hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

愛とは

回答数回答 1
有り難し有り難し 17

なんでしょうか。
思い込みでも押しつけでもなく独りよがりでない愛を知りたいです。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

愛は実践

愛とは論じるものでなく、実践するものでしょう。

愛とは何か知りたいのなら、知識を得ようとするのでなく、実際にその対象を愛そう愛そうと努力してみることだと思います。

しかしながら、愛とは何か仏教では一般的には渇愛と言い、好ましくないものになります。対象に執着し、我がものにしようと貪る心です。

しかし、たとえ入り口が渇愛であれ、その愛から逃げないで愛の実践を続けるならばやがて渇愛は破れます。

なぜなら愛の対象が私のものになることなどありえない事をまざまざと知らされるからです。

その時に単に愛という名の執着が終わっていくのか、より広い愛(信愛・慈悲・アガペーなどと称されるもの)に目覚めていくのかが私たちは問われているのです。

対象を私のものにしようとするのでなく、対象を対象をしてそのまま認め、そのまま愛する。

~してくれるから、とか
私を愛してくれるから、とか

ではなく、それをそのまま、ありのまま、愛する…

果たして私にそんな愛が起こり得るのか…あまり深く探ると絶望の境地が待っていそうなのでやめますが、とにかく愛は実践です。

愛そうとし、愛が破れ、より深い愛が開け、それでも愛せず、愛に問われる…

愛とは私の中にあるものでなく、私の外側から私にはたらきかけ、私に実践を問うものではないでしょうか。

以前に類似の回答をしたものもあったので貼っておきます
http://hasunoha.jp/questions/15634

{{count}}
有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます、厳しいお言葉にも感じました。
いつでも愛を与えられているような気がするのに受け取れず苦しいです。
愛の実践。自分からなにか出来るように愛を体感したいです。
リンク先の回答も併せて考えてみます。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ