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死ぬと地獄行き

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すいません。後から気づいたのですが2回同じ質問してしまってました。
こっちが本当です。

私の学校は仏教の学校です。

学校でのお坊さんの教えでは生きてるうちに良い行いをすれば極楽浄土へ行けるといったものでした。

私はそれを信じて今までちょっとした発言や行いで人を傷つけてしまったことを悔いてそのことを今一度悔いて謝ろうとも思っていましたし、少しでも人のためになるような良い行いをしていこうと心がけどのようにすれば良い人間になれるのだろうや一度罪を犯してしまうとその人は救われないのかなどいろいろ調べていると、たまたま見た記事に日本人はみな地獄行きというのがあり怖くなりついつい見てしまったのです。

するとそこには虫などを殺すと地獄行き、お酒を飲めばもっと怖い地獄行きなど他にも地獄レベルが書いてあるのがありました。
それはお坊さんが知ってることなどが書かれていたのです

私は、最近では虫を殺すのは悪いことだと思い今では蚊すら殺してなかったのですが今までは殺してしまったりしてました。

私達は、今までは罪を悔いて良い行いをしていれば人に好かれる人間にもなれるし極楽浄土へ行けると信じてきましたし地獄は殺人や人を傷つけても平然と後悔することなく生きている人間が反省するための場所と思っていました。

なのにそんな事実をつきつけられ私は、どうすればよいのでしょう。
1日1日を良いことをしても、どうあがいても逃れられない地獄へ行く恐怖をもちながら生きていかねばならないのでしょうか?

今まで学校で教わった教えはなんだったのでしょうか?
すぐ泣いてしまう私なのにショックと信じられないという思いですぎて涙もでません


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お坊さんからの回答 8件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

地獄極楽=裏表

地獄というと、どのようなことを思われますか?
極楽というと、どのようなイメージがありますか?

実は、地獄も極楽も、おなじところです。
ちょっと違うだけ。

このようなおはなしがあります。それはごはんのお話。

地獄と極楽のご飯は同じものがでるそうです。

わたしたちとすこし違うのは、地獄と極楽では「おはしがうんと長い」
らしいんです。すごくおっきな円卓の周りにみんなぎゅうぎゅう詰めに
坐らせられ、ごはんはその中央付近に置かれるそうな。
それは残念ながらわたしも死んでみなければわからんのですが、
地獄と極楽では、そのご飯の食べ方に違いがでるそうです。

地獄のひとたちは、そのながーいお箸をつかってなんとか
たべようとこころみます。しかし、お箸のおしりの方をひもで
縛られるそうでして、なんともごはんをつかめない。
なんとかつかんで自分のところにもってこようとすると、となりの
ひとがそれを奪おうとするんです。で、けんかになります。
この繰り返しがじごくのごはんです。

では極楽ではなにが違うのか?

極楽では、そのながーいお箸でつかんだごはんを、届く範囲の
ひとにあげる。自分のところには持ってこない。
そうしてるうちに、いつかはだれかが自分の口にごはんをはこんで
くれる。そしておなか一杯になります。
地獄も極楽も、じつはおんなじ場所。
ただ違うのは、そこで「どう過ごすか」に他なりません。
もっといえば所謂地獄図とかいうものは、あれは生きている人間の
イメージ映像。しかも、「地獄の人主観」の映像でありまして、
極楽のイメージと、実はまったく同じものなのです。
感じ方の違いです。
なぜ生きているうちにいいことをしろ、というのかは、
「いまいるところで、どうすごすか」の練習、勉強の為です。

おなじ所であっても、人によって感じ方がまったく違います。
それは地獄極楽でも同じこと。
懸命に、務める事で、いまいる場所は、極楽いやもっと
すばらしいところに変わるのです。
それでもなんだか、怖いなあと思われるかもしれませんので、
のえる様のこころがやすらかとなりますよう、
わたくしめ、一所懸命にお祈りさせて頂きます。南無。

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この世は(誰かさんの)死後の世界。

死後の世界とは昔の人の空想・想像であって、必ずそうなるという科学的実証はできません。
国によってもあの世のイメージは異なっていることで明らかでしょう。
あなたが聞いたお話も昔の人の創作ですから心配はいりません。ざっくり。
では何故そんな話があるのか。ここからが重要。

②死後の世界や地獄極楽は、本当にあります。それは…
それは、今のこの世界のこと。
何故なら、誰かさんの死後もこの世は今日も続いているでしょう。
あなたの死後だってこの世界は続いていきます。(感じてみてください)
この世というのは、厳密にいえばもう死んじゃった「誰かさんの死後の世界」でしょう?
だから、生きている間には私たちは、みんなでシェアしているこの世をしっかり生きなきゃいけない。
Aお釈迦さまやみんなが助かる発明をした人のおかげで、その人たちが亡き後であるこの世は様々な恩恵に恵まれています。心も社会も極楽浄土化です。
B反対に殺人や大きな罪を犯した人は、本人の死後も、本人はおろかその家族さえも今もなお後ろ指を刺され続け辛い苦しい地獄のような生活をされています。心も環境も地獄化ですね。
だから、この世に生まれたからには自分だけ好き勝手して死んで行けばいいや、というものではありません。
自分の死後ですら、周りの人にも大変大きな影響が残るのですから。
悪い人が増えると本当に地獄になってしまう。
地獄思想とは生きている間になるべく悪いことをさせないようにするために人間教育の役割も担ってきた仏教が生み出した悪行防止策(悪いことをさせなくするための教え)でもあったのです。
人の心を良い方向へ導くための説明として「悪いことをすると、心が大変苦しくなる、暗い思いをする、抜け出したくても抜け出せなくなるよ!」そういう苦しい心を地獄と名付けたのです。
仏教にはこうした相手に応じたいろいろな形の教え方、導き方があるのです。
地獄思想もその一つであり、あなたにいい人になってもらいたいからもうそれ以上悪い事をさせないように教えてくれているのです。
今後もより良い人に導いてくれるための人生訓である、とお考えになってはいかがでしょうか。

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

先生にも、今の気持ちを聞いてもらってごらん。学びになるよ。

学ばれている仏教の教え。先生にも、今の気持ちを聞いてもらってごらん。
だから、救いがあるんだよと、教えてくださると思いますよ(*^^*)

地獄に、落とされてしまうと思うと怖いよね。

私たちは毎日、いろいろな生き物の いのちを奪いながら生きています。また、めぐり合わせによっては、どんな恐ろしいことでも してしまう、地獄に行くしかない身なのです。
このような私だからこそ放ってはおけないと、仏様のお慈悲は、はらたいてくださっています。一切衆生(生きとし生けるもの)を 必ず救い取り 決して離さないと、摂取不捨の働きです。

だからこそ、こんな、私たちでも、必ず 阿弥陀さまの働きで、極楽浄土へと、往けるのですよ◎

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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 住職として、高校生の息子の母親...

浄土真宗の話を真正面からしてるので、堅いかも。

阿弥陀如来は、一切の者を救うために、極楽浄土を建立されました。
当然、生まれたばかりの赤ちゃんも含まれます。

すべて者をお浄土に迎え摂るには、
どういう方法(修行)でお浄土に行けるのかが重要です。
座禅とか、念仏とか、道徳的善行が必要などと条件をつけると、
赤ちゃんは出来ません。

それで、阿弥陀様は、一人一人を背負ってお浄土に迎えることにしました。
ですから、全ての人は、生き方、死に方、行いに関係なく無条件にお浄土に救い取られます。
我々は、すでにお浄土行きが決まっているから大丈夫なのです。

さて、すでに大丈夫な身になったんですが、
問題は、それを心にとどめて、安心して生きて行けるか?、
それを信じずに、安心できないか?です。

それは、一人一人の心の問題ですが、
阿弥陀様はそこも見抜いてらっしゃいます。
そして、阿弥陀様が取られた方法は、
「衆生(救いの対象)が阿弥陀様の救いに気づくまで呼びかけ続ける」です。
その呼びかけが、私たちが声に出す「南無阿弥陀仏」です。
「南無阿弥陀仏」とは、
阿弥陀(無量寿) = いつでも、
阿弥陀(無量光) = どこでも、
南無 = お前を包み込んでるよ。
という、仏様からのメッセージです。
現生か、次の生か、次の次の生かわかりませんが、
こちらが気づくまで阿弥陀様は呼びかけ続け、私との根比べです。
まあ、確実に阿弥陀様が上手です。

地獄の描写は、源信和尚の往生要集という書物に詳しくあるのですが、
それは、お浄土を進めるために、いわば、脅しとして書かれたのです。
親が子供に、「悪い子にはご飯あげないよ!」という愛ある言葉です。
↓往生要集その他、ダウンロード出来ます。
http://j-soken.jp/category/download/download_3

以上は浄土真宗での答えです。
他にもいろいろな視点があります。

そもそも、仏教は心が安心するための教えです。
地獄のことが気になって不安なのなら、
そんな知識は全て捨ててしまえば良いのです。
けど、知識ってすてられませんからねー。
優しい優しいお釈迦様が、地獄を語ることで、何を仰りたかったのか。
のえるさん流にでも良いから、想像してみて下さい。

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45歳 独身 銭湯通い 浄土真宗の僧侶だけど、「中観派です」って言って...

一切を救う仏

のえるさんは仏教系の学校に通っているのですね。
前のご質問「霊が生きている人間を襲う」にも回答をさせて頂きました。
http://hasunoha.jp/questions/201

さて、学校でお坊さんに、良い行いをすれば極楽浄土へ行けると聞いていたのに、ふと眼にした記事に「日本人はみな地獄行き」と書かれていて、驚いてしまったのですね。
どんな文章か、全体を見てみなければ分かりませんが、少し極端な内容に思えます。

確かに仏教では「不殺生戒」という、生き物のいのちを奪ってはならないきまりがあります。私はこれを、直接いのちを奪うというだけではなく、誰かが殺してくれたものを食べることも、米や野菜を食べることも、動物実験の末に出来た薬品やシャンプーなどを使うことも、全てを禁ずるものだと理解しています。

……守れませんね。生きていくことが出来ませんね。
努力すれば守れる戒律ばかりであれば、全てを守った時そこに慢心が生まれるかも知れません。
守れない戒律があれば、慢心することなく自らを省みる日々を送り、また終わりの無い努力をしていくことになります。
私はこの姿勢が大切なのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

平安〜鎌倉時代のお坊さんで、親鸞という方がいます。
この方は、世間的に見れば真面目で勉強熱心で立派なお坊さんでした。
しかし非常に自分に厳しく「私の行く先は地獄しかない」と考えていました。

しかし法然というお師匠さんに出会い、地獄に行くしかない者を救ってくださるのが阿弥陀という仏だと教えを受け、帰依をしました。帰依とは、信じきって全てを任せることです。

私たちは、地獄に落ちるしかないのかもしれません。
阿弥陀さまは、そんな私たちを救ってくださるのかもしれません。
いのちを終えてみなければ、分からないことです。
せっかく仏教系の学校に通っているのですから、ぜひ先生に阿弥陀さまについてお聞きになってみて下さい。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

説教師観て来たような嘘をつく。

 のえるさん、どの記事を見て、そのようなことを思うかは分かりませんが、私から言わせると、死後の世界は生きている人間は解らないものです。「日本人はみんな地獄行き・・・。」などと書かれた記事に私は言いたい。日本人がもし地獄に行ったらどうなるか。日本人の謙虚さ、礼儀正しさ、譲り合いの精神で地獄が極楽に変わるかもしれません。極楽とまではいきませんが、住みよいところになるかもしれません。日本人の行いは海外の国々が関心を示したように地獄の住人にもそれなりの関心を示すかもしれません。のえるさんが地獄に行くなら私も一緒に行きますので安心かも?!
 でもね、今の、のえるさんの行いはいいことだと思いますが、極楽に行くためとか、地獄に行きたくないとか、そのようなことのためにしているのは仏教ではないと言いたい。我々僧侶は極楽に行くから良い行いをしているわけではありません。良い行いをすることが仏(お釈迦様)の教えであるからしています。ただ、戒律はあるものの、これをすれば良いことか悪いことかは具体的には示されておりません。
 スマトラ地震の時、救援に向かった東南アジアの男性僧侶が瓦礫に挟まれた女性を助けたことで他の僧侶から非難されました。それは東南アジアの僧侶の戒律で異性に触れてはいけないというものがあったからです。しかし、人命救助のためやもえないこともあるので特別に許してもらえましたが、その戒律を破ったことでこの僧侶は地獄に落ちるのでしょうか?
 のえるさん、いちいち極端な話や眉唾な話しを信じてどうだろうと悩む前にそれと反対の意見の話は無いかとか、その話の原点はどこかとか、自分が納得できるまで調べるといったことが10代には欠かせない勉強であり、それが学生というものであると思います。これは学生のうちにしか出来ないことですし、大学にいくとこのような勉強しかしないと言っても過言ではありません。まず、自分で追及すること。仏教系の学校に通っているからと言って、答えがいつも仏教的になってもらっては私はのえるさんの将来が心配になります。
 最後に、人は生まれ変わりません。仏教思想でもありません。なぜかは自分で調べてください。
 

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ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

このことに気づいたご縁にまず感謝

のえる様へ

そもそも極楽浄土へ行くために良い行いをするのですか。
良い行いをしていた結果として、極楽浄土へ行くことができるのではないでしょうか。

まずこのことに気づいた今、これからが大切です。
今までしてしまったことはどれだけ良い行いをしても罪はチャラにはなりません。
それよりもむしろマイナスをプラスに変えていくことのほうが重要ではないでしょうか。

その行いを仏様はどこかで見ています。合掌

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鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

三宝帰依、出離心、菩提心、諸悪莫作・衆善奉行・自浄其意

のえる様

川口英俊でございます。

http://hasunoha.jp/questions/204

この度は、上記問いと併せてお答えさせて頂きたいと存じます。

仏教においては、誠に難しいことではありますが、因果応報論、輪廻論、業論を扱いますので、できるだけ悪い行いを慎み、善い行いに励み努めることが望まれることとなります。このことは下記問いの拙回答におきましても少しく述べさせて頂いております。

問い「悪口や愚痴を言わない人って」
http://hasunoha.jp/questions/113

「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」

http://ja.wikipedia.org/wiki/七仏通誡偈

悪い行いを成さずに、しっかりと善い行いに励み努めて、心を浄めて、清らかに保つことが仏教の基本となります。

そのためには、まずこの苦しみの現実を知り、次にその苦しみには必ず原因があること、そして、その原因が解決できれば、苦しみは滅せれることを理解した上で、その原因を解決するための道(八正道・中道)をしっかりと歩むことが望まれます。

これが、釈尊の初転法輪において説いたとされる苦・集・滅・道の「四聖諦」でございます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/四諦

http://ja.wikipedia.org/wiki/八正道

私たちにおきましては、仏教を実践するために、まず三宝への帰依が求められます。

仏様とその教え(仏法)とその教えを護り実践している僧侶たち(先師たちも含む)への帰依となります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/帰依

そして、この苦しみの世界を何としても離れたいとする「出離心」、次に、悟りを求めたいとする「菩提心」を起こすことが大切となります。

菩提心に関しましては、下記を参照として頂けましたらと存じます。

「菩提心論」
http://t.co/aSBtLQQI

三宝帰依、出離心、菩提心をしっかりと保ちながら、悪い行いを慎み、善い行いにしっかりと取り組んでいくことが求められることとなります。特には三悪趣(畜生・餓鬼・地獄の状態・境涯)の輪廻に陥らずに、悟りを目指して来世も仏縁・仏法のあずかれる境涯に赴けますようにとして、是非共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

浦上哲也様  ありがとうございます。地獄など辛いに決まってるのに 覚悟ができてるという親鸞さんという人は凄い人ですね

星 大晃様  ありがとうございます。ちょっとのことなのにすごい違いですね

長谷川哲真  ありがとうございます。でもやっぱり怖いです(泣)

丹下 覚元  編集中…ということらしいですが見ていただきありがとうございました。

長谷川哲真  なぜ怖いかといいますとでは地獄はないのでしょうか?
       罪を犯した人間でもすべて許されるということなのでしょうか?
       

      罪を犯したらどうなるのですか?苦しみを味わった上また生き返るのでしょうか?

「地獄」問答一覧

地獄が怖いです。

この前ネットで私は知ってしまいました。 人が大切にしているものを壊しても無間地獄行きになると、それって本当でしょうか? 私は前に家のもので家族が大事に飾っていたガラスの置物をうっかり落として壊してしまった記憶があります。でも反省はしました。 しかしながら、どうしても地獄は怖いです。今でも身体が震えるほどです。 無間地獄って一度おちればもう無期懲役で人間界には転生できない…ゆえに責苦も強烈で他の地獄が平和に感じるほどで… もう恐ろしくてたまりません、そんな罪を犯した自分も恐ろしいしこんな大罪を犯してもなお、自分はなんてことをしたんだと思います。もう何もかもが怖いです。 他にも、嘘をついたり殺生をしたり、邪見を述べた事もあり、それらも善をほどこして洗おうと考えています。(ちなみに邪見って直訳すると間違いを教える事、つまり嘘をつたえたり述べたりする事でしたっけ?それも罪だと書いていました) こんな私ですが仏様は救ってくださるのでしょうか。無間地獄だなんて今までで一番恐ろしくて体が震えるというより血の気がひきます。 後、可能であれば邪見も罪にあたいするかどうかの調べもお願いします。

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地獄が怖いです。

実は僕、ネット内にて、ある事で悪口の言い合いになりました。しかも当然傷のつく言葉で、僕は相手に何度も「消えろ」的なコメントをしてしまいました。でも相手は「しません」と返してきます。 それでも僕は相手に何度も言い続けました。 しばらくすると、相手は自分のアカウントを削除していたのです。 僕はその時、相手が自殺したのではないかと考えてしまいました。 もしそうだとしたら僕は怖くてたまらないです。 しかもそうだとしたら僕は無間地獄におちてしまいます。 しかも落ちるまで2000年も。 懺悔しても報われないのでしょうか。 もちろん僕は懺悔するだけでなく善行を積み重ねたいと思っています。 ところでホントに相手は自殺をしたのかわからないですし、 こんな僕でも罪は軽減されるのかが不満です。 懺悔しても自分の心に後悔というものも残ってしまい、思い出すたびに鬱になりす。どうか鬱にならない考えなども少しでも教えてくださると幸いです。 これからは幸せに暮らしていきたいです! でも、無間地獄は怖いです… 改めて質問ですが、懺悔して善行を積み重ねたら、どんなに重い罪でも無間地獄は避けられるのですか? 2000年も落ちるのに、果たしてたすかるのですか?

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地獄に落ちかけたのでしょうか

初めて質問をさせていただきます。 私はよく印象的な夢を見ます。 ほとんどがその時の自分の気持ちや実際の出来事を反映していることが多いので、 自分なりに解釈し、現実世界の行動に反映するようにしていますが最近見た夢で納得が言っていないものがあります。 その解釈をお坊さんの視点でいただけないでしょうか? ========== 私は切り立った岩山に囲まれた峠に居ます。 そこには温泉施設があります。私は番頭さんに声をかけて温泉に向かいます。 温泉は階段を深く深く下ったところにありました。 暖簾には「男」「女」ではなく「嘘つき」「炎」と書いてあります。 変わった風呂屋だなあ、はて、どちらが女湯だろうと迷います。 なんとなく「炎」ではない気がして「嘘つき」の暖簾をくぐりました。 脱衣所は広く、そこには女性だけではなく、男性もいました。 混浴だったか、ではもう一方を見てみようと荷物を置いて「炎」の暖簾をくぐりますが、靴置きに並んだ草履がすべて大層大きいものだったので、やっぱりここは男湯かと思い「嘘つき」へ戻ります。 暖簾をくぐると、私の荷物が漁られているところでした。 ========== そこで夢は終りました。 夢なので大したことはない、思い過ごしだと思われるかもしれませんが私にとってはなんだか気がかりなのです。 シチュエーションとして、夢で見たのは地獄の入り口だったのでは? 炎の暖簾の向こうの草履は、鬼のものでは? 温泉ではなく、釜茹でにされるところだったのでは? もしかしたら何かしらの悪行を積んでいるのではないかと。 ポイントは、私は普段自分のことを嘘つきだとは思っていないこと。 こんな夢をみるきっかけになった出来事に心当たりがないことです。 自分が気付いていないだけで、悪い行いをしているのであれば改めたいですが無意識にやっていることにどう気付きを得ればよいのか方法を知りません。 お坊さんはこの夢をどう解釈しますか? また、無意識に悪行を積んでしまっていたとして、無意識下の行動を改めるにはどうすればよいのでしょうか。

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地獄はないと思っているのに、怖いです。

地獄が怖いです。考えるだけで手汗が出てきて、時には体が震えたり、ちょっと泣きそうにもなります。 矛盾していますが、私は地獄はないと思います。人によってたとえ同じ文化の中で生きていてもちょっとずつ善悪の考えは違っていると思うからです。その中で「この人は天国、地獄」と決めるのは難しいのではないかと思います。だから、死後の世界があるとすれば現世と同じような感じだと思います。そこで何年か過ごして、生まれ変わるんじゃないかと思います。 そう思っているのに、何故か地獄が怖いです。きっと、自分が今まで色々してきたことへの罪悪感が原因だと思います。 臨死体験者の方の中にも地獄があるとおっしゃっている方がおられると知りました。もし地獄があれば、私は確実に地獄行きだと思います。日々嘘をついていますし、食材への感謝を忘れてただただ貪って食べてしまうこともよくあります。人も自分もたくさん傷つけてしまいます。虚栄心も強いです。ここには書ききれないぐらい悪いことをしていると思います。 せめて、少しでもいいことをしよう。少しでも毎日生きれていることに感謝して生きていこう。そう思って、少し人に優しく接せるようになった気がします。時々「でも毎日生きてる。生かされてる。ありがたいなぁ」と考えられるようにもなりました。 それでも、時々怖くなります。こんな私が死後地獄に行きたくないというのは傲慢なのかもしれません。それでも地獄に行きたくないです。落ちるまでに何年もかかる地獄があるとも知りました。そこに落ちながら「あぁ、あの時ああしとけばなぁ」と後悔している自分なんて、想像しただけでも辛いです。どうすれば、地獄について深く考えなくても済むようになるでしょうか。 拙い文章で申し訳ありません。ご教示頂けますと幸いです。

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目蓮さん地獄の次の人生で二大弟子?

目蓮さんの最期は、過去生の悪行為の報いで壮絶なリンチだったという話は有名ですよね。 前の生は地獄に落ち、その期間が終わって、目蓮さんとして生まれて お釈迦様の弟子になる人生を生き。 地獄に行ってすら刈り取りが完了していない業があったから、リンチを受け、亡くなったのですよね? 前の人生で淫に耽り親を殺して(他の説あり)、地獄にまでいくほどの存在が、地獄での期間を終えたとはいえ、 地獄の次の人生がいきなりバラモン生まれのお釈迦様の二大弟子ですか?!と、驚いてしまいました。 よほどの凄い善因もどこかの過去生で 作っておられたということでしょうか? 2、地獄がらみで疑問に思ったこととして 別の話ですが、このサイトの問答で、或るお坊さんが、ご自身の来世は地獄だと述べておられるのを目にしました。 何ゆえにでしょうか? ご謙遜で、自分は地獄行きと仰っておられるのでしょうか? 熱心に仏道を学び、智慧と福徳の修積に努めておられるご様子なのに、それほどの生き方をして、来世が地獄だとは…。 特に悩んでいるわけではないのですが、 もし教えてくださる方いましたら、宜しくお願い致します🙇

有り難し有り難し 11
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地獄に行くことが怖いです。

中学一年です。私は今まで悪いことをたくさんしてしまいました。虫を殺したり、盗みをしたり、人の悪口を言ったり、嘘をついたり、地獄に落とされるようなことをしてきました。盗みや人の悪口は、地獄に落ちる落ちないではなく、人としてやってはいけないことだと自覚したので、もう絶対やらないと決めました。でも嘘をついたり、虫を殺すのはやめられないんです。嘘は見栄をはってし言ってしまうときがあるし、友達を笑わせたいから作り話をしたり、蚊が飛んできたら刺されたくないから殺してしまうし、足元にアリがたくさんいたら気づかず踏んでしまうこともある。 そもそも私はあの世とか、地獄とか、そう言うものを信じていませんでした。目に見えるものしか信じないし、信じられない。でもそれは自分に地獄へ落とされるようなやましいことがあったからなのかもしれません。今まで頑なに信じなかったあの世や死後も亡くなった人に聞いてみないと分からない。でもそんなことできない。今は、あるかもしれないと思っています。 私は死ぬのが怖いです。地獄に行きたくないです。でも嘘をつかないで生きていくなんて無理、虫を殺さないなんてできない。 私は人を笑わせるのが大好きです。面白いことを言ったり、面白い絵を描いたり、友達を笑わせています。決して誰かを馬鹿にして笑わせたりはしません。自分の好感度を上げたい、という気持ちと、この人を喜ばせたいと言う気持ち、両方あります。こんなことでも過去の償いになりますか。 極楽、地獄はどうして存在するのでしょう。悪いことをさせないため?でも地獄に行かないために悪いことをしない、極楽に行くためにいいことをする。それって死後の世界のためにこの世で生きているようなものじゃないですか。 どうか教えてください。

有り難し有り難し 15
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この世こそ地獄

私はうつ病4年目です。 子供や親を養うために仕事を辞める事も休職する事も自殺する事もできません。 病気は治るわけもなく、毎日クタクタになって帰宅しています。 休日は、ほとんどベッドの上です。 疲れやすく、何もする気になれず、欲しい物もないし、テレビも読書も以前好きだったのに何にも興味を持てず、ただただ毎日なんとか『生きるしかない』状態です。 自分が不甲斐なく、『生きなくてはいけない』事に疲れ果てています。 死 とはなんですか? 地獄 とはどこですか? 極楽浄土 とはどこですか? 私は、 死 とは、無 になることと思います。魂とか怨念とかそんなものはなく、ただそこにいた人間が居なくなり 無 になるのだと思います。 地獄 とは、存在しないと思います。 もし仮に輪廻転生があるのだとしたら、今生かされている この世こそが 地獄 だと思います。 うつ病だと知ると平気で差別し偏見を持ち疎外されてきました。 今、死にたい人に安楽死を許可したら世界の人口はいったいどの位減るのか…そう考えていただけたら私が言う この世こそが地獄 と言う考えを理解していただけるのではないでしょうか。 極楽浄土 とは、存在しないと思います。 もし仮に輪廻転生があるのだとしたら、転生されなくなった時を表しているのだと思います。 私は今生かされていますが、状態からすればもう 無 なのだと思うのです。 まとまりの無い話になりましたが、このまま、この世で死んだ様に生きていく事に意味はあるのでしょうか。 家族を養う事は大切です。 ですが充分な保険に入っているので大丈夫だとも思うのです。 残された人の気持ち…と言われると辛いのですが、どの道人はいつか死ぬのです。 この先も生き続けなければならないならば、こんな私はどのような心持ちで生きたらよいのでしょうか…

有り難し有り難し 21
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地獄が怖いです。

以前の質問に回答していただいたように懴悔をしようとしましたが、何がなんだか分からなくなりました。 ごめんなさい。 どうしたらいいのか分かりません。 これまでの質問を含めて、今までたくさん良くないことをしてきたと思います。 今日や、今もしてしまっているかもしれません。 これからもしたりしてしまうと思います。 hasunohaに「絶対にしないように気をつける」というようなことを書いたことに近いこともしてしまっているかもしれません。 自分が悪く、自分勝手だとは思いますが地獄が怖いです。 これから、できる範囲で同じ過ちを繰り返さないように気をつけていけば許されますでしょうか。 今は、地獄が怖いのが原因か分かりませんが、以下のようなことを寝ている時以外ほとんどの時間気にしたりしてしまっている気がします。 ・様々なことで謝ったりなどをする。 自分が納得できる謝り方?ができるまで繰り返したりなどします。 ・考えたらいけないようなことなどを、ふと考えたりしてしまう。また、「考えたらダメだ」などと分かっているかもしれないのに考えてしまう。 それらを取り消そうとしたり、謝ったりすることがあります。 ・完璧?でないといけないと思う。 細かいことも気になり、「もし〜だったら」などと確認したり、やり直そうとしたり、やり直したりしてしまいます。 これら以外にも気にしたりすることがあると思います。 辛いです。 分かりにくい内容だとは思いますが、よろしくお願いします。

有り難し有り難し 9
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