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初めから何もなければよかった。回答受付中

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有り難し有り難し 1

そもそも生まれなければ、苦しみもありませんでした。苦しいから、乗り越えるために一生懸命生きて来ました。でも次々苦難があります。

差し当たり、作品を世に出さなければ、始めから波風が立つこともないのです。でも書かずには生きていられないくらい、毎日が苦しいのです。

いままでの経歴も、傷に薬を塗ってきただけです。光が強く見えるのであれば、それだけ影があったということだけの話です。

今作は特に疲れました。違約金を払ってでも、廃棄するべきかとまで考えます。

2026年2月6日 18:37
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

揺れますよね。

 こんばんは。前回のに…一月ほど前ですか、の質問や往信を思い出しました。
 あの時の心持ちも本物。そして、今の「そもそも生まれなければ云々」も本心なのでしょう。その揺れは、ご自身に誠心誠意向き合ってきた、その感受性が高いことによると思います。
 前回、「ここで回答することで、自分の立ち位置が見えてきた」事をお伝えしましたね。実は、そのことを書籍にしようとまとめています。
 書いている時は懸命なのですが、この現場に来ると、「ああ、自分の経験をまとめることに、意味があるのだろうか」という揺らぎも感じます。自分なりの「なぜ応答するのか」に納得した筈なのに、いままた揺れている。この時代、坊さんが答えることに、価値があるのか?求められているのか?自分の信念は価値あるものなのか?
 揺れます。
 でも私は、その中で自分の信仰を言葉にし、信じられる自分を見つけました。この揺れさえ、自分という一生の物語の、一部になるのだろうと思えるのです。
 浄土宗である私は、「最後は仏様が救ってくださる。亡き父や祖父母やご先祖様たちが、お疲れさんと言って迎えてくれる世界がある。私の人生の終わりの一行は、もう決まっている。」それを、確信もって言えるようになりました。
 自分でできることはやります。だから、その先は仏様にお願いします。イザ自分の最後は、手放せると感じているのです。

 あなたのお心のうちは分かりませんけれど、いつか苦を手放してもよい。自分の手に負えないことは、仏様に託してよい。原稿を破棄するかどうかは、この揺れが収まってから決めればよい。
 それを認めることが、もしかするとあなたの次の1ページなのかもしれない。当てずっぽうですが、そんな仮説を伝えたいと思います。この世の同行者として。

2026年2月7日 0:09
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

質問者からのお礼

佐藤良文さま

お返事ありがとうございます。実は今作はずっと揺れていました。いままでの中でも最も苦しかったです。あっちこっちさまよって、ここまで来てもまだ拙著が、私を信用してくれているお世話になった方々を傷つけないか、わかりません。当たり障りのないことを書けば、書く意味自体がないと思います。でもありのままを書いて傷つけて良いというものでもないと思います。自分のことをさらけ出すことには、慣れています。書くことも、人前で話すことも。でも自分以外の人のことを書くことが、こんなにも責任が重いことに、今作まで来てようやく痛感しました。やめるなら極力早く、この週末には必ず出版社に連絡しなくてはなりません。相手の気持ち、数年かけて書いた、苦労して書いた自分の想い、本になり読んでくれる人の影響、担当してくれた編集者のこと、色々なものがないまぜになり、とても苦しいです。悩みを聞いて下さり、一緒に考えていただき本当にありがとうございました。

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