hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

若い頃のワクワクをもう一度

回答数回答 1
有り難し有り難し 10

数か月前こちらのサイトで色々ご相談させていただいたものです。

お坊様からのご回答を参考に以前話していたいくつかの悩みに対して行動できているかなと自分では思っております。

なのでわりと今は自分のやりたいと思う事も自由にできているし行動もしているのでいいはずなんですが、楽しいという感情と同時に虚しいという感情も同時に湧き上がってくるのです。

若い頃やってこなかった事を今になって挑戦して昔の自分より今の自分の方が若者っぽいのですが、あの頃のとてつもないワクワク感みたいなものが無いんです。

年を取るというのは感受性がどんどん無くなっていってしまうものなのでしょうか?

色んな事に挑戦すればするほどこれをもっと若い頃にやっておけばどれだけ楽しかっただろうかと物凄い後悔をしてしまいます。

何をやっても極論をいうと退屈で若い頃に戻りたいです。

しかしそんな事はできないので興味の対象が霊界やVRなど将来燃え上がるようなワクワクを感じる可能性があるものにいってしまっています。

退屈で何もない事が幸せという人は多いですが、僕はどうしてもそうは思いません。どうしたらこの無間地獄から抜け出せるでしょうか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

思い込み地獄

ものを見るにも聞くにも、この回答を読むにも見るにも、
「先立てている」ものがあるでしょう。
今まで体験、経験したことの情報やデータ、知識をすぐに運んでくる。
脳内情報をそこに高速割り込みさせているのです。
だから実物をダイレクトに体感することができず、自分の脳内データ上のものばかりを相手にしてしまう。ある種ハスに構えているのではないでしょうか。
ものに本当に出会うということは、さっきであったこと、出会った人であっても、いま新たに出会うことです。自分の評論評価、思いは実物をダイレクトに実感することを阻害します。
北斗の拳ですら読む年齢によって角度が変わるはずです。
本当に裸王になりたければ、何も持たないことです。
今まで蓄えたデータなしにそのものに出会う。
平たく言えば、何をするにもそこに入らぬスネ夫めいたコメントや知識や雑学やらデータを交えないで味わうことです。
人間の思考は早いです。
それよりも速いのは感受、感覚、知覚です。
その感覚を見逃しているのがあなたです。
思考の強制割り込みをする。そういう習慣がついているのでしょう。
坐禅はそれを除去します。
ダイレクト事実を自己想念なしに直接体感する。
思考なんぞは所詮二の次なのです。
二の次である思考をあなたの脳内の王座に座らせているから脳内政治が乱れる。
王座に座らせるべきは思考・知識・情報ではなく、事実なのです。
「あ!」
いま、ここで「あ!」に出会う。
「あ!」なんて言葉は誰でも知っている。
だから曇る。
「あ!」
私がここで申し上げている「あ!」はそういうものを意味していない。
実物に出会うことです。
役立つと思っていた知識がかえって何を見るにも聞くにも役立たずにさせてしまっているのです。
知覚に自己の想念は付随しません。
付随させるのが自分のシロートさんです。
自分の玄人は思考を付随させない。
あなたはまだまだやるべきことがある。
「何をやったって退屈だ」と思ってしまう、そのネチネチした思考なしに物事を味わうということを当たらに始めてみれば一挙両得ではないでしょうか。
自身の高速割り込み思考を根絶するべし。

{{count}}
有り難し
おきもち

質問者からのお礼

丹下 覚元様返信ありがとうございます。

なるほど知識がある分色眼鏡で知らず知らずのうちに世界を見てしまっていた気がします。

子供の頃は比べるものが何も無いから事象そのものを感じる事しかできないのでその事で多くの感動があったのかもしれませんね。

人と比べる事は意味が無いと思っていたのですが、過去の自分と比べる事も実は意味の無い事なのかもしれないとお坊様の回答から感じました。

これからは相対的な喜びではなく絶対的な喜びを追求するような生き方をしていこうと思います!

「心構え・生きる智慧」問答一覧

家族ってなんだろう

家族ってなんだろうと思います。 私は4人家族で父母、私、4つ離れた弟がいます。 今悩んでいるのは弟のことです。 弟は20歳くらいから、いつもは普通なのにある1人に固執したり、自分に嫌なことがあると私含め家族や親しい知人に対面ではなく、ラインやSMSなどですごく攻撃的になる節がありました。 最近は落ち着いていたのですが、どうやら年明けから弟の仕事上でいろいろトラブルがあったらしく(話を母から聞く限り弟も悪いところがあり、どっちもどっちのような感じ)年度末で退職したようです。 私は離れて暮らしている為何があったのか詳細は知らず、4月はじめにそのことを聞きました。 今現在は弟は新しい仕事を2つくらいしているみたいなのですが、仕事上でいやなことが有る度でしょうが、すごく攻撃的なことばが矢次端に来ます。 「自分が苦しい時に姉のくせに何にもしてくれなかった。あんたは家族じゃない。姉でもない。自分の生活さえよければ家族が苦しんでいてもいいのか。ほんとに自己中な人間だ。あり得ない。」 「(私は既婚で離れて暮らしていて、弟も1人ぐらしなのですが、地元のスポーツクラブに行っている為週1くらいは実家に帰省しているようです)実家にもお前は帰ってこないで自己中すぎる。あり得ない」 などなど、1部ですがこのような言葉を浴びせられます。 もちろん母や周りの人にもです。 そういう時は何をいっても否定されるため、何も返さないようにしていると、「無視?逃げるんだ」などと言われます。 正直弟の仕事の状況は後から知りましたし、親はまだしも20代後半にもなる大人の仕事事情に姉が介入するのも冷静に考えてもおかしいと思います。 そのような攻撃的な言葉が来るたびにもうほんとに嫌になり、今は携帯に近づくことやバイブ音を聞くことさえ苦しいです。 私事ですがもうすぐ結婚式を控えておりますが、それにも最近いきなり出席しないから!と来ました。 毎日疲弊してしまします。 姉ってなんでしょう。家族ってなんでしょう。 父母のことは好きなのですが、今の弟は私にとってはっきりいって恐怖です。 私はどうしたらよいのでしょうか。

有り難し有り難し 6
回答数回答 2

楽しかった過去を思い出してしまい苦しい

初めて相談させて頂きます。 文章の構成などめちゃくちゃだと思いますがご容赦ください。 私は20代、社会人の男です。 タイトルにある通り、楽しかった過去を定期的に思い出してしまいその度に苦しくなってしまいます。 きっかけはいろいろあるのですが、昔の友人から連絡があった時や、ふと過去の写真を見つけた時、はたまた仕事で辛いことや受け止め切れないことが起きた時などにそうなることが多いです。 前者であればまだ「あの時はいろんなことがあったなぁ」とポジティブに懐かしむことができるのですが、後者の場合(仕事で辛いことがあった時など)が非常に厄介です。 もともと私は要領が良い方ではなく0から物事を考えることも苦手なのですが、今の仕事では覚えることや考えることが非常に多く、いつも上司に怒られてしまいます。 いつも迷惑をかけてしまっているな、と落ち込む毎日です。 普段はなんとか自分なりに前向きに取り組み心もリカバリーできるのですが、 自分の中で限界になると「昔は楽しかったなあ」などと現実逃避してしまいます。 それがタイトルにも書かせていただいた状態であり、今まさに陥っている状況です。 こうなると目の前の物事に向き合う事も難しく、具体的には過去のメッセージのやりとりや写真などいろいろ漁ることに夢中になってしまいます。 しまいには、「なんとかあの頃にもう一度戻れないだろうか」と本気で考えてしまいます。それは絶対に無理だとわかっているからこそ、とても苦しくなるのです。 結婚しており趣味も楽しめているため、プライベートは充実していないわけでは決してないと思うのですが、どうしても仕事で辛い状態が続くとそういったドツボにハマってしまいます。 こういったときに私はどう向き合うべきなのでしょうか? 人間誰しも過去を懐かしむことはあると思うのですが、皆様はどう向き合っているのでしょうか? 今は将来どころか目の前も見えず、ただ過去に固執してしまっている状況です。

有り難し有り難し 4
回答数回答 2

床に落としてしまって落ち込んでおります。

以前ご質問させていただいた後日、お寺に行き、愛染明王様のご真言や梵字が書かれた金色のカードと愛染明王様が描かれた金の護符(守護札?)の計2枚が入っているものを購入し、愛染明王様にお会いしてお参りさせていただきました。 その後、毎日それらを携帯ケースに入れて持ち歩き、最近では、お家で朝や寝る前にそれらを両手で持ちながら感謝申し上げたり悩みを聞いていただいたりご真言を唱えたりしております。 そのようななか、本日、外出時に焦っていた際に携帯ケースからそのカードと護符がするりと抜けて床に落ちてしまいました。 愛染明王様をお慕いしている者として、落としてしまったことがショックです。 落としてしまった護符とご真言や梵字のカードには、もう愛染明王様やそのお力やお心は宿らなくなってしまったのではないか、愛染明王様に失礼なことをしてしまったので、もうご加護をいただけないんじゃないか、というエゴな悩みで情けないのですが、その悩みに対する答えをどうか教えていただけないでしょうか。 また、私はそのお寺で塗香も購入しており、床に落としてしまったそれらを塗香で清めることは有効か、また他にも良い方法はあるのかということについても教えていただけないでしょうか。 愛染明王様がいつも見守っていてくださっているということが心強く、充実した日々を過ごしていた最中でしたので、少しショックです。 護符やご真言や梵字をもっと大事にしたいという戒めにもなりましたが。 このような質問で恐縮ですが、ご回答宜しくお願い申し上げます。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

染みついたマイナス思考

はじめまして 会社員の20代男性です 一度投稿したものを消してしまったので再投稿です マイナス思考が染み付いてしまって、どうすればいいのか分かりません 以前数年間お付き合いしていた方が少し精神的にデリケートで、自分を傷つけたり、卑下したりする事が多い人でした 普段は明るくて優しい人で、少しでも元気になってほしくて、彼氏としてできる事はなんでもしようと思っていました しかし最後は結局私の方が抱えきれなくなってしまって、5年ほど前の私が就職する直前に別れてしまいました 弱っている人を見捨ててしまったと罪悪感を感じていましたが、数ヶ月後に連絡がきて、付き合っていた時に私が本当に支えだったと感謝を気持ちを伝えてくれました ただ、私自信が私を許す事ができずに今日まで来てしまいました 未練というのとも違い、自分自身の事が許せない、最低な人間だと思えて仕方ありません 夢だった職業にも就けて、上司や先輩に私を評価していただいても、「本当の自分は最低な人間で、周りの人を騙している」と感じてしまいます こういった感じなので、人からよく思われる事がすこし怖いと感じます みんなが優しくしてくれるのはみんなが良い人だから。 自分が何かいい結果を残せたのは周りのおかげ。 そう考えてしまいます 趣味を楽しむにしても、自分のような人間が…と思い好きだった事もだんだんと熱中できなくなりました 自分の夢を叶えたいという気持ちも無くなってきました 人並みの幸せも諦めて、自分と関わった人がみんな健康で幸せでいてくれて、自分はたまに美味しいものが食べられたらそれでいいと思ってこの数年は生きてきました なんで生きてるんだろう?と思う事もありました ただ最近、もう少し自分の幸せを大事にしようと思ってはじめてみたアプリをはじめてみました 何人かお会いしたりもしましたが、こんな自分を相手に気を使わせてしまっているような気がして申し訳ない気持ちでいっぱいです 以前お付き合いしてた人のせいして、今の自分を正当化したいという訳ではなく、ただただ自分が許せないのです ずっと誰にも話しておらず、実はこの事を誰かに聞いてもらうのも初めてです でも今後の人生の分岐点が今年は多いような気がして、何かを変えないとと思い相談させていただきました 長文大変失礼しました ご回答いただけますと幸いです

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ