hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

「尊厳」ってなんですか?

回答数回答 2
有り難し有り難し 26

父85歳が脳梗塞で倒れて8ヶ月ほどたちました。要介護5がつき、左半身麻痺で寝たきり、全介助です。食事は口から摂ることができます(もちろん介助が必要ですが)。

現在療養病棟に入院していますが「アー」「ウー」と常時声を出します。独特な発声の声は同室の患者さんの療養を妨げています。医師から「奇声を発するのは後遺症だからしかたがない」と言われました。奇声を抑えるため(感情を抑制するため)薬を使用しましたが、効きすぎて眠りの時間が長くなってしまい、中止されました。

寝たきりにするのは簡単だけどそれは治療ではない。口から食事が取れる機能を奪うことは、尊厳を奪うことだといわれました。以前から父には「寝たきりになるようなことがあったら何もしないで死なせてくれ」と言われていました。その願いを引き裂くように救急車を呼び、緊急の手術に同意したのは私です。今の状態を作り出したのは私です。

会話もままならない父の尊厳とはなんなのでしょうか。
奇声に混じる雑言を浴びる母もまた倒れそうです。

後遺症を薬で抑制することはお父さんの尊厳を奪うことだということがわかりません。尊厳ってなんなんですか。寝たきりで再起不能の父の尊厳ってなんなんですか。食事が口から取れることが、父にとってそんなに大切なことなんでしょうか。

奇声が止まらない父は3度めの転院を提案されています。病院側になんの儲けもない患者だからとも言われました。そんな父の尊厳を守ることの重大さがわかりません。薬を投与して寝させて緩やかな死を目指すことは罪なのでしょうか。

私は自分の身の回りを整理してから、父を引き取り殺めようと考えています。その前に「尊厳」とはなんなのか教えて下さい。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

すじがね食堂さんはじめまして。
まず言わせてください。
自分を責めないでください。
我が親が倒れれば救急車を呼ばずにはいられない。
命を助けたい!と手術に同意せざるをえないものであると思います。
緊急事態が起こった時、人間はその状況に対応することで精一杯だと思います。
その後どうなるのか、回復をするのか。
考えている余裕などなくて当たり前です。
その時、娘の精一杯の対応をなされたのだと思います。
正直、私にも正解がなにであるのかわかりません。
「尊厳」とはなんなのか、お答えすることができません。
すじがね食堂さんの心中、ご家族の心中、お父様の心中。
苦しみを思うことしかできません。
私は常々
「いのち」の所有権は人間にない。と思っています。
「生まれよう」と思って生まれてきていない私たち。
本当に「いのち」が私の物なら、生まれたいときに、生まれたい所に、生まれたい形で生まれてくることができるはずです。
「私」のものならもっと、もっと思い通りになっていいことがたくさんあるはずです。
でも思い通りにいかないことばかりですよね。
自分のことも、ましてや他人のことなら尚更です。
じゃあ「いのち」の所有権は誰のものなのでしょうか。
所有権は仏様にあります。「いのち」は人それぞれ、仏さまからお預かりしているものです。
だからいずれは仏様のもとへと返していかねばなりません。しかし、その返却期日も
所有権のある仏様の決めることなんです。お父様はまだ返却期日ではないということだと思います。まだ生きて、やることがあるぞ。まだ生きて、家族と共におりなさいよ。
まだ生きて、今しか学べないことがあるんだよ。察するにそんな風に仏さまはお思いなのかと思うのです。仏さまはすじがね食堂さんの、ご家族の、お父様の
苦しみ、悲しみを痛いほど、手に取るようにわかっておられます。そばにおられます。
そのうえで、与えられたいのちを生ききってくれよ。苦しいよな、悲しいよな。
しかし、苦しみ、悲しみなく人生の本当の喜びもわからないんだよ。
暗い暗いところに行ってこそ、光の有り難さがわかるように。
拙い回答しかできず申し訳ないです。
奈良からお父様のリハビリが進んでゆくこと、お体少しでも良くなることを願っております。

                                       合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

個別相談可能
生きるための仏教 生身の私達のための仏教 私たちが人生を歩む上でかかせない杖となる教えが仏教です。 そんな、「生きるため」の仏教をお伝えできたらと思います。 Instagramにて 2.3日に一度のペースで門前掲示板の一言を掲載しています。宜しければそちらもご覧になってくださいね。 asuka_yuishoji で検索してください。

生活習慣の尊重

QOL(クオリティオブライフ)の尊重で重要なポイントは、その人の生活習慣の尊重だと聞いたことがあります。
たとえば、今まで口から物を食べていた、という生活習慣を尊重するとか、今まで散歩が好きだったなら病気になっても散歩できるようにしてあげる、など。
病気だからこうすべき、健康のためにこうすべき、という理屈を他人から押し付けられるのではなく、例え不健康な習慣でも今までどおりの生活をしたいのが人間ではないでしょうか。

一般的に、口から物を食べるという行為は、人間にとって大きな楽しみではないでしょうか。
口から物を食べるという生活習慣は、できることなら守ってあげた方が良い気はします。
私は母をガンで亡くしました。
母は、治らないとわかっていたのですが、もう一度自分の口で食事をしたいという希望で、手術しました。
その手術で命が延びるわけではないかもしれない、しかし、短い時間でも、口で食べるという生活習慣を取り戻すための手術は、ムダではなかったのだと思います。

{{count}}
有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ