う所を探して早く社会復帰した方がいいのではとか でもやっぱり三週間後の面接まで待ってから決断すべきかとか せっかく気持ちが固まってたのにまたこれで良かったのかとか悩んだり… 明日からまた一週間何しようか…とか こんな事を色々考えてると食欲も出なくなっています。 前向きな姿勢の日とそうでない日が交互に来ます。 三週間後の面接日まで私の気持ちが耐えられるのか凄い不安で仕方ないです。 せっかく有難いお言葉をお坊さまから頂いたのにまたフラフラしてすみません。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

私の「道」とは

初めまして、芹香と申します。 私は幼い頃から宗教学、宗教史に興味があり、父方の親戚に住職さんがいることから、特に仏教学に強い興味を惹かれていました。 ですが、私は、父が熱望していた看護師になるため、看護大学に入学しました。 しかし2年前、「これは私の道じゃない」という思いから、うつ病を発症しました。 そして父の期待を裏切ってしまったこと、そして自分の「道」が見えなかったことから、絶望し自殺未遂を繰り返しました。 ある日私はネットの友達に相談をしました。その友達はお寺出身で、大学で仏教学を学んでいました。 その人に、「自分の「道」が見えない、こんなんなら死んでしまいたい」と言うと、その人は間髪入れずに、「君は何度自殺しても死なんかった、つまり君は生かされたんやから、その命を人に使えばいい。それが君の「道」やと俺は思う」と言われました。 それから私は、これまでの私を受け入れ、自ら命を絶つということをやめました。現在はアルバイトをしながら生活しています。 ところが今年、父が肺病で緊急入院になりました。そして、担当医から言われた言葉は「夏は越せない」というものでした。 母も私も途方に暮れ、残りの命が少ない父に何が出来るだろうと、必死になって考えました。しかし、なかなか現実を受け入れることができず、日々は過ぎていきました。 そんなある日、母がぽつりと「家に帰れないんやったら、せめて、私たちだけでも普段通り接してあげようよ」と言いました。私は「分かった」と返事し、早速その日のお見舞いから、父と何事もないように接することになりました。 父は自分が余命宣告を受けていることを知りません。私達も口外にはしません。病室で、私と母と父は雑談をしては笑い合います。もうすぐ夏になりますが、そんなことを忘れて、私達はいつもの家族として笑い合います。 そんな中、私はふと、自分の「道」を見つめてみました。 すると今まで真っ暗だった道が開けて見えました。そこでは、父や母、そして私の友人達が笑顔でいました。 そう私の「道」は「人を笑顔にさせ、苦しんでいる人を助けること」でした。 私は将来僧侶になりたいと考えています。しかし本で得た知識しか私にはありません。なので、ぜひ私に色々とご教示下さると嬉しいです。 長々と自分語りが長く申し訳ありませんがよろしくお願い致します。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

自身の迷い

アドバイスを頂きたく投稿します。 また、自分の心を整理するためにも余計なことを記載するかもしれませんがご了承頂ければと思います。そのため文章が所々変かもしれません。 最近よく思うことがあります。 今勤めている会社を辞めて実家に帰ろうかどうかです。 会社自体に不満はたぶんありません。 心の中で嫌だなと思うことはありますが。 なぜ、実家に帰ろうかと思っているかというと、ひとえに「寂しい」からです。 30過ぎて寂しいというのは変かもしれませんが、寂しいのです。 仲間はいますが、友達はいません。 家で一人でいるとよくわかりませんが、不安になります。 すごく遅いですがホームシックなのかも知れません。 昔感じたことがあり、自分が一番辛い時に頼りになるのは親です。 今まさに辛いのかもしれません。 また、親と一緒にいることで、自分が親孝行をしていると錯覚したいのかもしれません。 要は自分が可愛いだけなのでは、と思われても仕方がないです。 どんなアドバイスが欲しいのか具体的に書けなくてごめんなさい。 自分がどのようなアドバイスを頂きたいのかも分からないのです。 会社を辞めて実家に帰れと言われたいのか、会社を辞めるなんてもったいない、安定して給料をもらう方がいいに決まってると言われたいのか、私自身わからない状態です。 帰って何をするかと言われたら、自営業の実家を手伝いたいと思っています。 実家は父が経営しており、小さな事業所です。社員は数名です。 お店は需要があり、人手が足りないらしく父と弟はろくに休みを取ってい状態です。 そういう状態を聞くとなんだか手伝いたいと思う部分もあります。 私が仕事で培った技術をどうにかして役に立てれるのではないかと考えてしまいます。 私自身、工場勤務で夜勤もしたことあるし、保全の仕事もしました。今は工場の技術的に改善を検討してる立場です。

有り難し有り難し 1
回答数回答 1

地元に戻ってよかったのだろうか・・・

東京で一週間くらいしか続かなかったバイトを何度かした後、とある企業に面接に伺った際に この経歴じゃ内では採用出来ないと言われました。新卒で働いていない事も指摘され 優秀な人ならいいとこに入れるけどもそうでない人はどんどんレベルの低い企業に行くんだよな と、話しはじめた社長 遠回しに私のことを言っていることがわかりました。 社長はさいごに頭の病気直してからじゃないときびいしと落としましたが、本当は能力がないから落としたんです その場で落とされた時に何かが切れて地元に戻ろうと思いました。 寂れた田舎ではなく都会に行けば何か変わるんじゃないかと思っていましたが、都会でもやっていけませんでした。 家賃を払ってくれた親が限界だと言っていたこともあり 帰ろうと決めました。 自分の能力の無さを実感し絶望しております。 地元に戻ったら戻ったで本当にこれでよかったのか悩みはじめました、いつもこうです私は。 時給低いし仕事も無いし出会いも無い しかし出て行く力も無い もう23になりました、またお金貯めて都会に仕事しに行くといっても年齢の壁があります、 人生詰んだかもしれません。 帰ろうと思った理由に結局自分は努力出来ない事を知ったからです、親の援助に甘えたゴミです。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

限られた人生の中で何をするのが1番良いのか

こんにちは。高校2年生です。 私の質問は、タイトルの通りです。ひねくれた質問なので、後まわしでもかまいません。 以下は補足の文章です。長文です。 私はいま高校2年生です。私の所属するクラスは「選抜クラス」というクラスで、高校1年生のとき、つまり去年 成績やリーダーシップに秀でていた生徒が選ばれて作られる特別クラスです。 だから、周りの子は皆真面目な努力家で、毎日勉強ばかりしています。それを追うように私も勉強ばかりしています。正確に言えば「していた」なんですけど。 毎日まいにちまいにち、学校で死ぬ気で授業受けて、電車に揺られて家に着いて、予習復習して、気絶同然の眠りに落ちて、朝疲れきったまま起きて学校、の繰り返しの生活でした。今はこの生活に疲れきってだらけきっています。でも勉強しなきゃという圧に神経がすり減らされる一方です。本当に勉強ばっかり。 趣味や遊びとは切り離された生活です。 こんな勉強ばっかのくそ真面目な人生でいいんか?と、いつも悩んでいます。 勉強して人生良くなるとは限らないし、 絵を描いたりアニメを見たり、自分の好きなことに時間を使った方がより豊かな人生になるんじゃないか?っていつも考えてます。 勉強と趣味と、バランスよく両立していけば良いって話ですよね。私もそう思ったんですけど、進学校の選抜クラスでは勉強についていくだけで精一杯です。成績をとるか趣味をとるか、どちらかしかとれそうにありません。 私は1度しかない人生を後悔したくないんです。有意義に使いたいんです。でも何をすれば1番豊かな人生になるのか分かりません。 人について、人生について、お坊さんの考えをうかがいたいです。 限りある高校生活、そして人生を、どう使うことが正解だと思いますか? よろしくお願いします。

有り難し有り難し 25
回答数回答 2

これからの人生について

初めまして 38歳の会社員です。 先日、通勤途中に事故を起こしてしまいました。 自分に過失があり、さらに自動車保険にも入っていませんでした。 被害者は自分と同じ病院に救急搬送されたのですが、怖くて会いに行くことが出来ませんでした。 今回のことで家族からあきられ、2度と信用しないと告げられ、妻にも今後逆らうなと言われました。 もちろん全て私の責任ですので自分自信で償っていこうと思います。 今後は見た目など気にせず自分のことは二の次にし、家族に対して精一杯の贖罪をする心構えなのですが。 不安があります。 今後2度と家族に対して逆らうことなく、一歩引いた立ち位置で自分の趣味も諦め、歩んでいくことにたいして自信がありません。 正直、死のうかとも思いました。 ですが、二人の子供に対して余りにも無責任ですし、妻に対しても申し訳ない思いでいっぱいになり踏み止まりました。 ただ今後の自分に自信がないのです。 今までと同じ生活が出来るとは思っていませんが、自分の人格すら変えて歩んでいけるのか分かりません。 自分の人生ですが、この先不安でしょうがありません。 どうしたら家族に寄り添い自分の心を殺しながら生活していけるのかアドバイスを頂けますでしょうか。 宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 29
回答数回答 1

これからの人生について。

初めまして。 私はアルバイトで働き一人暮らしをする女性です。 三年前、母を亡くしました。 私の家庭は母子家庭であり、私と弟と母の三人家族。 母を亡くし、親戚から見放された私と弟の元にとある人物がやってきました。 その人物とは、十年前に母と離婚した父です。 「まだ我が子への愛情は消えていないんだ」そういった理由で、私と弟の親になる事を申し出ました。 私たち二人の事で困っていた親戚達は、喜んでその申し出を受け入れました。 私は抵抗しました。 父が住むのは、福岡。 私が育った長野からは遠すぎます。 それに、高校三年生だった私は次への進路が決まっていました。 夜な夜な大人達に囲まれ、「福岡へ行け」と説得させられる日々。 頭がおかしくなりかけましたが、通っていた高校の先生の手助けもあり、なんとか長野に残ることが出来ました。 長野に残れた事は嬉しかった。 弟は福岡で過ごすことになりました。 しかし、そんな喜びもつかの間。 私は学校で人間関係に苦しみ、ついには体を壊して、退学します。 新たな実家となった福岡へいくこととなりました。 期待を抱いていました。 また、家族の暖かさに触れられるかもしれない。 「家族」という物を欲しがっていました。 しかし、福岡での生活は私にとって「家族の暖かさ」とはかけ離れていた。 父は、暴力・お酒・悪口の酷い人でした。本人いわく教育のためだとか、伝えたい事があるからとか、そんな理由。 私に向かって、母への悪口も平気でいう男でした。 悩み苦しみ、やがて激しいめまいに襲われるようになった私は、仕事が出来なくなりました。 そんな中で背中を押してくれたアルバイト先の店長。父から逃げ出す方法を教えてくれた精神科の先生。 長野に住む親友は、一人暮らしをしている部屋で一緒に住もうと申し出てくれました。 彼らのおかげで私は、家族を捨てる覚悟を決めました。 荷物を送ったあと、身一つで長野に転がり込みました。 激怒した父は私との縁を切り、私もそれを望んでいたので承諾しました。 親友の部屋を借りながらアルバイトして、やっと始めた一人暮らし。 これからは好きな事をして生きよう! そんな時、とても悩みました。 何を考えても「現実味のあること」 しか浮かびません。 現実の悲惨さしか見えなかったから。 どうすれば、自分のしたい事を楽しめるようになりますか?

有り難し有り難し 21
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る