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不幸続きの家から安全に引っ越す方法

私は実家で一人暮らしをしているのですが、両親と愛犬は3年前から県外の祖父母宅に住んでいます。
半年前のことです。私は祖父母宅付近でイベントがあり、その帰りに愛犬を実家に連れて帰り一緒に暮らす予定でした。
そしてイベント当日愛犬は泡を吹いて急死しました。
愛犬は祖父母宅に行くまでは我儘し放題の甘えん坊でした。祖父母宅へ住みはじめてからはみるみると足腰が弱くなり、生気もなくなっていました。ですが歩くこともでき、ご飯を自分で食べることもでき、まさかという感じでした。
今年に入り3連休がとれ、半年振りに祖父母宅へ行こうとしたら、インフルになり行けれなくなりました。
その次の月、両親が私の住んでいる家に3日間帰ろうとしたら両親がノロウイルスになりいけれませんでした。
わたしはおかしいと思いました。
こんなに都合よくなるものなのかと。。
よく考えたらあの家は不幸続きだと気がつきました。
私のお父さんが3歳の時、お父さんのお父さんが自殺しました。
そして昔祖父母宅で飼っていた犬は苦しそうに暴れながら死に、次に飼った鶏はヘビに食べられて死んだそうです。

祖父母達はよくヒステリックを起こし、外まで聞こえるぐらい喧嘩をしています。
そのこともあり、仕事が落ち着いたら母だけ先に私が住んでいる実家に帰ってくる予定です。
でも私は母が無事に帰ってこれるのか不安です。
母が無事に帰ってこれる方法を教えてください。
そしてこの不幸続きの家を浄化する方法も教えてほしいです。

長く読みづらい文を最後まで読んで頂き有難うございましたm(__)m

運命・見えない力
有り難し 22
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

脳内不幸・不運チェイサー機能、OFF!

不幸も不運も本質はただのそういう出来事です。
ただの出来事に不幸性を過剰に見出そうとすると不幸感が増します。
過ぎた事をいつまでも不幸だと感じるのは不幸感であって、今は不幸ではないのです。近所に焼鳥屋さんができましたが「皿に載せられた焼き鳥」という出来事も人間にとっては、ごちそうさま。お店にとっては売上向上、おかげさま。ニワトリ親子にとってはサイコホラー、ご愁傷さま。🐓👼出来事は、どんな不運な出来事であっても、まず、冷静に見るためにも、自分の感情や想念を添えずに眺めてみましょう。
今日一日を振り返り、不幸・不運は何があったかという目線で探してみましょう。
一日がダーク&ブラックになります。
今日一日を振り返り、楽しいこと、幸福、学び、恵み、授かりは何があったかという目線で捜してみましょう。
一日が喜ばしい、有り難い一日になります。
あなたの頭の中にはたまたま続いたご不幸のせいで、不信・不安なこころを中心に物事を眺める癖がついてしまっていると思います。まずは、その自覚からです。
人間、防衛反応で「二度と会いたくないこと」に対しては警戒のあまり、過剰に不幸に反応してしまうことがあるものです。まずは自分が不幸ばかりに敏感になっている事を自覚して、どんな物もラベル無しの無選別に頂く習慣をつけましょう。
「わたしは不幸だった」ではないのです。
「わたしはあの出来事を不運・不幸とみなした」自分がいたのです。
この寸分のズレがあるだけでも人生は暗く悲しいものになります。
・どうしても仕方のないことに出会った
・たまたま災難に遭遇した
・願いや求めとはまるで違う出来事に出会った
という、自分の好き嫌いを除いた、まっさらな状態として頂いてはいかがでしょうか。
そこにそれを不幸、不運とみなす自分がなくなれば、それはただの、そういう出来事であったと冷静に捉えることが出来て、さらに、自身の不幸・不運思考を無くすことが出来ます。
ウチもニワトリがハクビシンとタヌキとアライグマ、ヒヨコが蛇、ネコに食べられちまったですわい。
\ゴチソウサマデシタ/ 
ウマカッタ🐍アリガトウ🐈ゴメンネ
全く持ってこの世の中というもんは人間の考え方とは全く無縁な世界なのです。
自己の不幸センサーを無くしていきましょう。
昨日は昨日、今は今。過去の不幸に今も不幸感を引きずれば今を見失う。

全ては「物事の受け止め方」によります。

 『不幸続きの家』…とおっしゃいますが、人によっては「そのくらいのことで…ウチなんてもっと悲惨なことになってるよ」とおっしゃるかも知れません。
 私は浄土真宗の僧侶ですので、何かを「浄化」する能力を持ち合わせておりません。もちろん、そういったお力をお持ちのお方(…ただそのことを客観的に証明する方法は無いので、その方のおっしゃることをあなたが信じるかどうか、だけなのですが)、何らかの祈祷をしてもらうことは可能だと思います。
 多分、そのことで安心が出来ると思います。
 問題はその後です…しばらくして(2週間後、あるいは3年後に)、思いもよらぬ不幸が起きたらどう感じますか。
 もう、お祓いをしてもらったのだから、気にする必要は無いんだとそのまま受け止めることが出来る自信があれば、お祖父様お祖母様のお家のお祓いを依頼して下さい。
 「いや、お祓いの力が足りてない、インチキ霊媒師だったんだ…」とお感じになるようでしたら、此の度お祓いを依頼したところで全く意味はありません。
 お祓いや祈祷はこの後も決して無くならないでしょう。「気休めでもよいから」安心が欲しいのが人間だからです。
 でも、「根拠のないままの安心は、いつか、いや、すぐに根拠のない不安に変わってしまう」のです。それこそが人間の弱さです。
 今回の一連の出来事を「何かに取り憑かれたお祖父様お祖母様の家」のせいにしたところで、これからもあなたやあなたの周囲に不幸や災いは付きまといます。なぜってそれが生きるということだからです。僧侶の私も同じような環境・状態で生きているのです…同じ人間ですから。
 どうか、此の度の不幸をお家のせいにしないで下さい。幸と不幸は交互にやってくるとも言います。
 幸せだけの人生はありません。また幸せだけの人生はその本人には幸せとは感じられないのです。幸福は不幸との落差ですから…。
 どうか、悲しみは悲しみとしてしっかり受け止めて下さい。そうして初めて幸せを幸せと喜べる人生が始まります。


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