お坊さんからの回答 6件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
何がそうさせるのか、あなたの奥にある心を見ていきませんか。
今までの質問やプロフィールも読ませてもらいました。
過去の行動が、今でも引っかかり、悩まれているのでしょうか。
本能や欲求は、無意識に、自然に湧き起こるものでもありますから、起こった想い(欲)を無かったことにするのは難しいですよね。
ただ、それがあなたを苦しめているのであれば、なぜ欲するのか、何があなたをそうさせるのか、あなたの奥にある心を見ていきませんか。
個別相談では、質問内容は公開されませんから安心ですよ。何かあれば、またゆっくり、そして一緒に、向き合ってみませんか。
本能や欲求に抗うことは可能
本能や欲求を無にすることはできませんが、抗うことは可能です。
お釈迦様は「心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。英知ある人はこれを直くする。──弓師が矢の弦を直くするように」「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するままにおもむく。その心をおさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす」と語り、本能や欲求に過度に従おうとする心を制御するよう説いています。
それでは、そうした心を制御するにはどうしたらよいか。
この世は常に変化しており(諸行無常)、実体のあるものはない(諸法無我)ことを理解すれば、物事への執着はなくなり、本能や欲求に心をかき乱されることもないでしょう。
理解できなくても、それが真理であると信じ、理解しようと努めるだけでも、状況は劇的に変わるでしょう。
ところで、詳しい事情はわかりませんが、あなたは本能や欲求の赴くまま、他人に言えないような行為を繰り返されているようです(もし間違っていたら、ご容赦ください)。
もしあなたが、それが間違った行為であると気付いているのなら、ただちにやめて二度と繰り返さないことです。
そして、過去の間違った行為を償い、これからは人のため、世の中のために尽くすことを誓ってください。
厳しい言葉ですが、それ以外に心の平安を得る方法はありません。
少欲知足
ご質問ありがとうございます。
私のような凡人には不可能です。
本能も欲も生きていくためには必要なものです。
ただ、欲が悪いのではなく、欲を貪ることが悪いのです。
欲が苦しみを生むのではなく、貪りが苦しみを生むのです。
貪りとは必要以上に取ることです。
少欲知足というお釈迦様の教えがあります。
少しの欲で満足するということです。
本能も欲も少し満たされるだけで満足して欲しいです。
そうすれば苦しみも少ない人生を送れると思います。
「戒」してはいけない道理を正しく弁えて制するブレーキの功徳
仏教の戒はブレーキの功徳。
良い動きも悪い動きも止める、ストップさせる力です。
自転車にも車にも電車にもそれはあります。
人間にもそれはあります。
歩く際にも、何かをする際にも、その動きを制御する力が人間にはあります。
欲も制御する力、ストップさせる力はちゃんと出せます。
正しく制動する力を用いることはできるはずです。
意思のブレーキだけでは、欲の収まりがつかないからこそ、人間世界には様々な抑止力となるものがあります。
監視、人の目、ルール、法律、罰、恥、他を思いやる心、協調性、平和の精神、権利、尊厳、人権、戒律…、こういったものも自己の内に取り入れて自分や他の存在を尊ぶことも大切です。
何よりも自身の理性というものがあるはずです。
人間は闘牛やシャモじゃありませんから🐔自制心で抑えることができます。
それでも気性の荒い人は感情的になって暴走すると大変なことになります。
学校のクラスの中で、ちょっと迷惑な子がいると誰かに負担がかかります。
でも学べばそれも改善します。
人間の世界は自他共に命の尊厳やルールを尊重して、きちんと心を統治・統率することが大切です。個人でも国家でも同じです。
近隣国の現実。
人身売買が平気で行われている中国、インド、ネパール、ミャンマー、人間の欲望が優位に立っているために人の道を踏み外すような残虐非道な行為が行われています。それは国家レベルにおいて人道主義がきちんと優位に立って政治が行われていないからこそ残酷な欲が人を地獄に落とします。
このまま、そのような残虐非道な行為を「欲だからいいのか?」と問い制御するチカラこそが宗教心、仏教精神です。それが人間性の向上精神になる。
人間には欲がありますから、食欲、性欲、睡眠欲、金銭欲、名誉欲、生存欲求、他者の幸せを願う欲求、聖なる欲求、さまざまな欲があります。
ですが欲はエネルギーなのです。
無くすことはできなくても欲に主導権を持たせず、欲に振り回されないようにこの自己を危険な心理に向かわせないようにすることが結果的に無にすることになるわけです。
欲は欲がいけないのではなく、自他を傷つける行為が悪いのです。その欲が暴走爆走しはじめる着火のきっかけを制すればよいのです。
用い方を誤るから傷つく人が出てくる。
用い方を正しくして、皆が喜ぶ形に善導するのが人の優れた力、正しい人間性、菩提心です。
問いの抽象度
こんにちは。この短文での問いかけには、何か「具体的なことを書きたくない」という願いが表れているように感じます。
起きている事(具体的)を「こういう事」と言い換え、「それって更にはこういう事」と、どんどんまとめた言い方をしていくと、抽象的な問いになっていきます。あなたの問いは、これがかなり高い状態。
なので、それに対する答えも、どんどん抽象的、一般的なものになっていきます。
今回であれば「本能と欲求を一緒くた」ですが、そうすると「眠くなったら寝る」と「総理大臣になりたい」をどう扱ったらいいのか?という問いになってしまいます。
もしも「いつもお金に執着してしまい、貯金はあるがそれを人生に活かせていない」という問いならば、答えようはあります。
「喉が渇くと水が飲みたくなる。それを抑えたい」という質問ではないだろうと思うものの、あなたを悩ませている「本能」あるいは「欲求」が何なのか分からない限り、抗うも無くすも答えようがないのです。
なので、とりあえずの答えとしては「本能や欲求の中には、少し抗えるものもあります」というものですが、それを聞いてあなたの苦が解消されるとも思いません。
せめて私たちを「ちゃんと聞こうとしてくれている」と感じてくださるなら、「お坊さん限定公開」でも構いませんから、具体的な問いをおこしてみませんか?
涅槃寂静
拝読させて頂きました。
ご質問頂きありがとうございます。
生きている限り本能や欲を無くすことは極めて難しいです。仏様でなければ無くすことはできません。
智慧を知り真理を信じてあるがままを受け入れていくことができれば無くすことができるでしょう、つまり自分が仏となることです。
それが仏道修行です。
仏様を信じて仏の道を歩んでいくことで欲を減らしていくことができるのではないでしょうか。
一心に念仏をとなえたり、座禅を組んで心を安らかに集中している中で、フッと様々な欲が消えていく瞬間というか刹那刹那は体感できると思います。
またその後欲は湧き上がってきますけれどね。それでも少しずつ減らしたりコントロールすることは可能なのではないかと思います。
あなたがこれからの未来をあるがままを受け入れながら健やかに安らかに生きることできますように切に仏様にお祈りさせて頂きます。至心合掌
質問者からのお礼
回答ありがとうございました
ちゃんと話さないと伝わらない事もあるので、次の質問でちゃんと話します
色んな見方を教えてくださり、ありがとうございました🙂↕️



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
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◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )