hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
hasunohaオンライン個別相談開始!

浄土真宗と冥福~友人の死

回答数回答 3
有り難し有り難し 87

親しくしていた友人が若くして不慮の事故で亡くなりました。つい先日まで普通に接していたのに、いまだに信じられない気持ちです。働き盛りでまだまだやりたいこともあったろうに、まだ伸び盛りの子どもたちの成長も楽しみにしていたのに、といろいろ思うと残念でならず、彼の姿を思い出しては冥福を祈ってしまいます。
私は浄土真宗の本願寺派門徒ですが、真宗では冥福を祈らないという考えがあるのを承知しております。「祈りは自分の欲望実現の手段であり、人生無責任思想へ結びつく考えです」「死者を頭から不幸な世界と決めつけ、自分の祈りでその不幸から抜け出せるとうぬぼれている」、真宗僧侶の著書にもある通りかもしれません。
まだ、彼の死を自分が受け入れられず、自分の無念を死んだ友人の気持ちにすり替え、冥福を祈ることにっよって自己満足を得ようとしているだけなのでしょうか。それでも、いまはまだ冥福を祈ることしか、自分の気持ちをおくところがありません。これからどう気持ちを整理していけばよいでしょうか、アドバイスをお願いします。浄土真宗のお坊様のお答えをお待ちしております。

2013年8月2日 2:28

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ナツツバキさん

こんばんは。
浄土真宗本願寺派の 中田三恵です。
大切な方との別れは、非常に辛いものですね。無常の世に生きていると分かっていても、大切な方の死は、受け入れ難い悲しみであります。

浄土真宗の み教えは、「阿弥陀如来より賜る信心一つで、死と同時に お浄土に生まれ、仏に成らせていただく。往生即成仏」です。故人は、すでに、阿弥陀如来の救いにより、お浄土に参られ、み仏になって、私たちにはたらきかけて下さっているのです。

葬儀で、死出の旅路 の発想に基づく風習で、旅装束や一膳飯を供えたりというのは、冥土への旅という考えからですが。浄土真宗では、すでに救われ仏となられているのですから、冥土への旅支度や、冥福を祈ると言う必要はないわけです。冥福を祈るのではなく、哀悼の意を表す と言う言葉が相応しいでしょう。

大切な方が、救われ仏となられたと分かっていても、ナツツバキさんの悲しみは、深いものでしょう。阿弥陀さまは、ナツツバキさんのことも、また救ってやりたい!必ず浄土へ生まれさせ 再会させてやりたい!と、今まさに 働いて下さっているのですよ。

真宗門徒の私たちにとって大事なことは、亡き方の死を通して 尊い仏縁に出遇うことができたと、手を合わせていくこと、人生を大切に歩ませていただくことです。それが、大切な あの方が 一番 喜んで下さることなのです。
大切な友も、私たちも、生死をこえて、皆 同じ 阿弥陀さまの救いの中にあるのですよ。
ともに、お念仏申しましょう。

南無阿弥陀仏

2013年8月3日 0:34
{{count}}
有り難し
おきもち

はじめまして(*^^*) 中田みえです。 住職として、中学生の息子の母親...

浄土真宗と祈り

浄土真宗本願寺派の長谷川哲真と申します。

真宗で語られる「祈り」に対する誤解と、
阿弥陀仏の本願についてお話しさせて頂きます。

浄土真宗の中で、「祈ってはいけない」という誤解があります。
もちろん、自らが阿弥陀様の救いの上で安心している人は、
すでに往生成仏が間違えないので、
(少なくとも自分の往生成仏に関しては)祈る必要はありません。
しかし、お経の中で阿弥陀様は「祈ってはいけない」という事は一言もおっしゃいません。

そもそも、阿弥陀如来の本願は、「一切のものを救う」という誓いです。
一切のものを救うために、救いの対象には条件を設けませんでした。
つまり、阿弥陀様の方から見れば、祈ろうが祈るまいが、
どんな生き方をしようが、どんな死に方をしようが、関係ありません。
ナツツバキさんも、ご友人も、阿弥陀様の救いの目当てのど真ん中です。
阿弥陀様は、祈るナツツバキさんを認めて下さっています。

また、相手の生死に関わらず、幸せを願うことは人として自然な行為です。
むしろ、互いにしあわせを願うというのが、大乗仏教の精神です。
その心を、大切にしてほしいと思います。

2013年8月21日 0:00
{{count}}
有り難し
おきもち

39歳独身 嫁さん募集中   (このネタで笑いが取れるうちは独身でも良...

亡き方を偲び、ただただ手を合わせましょう

真宗高田派の浦上哲也と申します。
真宗(浄土真宗)は大きく10の派に分かれますが、考え方について大きく異なるところはないと思い、お返事書かせて頂きます。

さて、亡くなったご友人は、ナツツバキさんと同年代でしょうか。であれば40歳代、非常にお若かったので、周りの方々のショックも計り知れないものがあるでしょう。
そんな彼のことを思ってしまう、あの世での幸せを祈ってしまうというのは、無理のない自然な感情だと私は考えます。

ナツツバキさんも仰っていますが、浄土真宗で「冥福を祈る」という言葉を使わないのは、2つの理由からです。
1つめは「亡くなった方は冥土で不幸になっている」のではなく、「悩み苦しみの無い極楽浄土に往っている」ので「冥福(冥土での幸福)を祈らなくても良い」という考えからです。
2つめは、「祈る」は自分の欲求を達成したい時に使う言葉だと捉えているので、ご利益を否定する真宗では用いません。
代わりに「あくまで自分自身の思い」という意味で「念じる」という言葉を使う場合があります。

自身は働き盛りで、伸び盛りの子どもたちを遺して亡くなったのは、極めて悲痛な出来事です。そのような悲しみを「グリーフ」と言いますが、亡き方を思って手を合わせることには、その悲しみを癒す力があると言われています。
法要や読経も、故人の為に行っているようでいて、実は残された側のグリーフ・ケアでもあるのです。

私も今年、大切な方を2人失いました。
私は故人を思い出し、手を合わせながらこう念じます。
「娑婆(この世)で頑張っている浦上という人は、私の縁深い人だ」と浄土で他の仏さま方に自慢をさせてやるのだ、と。
そしていつか自分も浄土に往った時「尊い生涯を過ごしたね」と迎えて頂くのだ、と。

http://753an.blog.so-net.ne.jp/2013-07-19

2013年8月2日 8:53
{{count}}
有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

質問者からのお礼

親身なご回答ありがとうございます。まだ、気持ちに整理がついていないこともあり、またふらっと目の前に現れそうな気がして、亡き友人を仏様としてみることができません。ただ、年下ながら人格者だった彼と過ごしたご縁や、彼から受けた生前のご恩は、私の大切な財産であるといえます。そのことを思うと、不思議と南無阿弥陀仏とつぶやいてしまいます。
「往生即成仏」はそのとおりなのでしょう。でも私の中で彼が成仏するのはもう少し時間がかかりそうです。自分が死ぬときは一足飛びに仏様になりたいのに、他人の死はもちょっとゆっくりしてほしいなんて、わがままだなあと思いますけど。

「浄土真宗」問答一覧

浄土真宗の生き方について

お世話になっています。 最近、結構普通に使っていたのですが、気になる言葉を見つけました。それは「自力」と「他力」です。 僕は、この二つは捉え方の問題ではないかと思いました。 まず、大前提として宇宙は縁という繋がりがあり、主体的な実体はありませんよね。つまり、例え歩くという行為ですら、「歩かせてもらっている」わけです。このように考えるのが他力です。 一方の自力は、「自分が悟った」「俺が努力した結果だ」などと、全てが自分の力でやっていると思っている人達なのではないかと考えています。つまり、大前提に「自己中心性」があるわけです。 悟った→自力 悟らせてもらった→他力 生きている→自力 生かされている→他力 もう1つ、観点を変えた考え方として、他力=あるがまま、自力=思うがまま(自我意識)があるとします。 こういった解釈はどうなんでしょうか? これは少し極論かもしれませんが、仮に地獄という苦しい所にいるとします。 そこから脱出しようとするのが、自力です。あるがままの状態なんだから脱出する必要はないと考えて脱出しないのが、他力です。 そうなると、他力の生き方は人間のはからいが一切なく、どうしようもない気がします。生きる上ではやはり自力のはからいも重要だと思うのです。 それとも、自力や他力という言葉にあまりこだわらない方がいいんでしょうか?

有り難し有り難し 10
回答数回答 2

浄土真宗と曹洞宗の天国とは

こんにちは。 最近祖父が亡くなり、葬式も終わりました。 私は結婚していて、実家は浄土真宗、母方の実家は曹洞宗、嫁いだ先は禅宗です。 今まで浄土真宗のお葬式や法要などで実家の祖父母を供養してきましたので、浄土真宗のお坊さんの話をたくさん聞いてきました。 そのうちに、浄土真宗の考えに安心できるようになりました。 今回亡くなったのは曹洞宗の祖父です。 浄土真宗だと亡くなってすぐに浄土に行けるそうですが、調べると曹洞宗だと山を越え川を渡り裁きを受けて長いことかけて六道に分かれるのでしょうか? 今祖父はどこにいるのでしょうか。 49日までは祖父は修行をしているのでしょうか。 足も悪くなっていたのに山を越えて険しい道を一人で苦戦しながら行っているのではとすごく心配です。 寝たきりのままなくなった人でも、ちゃんと天国まで歩いていけるのですか? また、宗教が違っても天国で会えるのでしょうか? もう1つ引っかかるのが、私はお菓子の仕事をしているのですが、たまに祖父母が家に来たときにケーキがあれば出していましたが、最近は来る回数も減りあまり食べさせてあげられませんでした。 なので、シフォンケーキを焼いて棺に入れたかったのですが入れられませんでした。 クッキーだけは入れられたのですが。 そこで今はシフォンケーキは祭壇の前にお供えしてあるのですが、祭壇や仏壇にお供えすれば食べてもらえるのでしょうか。 もっと祖父にお菓子を食べさせてあげたかったです。 子供の頃はたくさん遊んでもらったのに、大人になってからは愛想が悪く、笑顔もあまり見せられませんでした。 曾孫には会わせてあげられたし、曾孫とは元気なときには楽しそうに遊んでいたのでそれが救いですが。 今からでも祖父に何かしてあげたいです。 亡くなってとても悲しいのに、普通にお腹が空いたり、普通に生活できてしまう事に罪悪感を感じ辛くなります。。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

浄土真宗の自分の解釈について間違ってると言ってほしい

ある一つの疑念が強迫観念のように頭の中に張り付いていて、阿弥陀仏の本願がうまく聞けないのです。 それは「18願によって信心決定した者は救われるが、信心決定したものは諸根が具足する」というものです。 荒唐無稽かもしれませんが、第41願に信心決定したものは諸根が具足するととある本に書いてあって、それを見た瞬間諸根が具足しないかもしれない自分は救われないかもしれないとショックでした いろんな本を読んだ結果、これは初住以上の菩薩のための願だとか、聖道門の菩薩を引き入れるための願だとか、他の訳では仏刹(浄土)と書かれてあるから、娑婆世界には関係ないとか、頭では納得できて、そっちのほうが正当な理解なんだろうな、と分かるのですが、頭の片隅に「体の弱い自分は救われないかもしれない」というのが絶えず渦巻いています 自分でも自分のこの疑念は完全に間違った教義理解だとは考えているのですが…。 「18願によって十方衆生の信心決定したものは救われる」「信心決定したものは諸根が具足する」「よって諸根の具足していないものは信心決定していない」「諸根の具足していないものは救われない」 という自分の誤った疑念を間違っていると言ってほしいです。 同じような投稿を前にもしたのですが、専門家のお坊さんに「それは間違ってるよ」と言ってほしいのです。わがままですみません 自力で変な解釈をしてしまう自分に嫌気がさします…。 こういうのを「自力のはからい」というのでしょうか 早く自力をからせたいです

有り難し有り難し 58
回答数回答 3

どうしても浄土真宗のお経をネガティブな解釈してしまう

どうもこんばんは 以前からの質問を見ていただければ分かると思うのですが、無量寿経の41願について「信心決定したものは諸根が具足する。だから諸根の具足していない者は救われない」といった解釈に気を取られて、ずっともんもんとしておりました それで、ハスノハでお坊様の意見を聞いたり、本で調べたりしたところ、「その解釈ではみな救うと誓っている18願の誓いが守られないからそれは我々に関係のない菩薩様への願だ」「十住以上の菩薩様は三悪道に堕ちることがないので、浄土を願わないものもいる。そうした聖道門の方々を浄土門へ引き入れるための願」「諸根ケツルというのは念仏という大道を知らないこと。哲学者や聖道門の方々も名号を聞くことで諸根具足することができる」「42願~48願を見ると、他方国土の諸菩薩というのは名号を聞くとただちに三昧を得るような方々であるので、われわれには関係のない願」「そもそも障害というのは実体的なものではない」「身体に不自由がないというのは、浄土へ行くのに不自由がないこと」という頭では合点できるような説明がたくさんありました。ハスノハの皆さん、ありがとうございました。 けれども「けれども」なんです…。「もしも」41願が念仏者が諸根具足するという願だとしたら、体の弱い自分は救われないかもしれない…。と、この「もしも」が頭から離れないのです。おそらくこれは、阿弥陀様への疑いと、自力のはからいでもって、このような状況になっているのだと思います。 この「もしも」というのを消す方法はないでしょうか…。そんな上手い方法はないとは思いますが、なんか愚痴みたいになっちゃいました、すみません。阿弥陀様を疑ってしまい、お経をネガティブに解釈してしまう自分がいる。それが悩みです。

有り難し有り難し 45
回答数回答 3

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る