逃げでしょうか。
今まで失敗しては逃げる、ということをしてきたので、自分のできることから少しずつやっていこうと思っているのですが、それ自体が逃げでしょうか…チャレンジを諦めているということになりますでしょうか。罪悪感のようなものが出てきました。
ハードルを上げようとすると、不安で頭がいっぱいになってしまい、周りにも八つ当たりしてしまいます…。自分のココロをコントロールできません。
新しいことを始める時って何でこんなに不安なのでしょう。
自分がどうしたいのか分からなくなってきてしまいました。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
シンプルでいいんじゃない?
考えても考えても答えが出ないものは、そういうもんだと割り切ってしまいなさい。
いくら考えても答えが出ないのなら、もう考えるのはやめよう。
時間のムダだ。
もっとシンプルでいいんじゃない?
私はこれに挑戦してみたい!
と思ったら、その通りに行動すればいい。
成功したらもうけもん、失敗もまた貴重な経験だ。
反省はしても後悔はするな。
「逃げるは恥だが役に立つ」
るい様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
罪悪感を持たれることはないでしょう。むしろ、無理するなという正直な防衛反応の一つでもあって、自然なことであるようにも思いますよ。。
最近のドラマのタイトルでありました「逃げるは恥だが役に立つ」(ドラマは観ていませんが・・)とは、もともとハンガリーのことわざの和訳で「恥ずかしい逃げ方だったとしても生き抜くことが大切」の意味らしいです。
「三十六計逃げるに如かず」、「命あっての物種」も似たような感じですが、とにかく幸せへと向けて、退くべき時は退き、進むべき時は進み、一進一退を繰り返しながら、それでも前向きに、幸せへと向けて挑戦して参りたいものでございます。
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
林 浩道様
ご回答ありがとうございます。
そうですね、考えてもキリがないと分かってきました。
どうしてもネガティブになってしまって…でもこのままだと何も変わらないので考えるのをどこかで止めます。
後悔しないように生きたいです。
川口 英俊様
ご回答ありがとうございます。
確かに自分を守るためにいつも逃げて来ました。
幸せに向かって進みたいです。
ホッとする回答をありがとうございました!