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サポート役になれない自分がくるしい

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有り難し有り難し 10

自分に余裕がないとき、大切なひとになぐさめてほしいけど、
自分のほうがつらいアピールされる

そのひとを癒してあげたいと思うけど、
私だって!と自我があばれて苦しい

今はお互いが、自分のほうが苦しいアピール合戦で
心がヒリヒリ痛い

与えてほしいと思うまえに、
自分が与えるひとになりたいと思う、
思うけど、くるしい。
自分のほうをさきに満たしたいって自分がうるさい

性格はお互い親分肌で勝気で似ているから、
わたしがサポート役にならないと成り立たない

勝気で自己中心的な自分を変えて、
自らも求めるような、やさしくサポート力のある人間に、女性になりたいと思う。

思ってるはずなんだけど、
とっさのひとことにイラっとしたり、つい主導権をにぎろうとする自分がじゃましてる

自分らしいって何だ?わからなくなってきた(+_+)

いまの弱い自分を否定して、
あたらしい自分になりたい

と思う気持ちと、

甘えたい、このままでいたいと思う弱い自分が戦っている


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたは決して〈弱い人間〉ではありません・・・。

〈あたえてほしいと思うまえに、 自分が与えるひとになりたいと思う〉・・・素晴らしい考えです。
しかし、「無理」をなさってはいけません。人にはそれぞれ「能力・限界」というものがあります。頑張り過ぎると、自滅してしまいます。
仏教では「他人のために親切にしてあげること」を❝利他行(りたぎょう)❞といって、一番大事な事だと教えます。但し、100%それが出来るのは「仏様だけ」だとも説きます。つまり、どんなに「他人のために尽くそう」と思っても、本音の部分では「自分のため」なのです。言い換えれば、腹の中では「良い人だと思われたい」「みんなから立派な人だと褒められたい」と言う《欲望》があるのです。それが普通の人の心です。それを恥ずかしく思う必要はありません。
そのことを《自覚》して、できる範囲で〈サポート役〉になって下さい。
とにかく仏教では、あまり無理しないで気楽に考えて「ほどほど」にすれば、それで十分なのです。そのことを❝中道❞の精神とも言います。
繰り返しますが〈自分を弱い人間と否定〉してはいけません。仏様は「元々人間は弱いもの」と❝慈しみの眼差し(=大慈悲心)❞で見守って下さっています・・・。合掌 南旡阿弥陀仏

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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

常福寺
大塚 芳明 様

ご回答ありがとうございます。
私のちっぽけな問いを、読んでくださったと思うだけでうれしいのに
まさかお坊さんからお返事が来ると思っていませんでした。
本当にありがとうございます。

「中道の精神」“あまり無理しないで気楽に考えて「ほどほど」にすれば、それで十分”
というお言葉、とても心に響きました。

私は生来のなまけものなので、仕事もあそびもなんでも、ストイックに突き詰めなくては!!と常に自分に課して生きています。けれどその思いが、自分をくるしめたり、他人をくるしめていると今気が付きました。

もっといい人間になりたいと思うあまり、余裕のない人間にならないよう、
もっと気楽に、自分を他人を幸せにできる人間になりたいと思います。

ありがとうございました(*^_^*)

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