実母と絶縁したい
結婚して一年以上たちました。東京から栃木に来ていろいろありましたが、それなりに幸せに暮らしています。
事の発端は去年私が出産し手伝いに来た時から始まりました。手伝いに来た事を知った義母か団地に来たのですが、実母と話をしていて、突然何を思ったのか「娘を結婚させなければよかった、バツイチと結婚して親戚中の笑いものだ!」とか「今、旦那(私の)が死んだら、ここでは生活できないでしょうね」など言い出しました。
旦那も義母も凍りつく発見でそれ依頼関係が崩れてしまいました。何度か私と旦那と実母と話しましたが、発見に対して詫びる事はなく、こちらも縁を切りたいと話しましたが理由をつけて被害者ぶった手紙を送ってきました。
旦那ももう連絡はいらない。関わりたくない。といってます。決定的だったのは今年2月に亡くなった私の祖母のお葬式等の連絡がなかったのでお線香のひとつもあげられなかったことです。
旦那はお坊さんです。こんな屈辱はありません。
今回孫の誕生日と言う事でお祝いを送ってきましたが、今まで何もしてくれなかったのに今更ですし、受けとりたくありません。旦那も送り返せ!といってます。
実母からの手紙も被害者ぶった内容で頭がお花畑状態でした。
ましてやこのお盆の最中に、赤のしを送ってきた事事態非常識だと思います。
まぁ、私を産んで育ててくれたことは感謝してますが、娘を離婚に追いやろう!わたしのてもとにもどしたい!そんな感じはかえって迷惑です。今後も悩むくらいなら縁を切りたいです。
孫の事は一切考えてないし、電話でも爺、ばあの権利は放棄するといってました。
娘は羽子板もお雛様も買ってもらえてません。
最近は義実家に年賀状もお中元もお歳暮もありません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分だけが正しい症候群
あなたを支配しているのは、あなた自身。('◇')ゞ
あなたは自分だけが正しいのですか?
相手がどうの高の言う前に、ご自分の過去の質問5つをご自分で全部読み返してみてください。共通していることがあります。
全て自分以外の人たちの批判です。愚痴、文句、悪口なんぞは可愛いものです。
ですが、それらは自分を損ねる生き方と言わざるを得ませんナ。
自分の不満ばかりを話している、相手ばかり変えようとしている、という自覚はありますか?今までそうやってきて本当に幸せになれましたでしょうか?('◇')ゞ
自分が向上しようという気持ちがまるで感じられません。
幸せになるためには、幸せになる方法というものがちゃんとあるのです。
毎回申し上げますが、問題は相手ではありません。
相手を問題にする、自分なのです。
(^<^)あなたには「受け止め」が感じられません。
一方的な投げかけで終わっています。
逆に私からの質問ですが、このようにご助言申し上げてもあなたは少しでも受け止めようとする気持ちはありますか?自分に同調してくれない気に入らない答えはスルー、でしょうか?
だとすると、それだけ自分のことしか頭にない状態なのです。
いつも自分自分自分のことばかり。
あなたがお母さんと決別したいならば、本当はそこを断ち切ることではないでしょうか?
母親と空間的に別々になって絶縁したところで、あなたがお母さんと同じく自分の主観しかないような生き方であっては、あなた自身が救われません。
厳しいようですが、そろそろ、ご自分の主観、自分を中心としたものの見方、わたしが、わたしが、という思い向き合ってみてはいかがでしょうか?(^<^)
問い続けてみたから
こんにちは。このところ、問いかけを連発されていますね。恐らく、今まで他に吐き出せるところがなかったのでしょう。そして、多くの反応があったこと、良かったですね。
さて、恐らくお気づきと思うのですが、あなたの物の考え方の根本は、お母様・お父様など、小さな頃に周りにいた大人から受け継いだものでしょう。それは万人共通の現象で、もちろん私自身も両親・祖父母から多大な影響を受けています。
それ自体は癖とか傾向であって、良くも悪くもありません。あなたが育っていく為に、そのような生き様が必要だったから身に付けたものでしょう。
嫌も応もなく、あなたは「相手構わず当人にでさえ、自分の愚痴を垂れ流す母・関係がこじれても自分は被害者意識しかできない、頭がお花畑の母」の娘なのです。自分が当然、そんな傾向があるとは用心しなければなりませんよ。
少なくとも今、あなたは、「こういう事をすると、産んで育てた娘からさえ、絶縁をいいわたされる」ということを知っている訳です。ゆめゆめ、あなたご自身が同じ轍を踏まないことです。
いずれにせよ、ここに到達したのは、あなたが「hasunoha」を信頼され、いろんな問いをしてこられたからだと思います。勇気の要ることだと思いますが、「問い続けた」ことに大きな意味があると思います。どうぞこれからも、本音で語って下さい。
お婆さんの亡くなったとき、お線香をあげられなかったのは残念なことと思いますが、私であれば屈辱とは感じません。西を向いてお念仏できれば、根本的には満足ですから。ご主人は「屈辱だ」と話されていましたか?それともあなたの「解釈」・ストーリーですか?
質問者からのお礼
皆さん、ありがとうございました。
特に実家に対しては…不満でいっぱいです。
母なりにいろいろあるとは思います。だからと言って母の思い通りに世の中動かないんですよね。
子供ころから束縛がひどくて、悩んで仏教の教えを聞きに行く時でさえ、洗脳される!など言われました。
旦那や義両親が嫌いでも、世間一般的な付き合いだけはして欲しかったです。
旦那は、おばあさんのお葬式等に連絡もなく、実際お別れもさせてもらえなかった事が決定的で二度と私の実家とは付き合いたくない。と言ってます。
連絡があれば衣を着て、宗派は違えど唱えられるお経もあるから唱えるとまで言ってくれる優しい人なんです。
それを踏みにじった事が私としても許せないと思います。