皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

死にたいが死にきれない。嘘で先延ばしをしてしまった。

年齢は50歳になります。
7年ほどうつ病を患って、治療をしています。
過去にはたくさん、人を裏切ってしまいました。

4月初旬まで自分の車で仕事をしていたのですが、車検を通すお金の工面に失敗してから、仕事ができなくなり、現在仕事を探しながら精神疾患の治療を続けています。
生活費がつらくて、携帯電話を止められたり、家賃た駐車場の料金を滞納している状況です。
(生活に関するお金のことは自力で解決する問題なので回答は不要です)

今は、精神的に参っていて、思考力が低下している状態です。
仕事は自分にできそうなものを探しています。
(著書を発行した経験あり、イラストレーターとして活動経験あり、古物商免許持ち、写真検定1級持ち)
ただし、今日明日の支払いに追われ、日払いの仕事を探さざるを得ない実情他あるため、じっくりと仕事を探している時間がありません、最低2か月無休で過ごさなければならないので。
職業はフリーライターです。

今、家賃の滞納をしていることで、どうにか解決策を探しているところです。
お恥ずかしい話ですが、大家さんには、17日に入金すると約束してしまいましたが、その時根拠を見せるように言われて、1週間後に入金がある(実際はあてがなかったのですが)と嘘をついてしまいました。
それが原因で苦しむのは自分が悪いのですが、家賃のために1週間動き回った反動が昨日と今日に現れたようで、起きなければいけない時間に起きられない状態になり、思うように動けませんでした。

お金の話は、自力乗り切ることと、公的機関もほかの相談でも言われているので、それは確かだと思いますので、これを書いている瞬間に方法を思いつくことはありません。相談窓口も使いつくした感があり、今は動きすぎても結果が出ないだろうという先のなさで動けずにいます。

過去を話せば、いろいろ間違いが出ると思いますが、ひとりで生活しているので、そんな状況で心が折れない言葉をいただけると嬉しいです。

ひとつお願いです。
この質問に回答が届くかもしれません。
その際に、疑問やお礼などのご返信をしたいのですが、長文になると思います。
その際にはよろしくお願いします。

学校・会社・働く
有り難し 14
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

あなたの思いは受けとめました

こんにちは。
色々とご苦労が重なってしまって、お辛い日々なのですね。
私には何も出来ることがないのですが、文章だけはしっかり読ませていただき、受けとめさせていただきました。

アドバイスはありませんが、ブッダの言葉を贈ります。

「感興の言葉 12章 道」より
『「一切の形成されたものは無常である」(諸行無常)と明らかな智慧をもって観るときに、人は苦しみから遠ざかり離れる、これこそ人が清らかになる道である』
『「一切の形成されたものは苦しみである」(一切皆苦)と明らかに知恵をもって観るときに、人は苦しみから遠ざかり離れる、これこそ人が清らかになる道である』
『「一切の形成されたものは空である」と明らかな智慧をもって観るときに人は苦しみから遠ざかり離れる、これこそ人が清らかになる道である』
『「一切の事物は我ならざるものである」(諸法無我)と明らかな智慧をもって観るときに、人は苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である』

また、何か思うところがありましたらこのサイトにぶちまけてください。

受け難き人の身を受けて

拝読させて頂きました。あなたが今精神的にも経済的にも追い込まれておられて、大変苦しい状況にいらっしゃることを読ませて頂きました。
あなたのそのお気持ちを心よりお察し申し上げます。
今すぐにその状況が変わることはなかなか難しいことではあります。が、しかしあなたも私も今生きており様様なつながりの中で生かされております。
様々な支援を受けたり助言を受けたりしながらも今私達は存在できております。
今日は曇りのせいかあまり星は見えませんが、空にはあまた無数の星があり私達のまばたきの間にも無数の存在や出来事が過ぎ去っていくのです。それを見ることのできる存在として今自分はいます。その無数の星星からすれば自分の存在なんて本当に小さな儚いものでしかありません。ですがそんな儚い者同士であってもあなたも私もコミュニケーションをとりながらここに存在できています。
法然上人やあまたの仏教宗派の祖師様は受け難き人の身を受けて、会い難き仏教の教えに巡り会えたことは喜びの中の喜びなりとお説きなさってくださっておられます。
今も昔も人が生きていくことの現実はとても厳しく苦しみ多いことかと思います。
それでもそれぞれ私達は生きる目的があり、私達が想像するよりはるかに超えて存在している価値があるのです。
私達はいつの日にか必ずその生命を全うする時が参ります。そしてお迎えが来るのです。誰しもいつなのかはわからないですが必ずそう与えられているのです。
それまでの間自分ができることをできる範囲で真摯に向き合いながら勤めていくことが大切かと思います。
どうかあなたが与えられた人生や生命をこれから一日一日大切になさりながら周りの方々と共に助け合い生きていかれますようにと心よりお祈りさせて頂きます。


質問者からの有り難し - お礼

早速のご回答ありがとうございます。
引用されていたブッダのことはは、もしかしたら般若心経からと思いましたが、いかがでしょうか?
今のところはたびたび用いられる「明らかな智慧」を持っていないかあるいは、その部分が鈍っている状態ではないかと思いました。
「明らかな智慧」はこれからでも養うことができるでしょうか?
それを心に持つ方法は、生活の中で学びたいと思っています。
お返事ありがとうございました。お言葉に甘えて、また、書かせていただく時が来ると思いますが、その節はよろしくお願いします。

今、自分の内面についていろいろ考えていたところです。

拙文を読んでいただき、さらに返答までいただきありがとうございます。
自分は、他人の評価を気にしないことを生き方の重要なひとつのポイントに据えています。
これは、他人に冷たく当たるのではなく、自分の行動は自分自身で決断し、その結果がほかの人に称賛される必要がないというものです。
今まで、人を裏切り、傷つけすぎました。
自分が喜びを与えた人はゼロとは思いませんが、ごくわずかで、悲しませた人のほうが圧倒的に多いような気がしています。
それでも、自分の存在によって何か良い影響を与えられるよう、自分自身を見直さなければなりません。
うつ病が回復に向かえば、自然にできることのような気がします。

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