自分に自信がない理由
自分に自信がありません。
いつも、母に私が失敗したりできないと
お前はいつもそうだ。とか、
できないと思った。とか言われます。
別にお母さんのことが嫌いとかそういうわけではないし、むしろ尊敬してます。
でも、小さい頃からそれを言われ続けてきたので
なんだかいつもやってもうまく行かなさそうとか思ってしまって全部が中途半端でそんな自分も嫌いです。
今試験を受けて大学に入るのも、
将来やりたいことに役立つのかもわからず、
就職してゴールみたいな感じなのも嫌で、
私は就職の前に自分のしたいこと(歌を歌って色んな人に聴いてもらい有名になること)をやりたいですがお母さんはまず反対すると思いますし、
今まで誰のために頑張ってきたのかとか話されるのも分かってます。
たった一人の家族なので絶縁とかになりたくないです。
ただ今までお母さんのために悪い子に思われないように生きてきたのは確かです。
離婚した時、本当はグレたり、学校行かなくなったりできるならしたかったです。
そんな自分も嫌でした。
自分の殻を破りたいです。
どうか回答お願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「母のために」が「母のせいで」にならぬよう
母のために
母に認められるために
母の嫌がることはしないために
そうやって生きていって、お母様がお亡くなりになったらどうなると思いますか?
自分の人生から意味が失われてしまいませんか?あるいはようやく自分の人生を送ろうと思ってももう遅すぎると今度は
母のせいで
と、「母のために」を「母のせいで」に変換してしまうおそれはありません。「誰かのために」は常に「誰かのせいで」という言い訳や責任逃れと表裏一体の危険性があります。
仏教では中道(極端にどちらにも偏らない)を説きます。あるいは自利利他円満(あなたのためと自分のためがバランスよく調和している)を説きます。
本当の「母のために」はあなたが「自分のため」にしっかりと地に足つけて生きられた時に達成されるのかもしれません。そんなあなたの姿をみてお母様がもう大丈夫だと安心出来た時に。あるいはあなたが「母のおかげで」という視点に気づけた時に。
それは何もお母様のいう堅実な道を捨てて自分の好きな歌手を自分のために目指しなさい、という単純な話ではありません。
好きで食えたらみんなが芸能人になれるし、みんながプロスポーツ選手になれるはずです。でも現実はそうではありません。
お母様の教えがあなたを縛り付ける鎖ではなくて、本当に「自分のしたいこと」そしてその「覚悟」を問うてくれるものとして、言うならば「母のおかげ」で「自分のために」に気づけたのだと、そのように昇華できるようにまずは自分を見つめましょう。そうでないといつまでも「母のせいで」に逃げることになります。
どの道を選んでも「これが私の道」なんだ、そしてこの道を歩めるのは母をはじめ多くのご縁による「おかげ様」なんだと。そんな大きくてゆとりのある視点で歩めますように。
あなたを殻にとじこめるのは母か、あなた自身か
「母のせいで」か「母のおかげで」か今そこが問われています。
幼少期からの生育環境が考え方や自己肯定感に与える影響は確かに大きいのでしょう。でももう自分の判断で責任をもって巣立てる時期ではないでしょうか。
失敗してもいいのです。失敗すらも自分で受け入れて乗り越えられる時、お母様もあなたも安心なさることでしょう。
質問者からのお礼
ありがとうございます。
たしかに母がなくなったら今私の中身は空っぽになると思います。何もしないような状態。
もう一度自分を見つめ直してみます。
でも、やりたいことはやらないと後悔しそうなのでそこは譲れないような気がします、、、