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友人の死を受け入れていないのでしょうか

2年前に、友人が病気で亡くなりました。

他の友人も交えて仲が良かったので、友人(以下A氏)が友人が亡くなった(亡くなった友人はB氏)3ヶ月後位に、B氏の母親に電話で、「B氏にお線香をあげたい」と言ったら、B氏の母親は「辛いので来ないで欲しい」と言われました。
A氏と2人でやり取りして、B氏の母親にお花とB氏が元気だった頃の写真と寄せ書きを送りました。
B氏の母親は喜んで「ありがとうございます。B氏の横(納骨していなかったので骨壷)に置いておきます」という電話を頂きました。

それからB氏の母親と寒中お見舞いなどでやり取りするようになり、今年になって「B氏のお墓まいりに一緒に行きましょう(一周忌でお墓に納骨した)」という手紙を頂きました。

B氏が亡くなって2年経って、B氏の母親とお墓まいりに行きました。
墓石にはB氏の名前が書いてあり、B氏の母親は「B氏はここにいるよ。今日はお友達が来てくれたよ」と話しかけていました。
私よりも先に、B氏の母親とお墓まいりに来たA氏は「A氏はまだ居ると思ったけど、お墓を見て死んだと実感した」とB氏の母親に言ったそうです。
私はお墓を見ても、B氏の死を実感出来ず、B氏の母親からA氏の言ったことを聞いて、ただ涙が出ました。

お墓を見れば、B氏の死を実感すると思っていましたが、実感するどころか、死を信じられず、「この中には別の人がいるのではないか」とも思いました。

お墓を見ても、その方の死を実感出来ないというのは、まだB氏の死を受け入れていないのかも知れません。

このような気持ちでお墓まいりをしたことは、B氏やB氏の母親にとって、失礼になりますか?
宗教について知識不足ですが、お坊さんの視点からお答え頂けると幸いです。

身近な人の死
有り難し 5
回答 1

質問投稿日: 2017年8月21日 10:09

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

なかなか実感できないですよね

拝読させて頂きました。
そうですね、私達は人が死ぬ事は頭ではわかっていたとしても心底理解はしていないのが実情でしょう。
ですから親しい方々はある日突然亡くなり通夜葬儀に参列してご供養しても、火葬されて遺骨になってしまってもその死をそのまま在りのまま受け入れるということは難しいのかと思います。
人の生活が何でも便利になり、死に対してもあっさりとして綺麗になってしまって余計に実感として湧かないのもその一因であると思います。ですからあなたがそうお感じなさるのは別に失礼ではありませんよ。

昔は家で人は亡くなっていきそして家族近所全ての方で支度をして弔いました。通夜も葬儀も土葬する時も皆さんで死に顔を見て手を合わせて芯から心を込めて供養しました。皆さんがなんまんだぶ、なんまんだぶと心から願い死者を送りました。
ですから死と隣り合わせで皆生きていたのです。

あなたにとってもお友達にとってもその方が死んだ事の実感はなかなかわかなくて当たり前かと思います。

とはいえその方はもう既に仏様の元にて心安らかになられていることでしょう。これからもどうかその方を合間合間に思い出してその方に手を合わせて真心こめてご供養なさってくださいね。あなたのその気持ちは必ずやその方に届いて参りますからね。

いつも日にかあなたがその生命を全うなさる時が参ります。そして仏様に導かれてあなたはその方に再び会うことになるでしょう。そして再会を喜び分かち合うことでしょう。
それまでの間どうかその方には私達を見守っていてくださいね、とお願いなさりご供養なさってくださいね。

あなたとその方とのご縁は友情はこれからもずーーーーっと続いていきます。どうかそのご縁を大切になさってくださいね。

そしてあなた自身も己の人生をしっかりと悔いなく生き抜いて下さいね。きっとその方があなたを優しく見守っていて下さるでしょうからね。

1年10ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

kousyo Kuuyo Azuma 様
ご回答頂き、ありがとうございます。
親しい方の死を受け入れるのに時間が掛かるのはお坊さんも一緒だと聞いて、少し気持ちが安心しました。

昔のように今はご近所の方も含めて亡くなった方を送ることは少なくなったのも、死を実感しない原因に大きな影響を与えているかと思いました。

そうですね。
今は近くに居なくても、友人はきっといつも見守ってくれると信じています。
私もいつか、人生の終わりを迎えてまた再開した時に、「今まで見守っていてくれてありがとう。あなたのおかげで、ここまで来れた」と伝えられるように、友人の死を受け入れいきます。お墓まいりに行ったら、両手を合わせて友人の供養をしていきたいです。
最近は色々と考えることが多いのですが、後悔のない人生を送れるように日々過ごしていきます。

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