許したい心と許せない心の葛藤
昨年、実父を亡くしました。
私は父にとって一人しかいない実子です。
私の両親は、15年ほど前に離婚しました。
父は昔から浮気癖があり、何度か離婚の危機もあったようですが、私が結婚するまで婚姻関係にありました。
ついに我慢の限界で離婚しましたが、父はその数日後に以前から関係のあった女性と婚姻してしまいました。
おまけに、その女性の連れ子とも養子縁組をしたのです。
そのことを知ったのは、父の再婚後数年経ってからでした。
離婚後も、私が帰省したときなどには3人で食事をしたりもしていました。
私はもっと連絡を取りたかったのですが、父の新しい家族に遠慮してしまったのもあり、普段は年に数回の電話やメールで近況を知るだけになりました。
数年前より、父の体調が優れないとのことで、入退院を繰り返している旨の連絡がありました。
そして去年の夏に、父の再婚相手から初めて電話があり、父の容態がかなり悪いことを知らされました。
それから父が亡くなるまで、父の嫁と連絡を取り合うようになり、最期を看取ることもできました。
再婚後間もなく体調をくずしがちになり、ずっと父に寄り添っていてくれた父の嫁には感謝していますが、
母とまだ婚姻中だった頃に無言電話を何度もかけてきたこと
単身赴任中の父の部屋に自分の下着や写真などを目につくところに置いていたこと
など、母へ離婚を迫るような行為があったことなどから、わたしはどうしても許すことができません。
父の嫁は父の預金など全てを父の生存中に自分の名義に変えていたため、私には父の遺産がありませんでした。
養子の娘には実の父親がいて、時折交流しているとも聞いています。
私にはたった一人の父がもうこの世にはいないのに、と思うと更に悔しくなります。
納骨後、父の嫁から一度連絡がありましたが、今までの怒りをぶつけてしまい、絶縁状態です。
今年は初盆ですし、その少しあとに一周忌です。
このまま父の供養ができないのは辛いですが、どうしても向こうの家族を許すことができないのです。
父のことも許すことができません。
心が狭いと自分を責める毎日です。
少しでも気持ちを楽にしたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
許せないなら「嫌い」でいい
先ず以て、お父様のご冥福をお祈り致します。
大変な思いをされましたね。
長く辛い時間を過ごされたことでしょう。
許せない気持ちは当然だと思います。
遺産のことなどもありますから余計に悔しいことでしょう。
それでもあなたは、お父様のしたこととして、あちらの家族を許そうと思っておられる。
そう思うことは、大変立派でとても大切なことだとは思います。
ですが、今それよりも問題なのは、あなたの気持ちがいつまでも苦しいままだということです。
許せないことをされて、本当は許せないのに許そうと思うから苦しいのでしょう?
恨む心を持ちながら、恨まないようにしようと思うから、余計に悔しくなるのです。
だったら「許す許さない」「恨む恨まない」を一度横に置いておいて、
お父様やあちらの家族を、それぞれ「好きか嫌いか」で考えてみて下さい。
好きになれないものに好きとは言えないはずです。
嫌いなものは好きになれないのですから嫌いのままでいいのです。
あんな事をする人たちは嫌い。
嫌いだけど仕方なく対応する。
でも嫌い。好きにはなれない。
そんな感じで考えると少し違って感じられませんか?
恨むや憎む、許さないといった激しい感情は、人を誤った方向に誘い込もうとします。
でも、好き嫌いで考えるなら、そうそう道を踏み外すことはありません。
お父様のことがもし好きならば「好きだけど許せない」ではなく「許せないけど好き」
あちらの家族は「許せなくて憎い」ではなく「許せないことをしたから嫌い」
そんな風に考えてみられたら気持ち的に楽ではありませんか?
お父様のご供養が気になるなら、「あなたたちは嫌いだけど、娘として父の供養だけはさせてもらう」そんな感じで考えてみては如何でしょうか?
それよりもあなたが、お父様やあちらの家族のことで頭を悩ませて、足を止めてしまうのは、あなたにとってマイナスでしかありません。
許せないものは許せないものとして今は置いておいて、あなたが早く次に進むことの方が大切だと思います。
これから長い年月を経ていく中で、もしかしたらどこかで、お父様やあちらの家族を、許せないまでも少しは理解出来る時が来るかもしれません。
その時また、許すかどうかを考えたらいい。
それまでは、嫌いなものは嫌い。
好きになれないものは好きになれない。
それで良いと思いますよ。
自分自身に正直に
読ませていただき、あなたはやさしい人だなぁ、と思いました。普通はそんなふうには思えません。遺産等についても不条理なところがありまが、父上やその奥さんそれほど責めておられるようにも思えません。この点から拝察してもあなたは立派な方なのでしょう。
そんなあなただから、もっと怒りを露わにし憎悪で一杯になるはずなのに「許したい心」をお持ちになるのでしょう。私にはとてもできないことです。十分すばらしいあなたは、ですからこれ以上によい人になる必要はありません。自分の気持ちに正直であってよいと思います。ことにお父上の奥さんに対して、憎んでも誰も咎める人も裁く人もいません。しかし、他人といえば他人なのだから、関係ない人なのかもしれませんね。
問題は父上に対してです。実の親なのですから、憎みたくはないですよね。いいお父さんだったという記憶と一緒に暮らしたいですよね。これも、無理に自分を納得させようとしたいところですが、不可能だと思います。ただ、ときが解決してくれるというか、いつかふと心から許せる時期がきて、そのときはじめて「いいお父さんだった」と思えるようになると思います。そのときまでは自分に正直に、憎いなら憎いと思い、無理に自分を納得させないようにしたほうがよいと思います。そのほうが早く許せるときが訪れると思います。
あなたの父親であることには変わりない
あなたのそのお気持ち、許そうとしている心が素晴らしいですね。
だからこそ、矛盾が生じ苦しむのでしょう。
ひとつ間違えなく言えることは、あなたが存在しているその陰にはそのお父様とあなたのお母様の間にあなたが生まれたということです。
感謝しろなんて言いません。ただそれは事実。あなたのDNAの中にはお父様もお母様もおじいちゃんもおばあちゃんもそのまたおじいちゃんもおばあちゃんも・・・・みんなあって存在し、ご先祖様はある意味あなたと共に生きているわけです。
あなたは自分を大切にし、しっかり生きていくことが、何よりも供養になるでしょう。思い出の中ではあなたはお父さん継母のことは許せないでしょうが、今いる現実、もうお父様の生命は絶たれました。もう会うこともありません。許すも許さないももういないのですから、そこで悩む必要もないのです。
あなたはしっかり自分を生き、気もちがお父様に向いたときにお墓参りにでも行けばいいのではないでしょうか。
質問者からのお礼
私には勿体ないほどの言葉の数々、ありがとうございます。
ゆっくりと、いただいたお言葉のひとつひとつを噛みしめているところです。
正直、まだ怒りの気持ちが大きく、ふとした瞬間に悔し涙がこぼれそうになります。
ですが、時が経って今と状況も変われば、気持ちも変わるかもしれないですね。
他にも悩みは尽きないので…
本当にありがとうございました。
この世に生を授けてくれた、父への感謝は忘れないようにしたいと思います。