宗派の違い念仏について
宗派が色々あることで、どうしても救われない気持ちになります。それぞれ宗派が違って、宗派によって違う念仏もあると思います。僕の実家(父方)は浄土宗で南無阿弥陀仏と言います。でも、母方の実家は宗派が違います。ですので、別の念仏をとなえます。浄土宗では、南無阿弥陀仏というものは極楽往生するという考えがあり、倶会一処という考えもあります。僕はこの教えがこの世での、唯一の心の拠り所です。ただ、母方の実家の宗派が違うということだけが気掛かりなのです。宗派が違うということは、となえる念仏は当然、違ってきます。つまり、僕は母方の祖父、祖母と再会できないということになると思うのです。その不安ばかり募って、勇逸あった拠り所もなくなりそうで凄く怖いです。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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いろんな解釈があるだけで、念仏そのものは変わらない。
いろんな川から海に至るように、悟りや涅槃への道筋が派によって違うけど、仏教である以上目指すところは同じと私は思ってます。
ただ一向に念仏すべし
拝読させて頂きました。
先人の教えや修行の歴史を知ればあなたがおっしゃるように様々な考えのお念仏があります。
あなたが本当に極楽浄土に往生したいと願うならば、ただひたすら一向にどうか阿弥陀様、私を極楽浄土に往生させてくださいと願い南無阿弥陀仏とお念仏おとなえなさってください、そして心から阿弥陀仏を信じてくださいね。
阿弥陀仏は必ず臨終の時にあなたをお導きなさってくださいます。そして極楽浄土に往生することができます。
そしてあなたの親しい方々やご先祖様も極楽浄土に往生させてくださいと心から願い南無阿弥陀仏なむあみだぶつとお念仏おとなえなさってください。阿弥陀仏は必ずあなたの親しい方々やご先祖をお導きなさってくださり、極楽浄土に往生させてくださいます。
そして極楽浄土にて親しい方々やご先祖様と再会なさり喜び合い、一切の迷いや苦しみからもお救いなさってくださいます。
あなたがこれからもずっと阿弥陀仏を心から信じて健やかに生きることできますように、臨終の際には必ず阿弥陀仏がお導きなさってくださり、極楽浄土にて親しい方々やご先祖様に再会を果たされますように心からお祈りさせて頂きます。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
再会できなくても良い
はるか昔から輪廻転生を無数に繰り返してきたわけですから、過去世でも無数の家族との出会いと分かれを重ねてきた私達です。
再会できないことがあっても仕方ないのです。
念仏しなくても、善人であれば極楽浄土に往生する可能性はあります。
ただし、善人は極楽浄土以外の浄土にも往生する可能性があるのです。
悪人の場合、他の浄土に往生できる可能性は低いのですが、阿弥陀仏は煩悩まみれの悪人でも念仏すれば極楽浄土に迎えてくださるのです。
阿弥陀仏は往生極楽を願って念仏する者は誰一人として拒まれませんが、だからと言って全人類を極楽浄土に強制連行なさるわけではありません。
悟りや成仏という目標が同じでも、その方法は人それぞれ。
悟りやすい極楽浄土をまず目指そうというのが浄土系ですが、他の方法で悟りを目指す人々がいるのは仕方ないことです。
母方親族と再会できてもできなくても、あなたは念仏すれば往生できます。
このように、
「AでもBでもどちらでも念仏すれば往生できるから、どちらでも問題ない」
と明るい気持ちになれるのが、南無阿弥陀仏の念仏なのです。
質問者からのお礼
回答ありがとうございました。勇逸という誤字がありますが、唯一でした、申し訳ありません。
朝から回答を読ませていただき、優しい回答に涙が出ました。親しくご縁があった人たちを想い、ただ一向に念仏をしようと想います。皆様回答ありがとうございました。