「如是我聞」とは誰が言ったことですか?
ご質問させて頂きます。
「仏説阿弥陀経」の出だしで「如是我聞」とあります。
現代語では「私はこのように聞きました」と教わりました。
阿弥陀経の内容は、お釈迦様が説かれた法であることは理解できたのですが、いったい誰が聞いて伝えてくれたのか?
当時のお坊さんとか、名前はあるのか?とか、気になります。
また、他のお経にも「如是我聞」から始まる お経がたくさんあると聞きました。その他のお経も阿弥陀経の「如是我聞」の人と同一人物なのでしょうか?
お教え頂ければ 幸いです。
よろしくお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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お釈迦様のお弟子さんの阿難尊者ですね。
私(阿難尊者)はこのように聞きました。からはじまります。これはお釈迦様が亡くなった後でお弟子さん達が集まって教えをまとめた時に、一番たくさんの教えを側で聞いていた多聞第一と呼ばれた阿難尊者が教えの確認の役目を担ったことに由来しています。他のお経も同じだと思いますよ。
ちなみにお釈迦様が話した相手は舎利弗尊者です。阿難尊者は、それを側で聞いていたか、あるいは、そのことを後でお釈迦様から聞いたという事です。
詩歌に「作者不明」があるように…
はじめまして。シマダイッセイと申します
如是我門というお経の切り出しの常套句の質問ですが、
先にお経の成り立ちについてお話を致します。
…今から数千年前、まだ文字が発明されるより前の時代に、ゴータマ・ブッダは大勢の弟子に教えを説いて、その生涯を閉じました。弟子たちはその教えを口頭で、伝言のように人々に伝えてゆきました。
その後文字が発明され「ブッダの教えを文字で記録しよう」という段になって、ブッダの弟子たちは結集(けつじゅう)という集会を開いて各々が記憶しているブッダの教えを発表しあい、すり合わせてゆき、教えの本来の姿を思い出し、記録してゆきました。
そして教えを文章化する際に「この教えは私が考え付いたものではない。
ブッダが私たちに残してくれたものだ」という意味合いで、「私はこのように聞いた」
という書き出しで、多くのお経は始まるのです
…さて、如是我門の「我」ですが、多くの場合、
アーナンダ(阿難)という仏弟子であるというのが定説です
このアーナンダはブッダの侍者であり、ブッダの一番近くで、一番多くの教えを聞いた仏弟子でした。実際に彼は今日の日本でも「多聞第一の阿難」とも呼ばれます。先述の結集を開く時にも、教えを最も多く記憶していたのはアーナンダだったのです
とはいえ、お経が文字化されたのはブッダが生涯を閉じてから数百年後です
それまでずっと伝言ゲーム(例えは悪いですが)で伝えて来たもので、大なり小なり
最初に教えを聞いたアーナンダとズレが生じる事はあるでしょうし、
また、お経が文字化された後にも
「〇〇経の第〇章は長いから2章に分割して各々別タイトル化する」とか
「✕✕経の第✕章は格別にイイ話だから別のお経にも収録しよう」とか
「◆◆経の欠損していた第◆章が大富豪の倉の中から出てきた」とか
果ては
「◇◇先生のお考えは素晴らしい!後世に残すために如是我聞と最初に付けて流布しよう」
なんていう事が、あったとか無かったとかです。
結局のところ、如是我聞の“我”とは誰なのか…
私の好きな話に「それは今お経を手に取ったお前のことだ」というのがあります
詩歌に「作者不明」あるように、我々は純粋に
「数千年前に記されたお経を読むことが出来る」
事を喜ぼうではありませんか。
如是我聞
『 シャーリーホーツ 』と、何度も出て来ますね。
お釈迦のお弟子
智慧第一 の 舎利弗 様に、お釈迦様が語られたものです。
お釈迦様が、一方的に 語られるお経ですね。
36回も、出てきます。
質問者からのお礼
沢山のご回答誠にありがとうございます。
勉強不足で申し訳ありません。「阿南尊者」のことだったのですね、
是をいい機会に自身の勉強を進めていきたいと思います。
また如是我聞とは今お経を手に取っている私の事という味わい方があるのだと、心にしっくり来た思いがしました。
感謝いたします。素晴らしいご縁をいただきました。