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関係の切り方

回答数回答 1
有り難し有り難し 9

その人(以下Aとします)は私の友達の友達でした。優しくておもしろくて、すぐに仲良くなりました。

ある時、Aは運動部のマネージャーになり、私も元々マネージャーになりたかったので、いいチャンスと思い、Aと同じ部活に入部しました。

しかし、部活会うAは全く違うAでした。ボールを走り回って集める仕事や、

遠くまで飛んだボールを拾いに行かなきゃいけない仕事は全て私にさせ、Aは楽な仕事しかしませんでした。

私だって頑張って走ってるのに、「もっと早くして」「ボールなくなる」と、Aにとても強い口調で言われました。 

さらに入部したばかりで誰とも仲良くなれずにいる私を一人にして、自分ばかり部員と楽しそうにしてました(部活は女子です)

そういうことが毎日で、私は部活をやめました。しばらくしてAもやめたそうです。

それからどういうわけかAは「一緒に帰ろう」とか「ご飯行こう」とか誘ってくるようになりました。

私は嫌だったけど、大人になろうと思い誘いに乗っても、その度に嫌な思い出しか残りません。

私はもう関わりたくないと思っていますが、関係を切った方がいいのか、どうすればいいのか悩んでいます。
回答よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

すべて理由をつけて断りましょう!

実際はどうなのか、
愚僧は当事者ではないので、判りません。
しかし、あなたがそういているのだから、
あなたにとっては、いい相手ではないのです。
嫌な相手と付き合う必要があるのか?
愚僧にはないと思います。
現世ではいやおうなしに、いろいろな人たちと、
付き合わなければならない時があります。
会社では上司や、取引先、お客様、
我慢しなければならない時があります。
せめてプライベートでは、
気に入った人とだけ付き合ったらよろしい。

仏教では、我慢は煩悩の一つです。
強い自我から起こす慢心のことをいうのです。
四慢(増上・卑下・我・邪)の1つで、
自分を高く見て他人を軽視する心をいいます。
一般には自分を抑えて、また耐えるという「忍耐」の意味で
用いられることが多くなりました。
もともとは「我意を張る」などという強情な自分、
そうした執着を我慢というのです。
あなたの場合は、
特に自己主張しているわけではありません。
単に煩わされたくない、
嫌な思いをしたくない、
ということだと思います。
人は楽しく、明るく生きるために、
幸せになるために生まれていたのです。

そうはいっても、敢えて
強い言葉で拒否する必要もないでしょう。
1回1回さりげなく、断ったらいいのです。
そのうち、声を掛けなくなりますよ。
 
どうかお幸せに!南無阿弥陀仏

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有り難し
おきもち

浄光寺の三浦康昭です。 くよくよと考えてもしかたがありません。明るく前向...
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質問者からのお礼

そうですよね!
唯一ストレスなくいれるプライベートくらい好きな人と好きなように過ごそうと思います。
ありがとうございました!

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