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自分の人生を生きるには?/現実を見て真っ当に努力するには?

「他人と比較しすぎだ」「周りから影響を強く受けすぎだ」「もっと自分の人生を生きなさい」とアドバイスされることが多くて、
意識して変えようとしてみているものの、うまくいきません。

小さい時から他人とものすごく比べて生きてきたから、
確固たる自分を持ったり周りに悪い意味で振り回されないようにするのはなかなか大変だなぁと痛感しています。

どうやったら「自分の人生」を生きられるのでしょうか。

あと、昔から現実逃避癖が治りません。

自分の実力や恐ろしい現実を見るのが怖すぎていつも見ぬふり。
あとで痛手を被るのは自分だとわかっているにもかかわらず、いつも同じ失敗、同じ後悔。

「本気を出せば自分だってできるかもしれない」と夢見て現実をごまかし、
「今日もダメだった、明日こそ本気出す」と思いながら眠る怠惰な毎日の繰り返し。

どうしたら現実を見て努力できますか。

有り難し 35
回答 2

質問投稿日: 2015年10月31日 15:18

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

価値判断をしないで物事を見ること

亀山純史と申します。

はじめに、現実とは何かを、勉強を例に挙げてお話をします。
ある人は英単語を一日に20個覚えるでしょう。またある人はその半分の10個を覚えるでしょう。さらには、5個ぐらいなら覚えられる、という人だっていることでしょう。それが現実です。それに価値をつけ出す、つまり、「20個「も」覚えられる。」とか、「5個「しか」覚えられない。」と言った判断を下すと、物事は現実そのものから遠のいてしまいます。

仏教はありのままに物事を見ることを説きますが、それは物事に価値を付けずに見ることであるとも言えます。価値とは常に相対的です。私は普段は高校で英語を教えているので、ここで英語の比較表現を例に挙げてお話をしましょう。英語の比較表現にno more than Aとno less than Aという表現があります。前者は「Aしか」後者は「Aも」という意味です。具体的にAを100にすれは、前者は「100しか」となり、後者は「100も」となります。どちらの表現にしても、数は100です。それを多いと判断するか、少ないと判断するかで、no moreかno lessになるのです。でも、事実は100以上でも以下でもないのです。
このようにしてみると、大切なことは、まず、価値判断をしないで物事を見ることです。その上で物事を判断するようにしましょう。

現実逃避においても、今日は何をすることが出来て、何が出来なかったかを確認することで十分です。出来なかったことに「これではだめだ。」という価値判断を付けようとすると、人によっては現実逃避へと進んでしまうのです。また人の中には、ハスミさんに対して「こんなにも自分の人生を考えているなんて、素晴らしい。」と思っている人だっているはずです。一方ではハスミさんご自身のように、「自分の人生はこれではいけない。」と考えている人もいるわけです。どちらも価値判断であり、すべての価値判断は相対的です。

以上、まずは、物事を価値判断せずに見るように、努めてみてはどうでしょうか。

3年9ヶ月前
回答僧

慈眼

現実とは

現実には恐ろしいことはありません。
あなたが現実だと思っていることは、あなたの思い越しに物事を見ています。

例えば何かの試験を受けて不合格だったとします。現実はここで終わり。この後、あの時もっと努力しておけばよかった。自分はダメな人間だ。と考えるから現実から離れる。事実は現実を間違えなく生きています。良し悪しはありません。何の問題もない現実があります。

あなたは、ただやるべきことをやればいい。やった先のことなど考えず、結果はその後ついてきます。考え、心配している暇はない。目の前のことをやればいいのです。

3年9ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

回答ありがとうございました。
なるほどー現実そのものに良し悪しやらはないんですね。びっくりしました。。。私が勝手に評価しているのですね。。。
目の前のことを淡々とやっていこうと思います。そして価値判断せずにものを見れるよう努力します。

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