hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

毎日のお勤めについて

回答数回答 4
有り難し有り難し 47

いつも色々と質問にお答え頂き、ありがとうございます。母の一周忌が1ヶ月後となりまして、少し落ち着いてきました。ありがとうございます。

病のため休職しており、時間があるので両親、祖父母の位牌、御先祖様に毎日欠かさず朝夕お勤めさせて頂いております。

我が家は真言宗で、真言宗の増田様からお教え頂き、お経もあげさせていただいていますが、毎日お唱えしていると慣れてきたのか、般若心経を唱えながら別のことを考えてしまいます。
職場の事や、兄とのいざこざ等なぜか嫌なことばかり思い出します。本来ならば両親や先祖の成仏、冥福を祈りながらお唱えすべきかと思いますが、母を亡くした悲しみが癒えつつあるとともに、供養の気持ちがなくなりつつあるのか、罪悪感を感じます。
ある宗教家の方に、7年間は母の霊は知り合い等に挨拶廻りをし、その間は仏壇に戻ってくるといわれました。それなのにこんないい加減なお経をあげています。
ここでご回答いただく先生方は毎日毎日、何年もお勤めを続けておられると思いますが、どのような気持ちで続けておいでなのですか?修行をされ、勉強もされ、長年仏道を歩まれておられる先生方に、とても失礼な質問ですが、申し訳ありません。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

道を外れてばかりの私です

あんくまさま

今回のご質問を頂いて、改めて自分の読経する時の気持ちを考えました。

私も、ごく最初の慣れない頃は一所懸命にお経を目で追い、無心に声を出していましたが、今はほとんど無意識に読経できてしまいます。
朝のお勤めをしながら、暑いなぁ寒いなぁと余計なことを考え、法事の読経を勤めながら、この後なにを話そうか、と余計なことを考えています。

ご質問の回答にはなりませんが、初心を失っていた自分に気づかされました。そして同時に、初心でいることの難しさ、無心に読経することの難しさにも。

それが私という人間の本性なのでしょう。
でも「私」だけが亡き人を供養するのではなく、最終的には仏さまが亡き人をお救い下さるのではないか、と私は思います。

そして、煩悩を離れられず余計な思いを捨てられない私をも、仏さまはお救い下さるのではないでしょうか。

{{count}}
有り難し
おきもち


浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

仏様のまえに身を置く

あんくまさま、こんにちは。
真宗の釈理薫と申します。

朝夕のお勤めは、全仏教徒の慣習とはいえ、どこまで心を込めてお勤めすればいいのでしょうか。

毎日のお勤めともなりますと、最初の慣れない頃よりだいぶ経典を見ないでも口をついて出てくるようになるかと思います。
次に大事なのが、内容を意識しながらお勤めをすることかと思います。
そして、最後には自然に言葉があふれ、仏さまと自分とが一対一で語り合う場になっていくのではないでしょうか。

いま辛いこと。
哀しいこと。
うれしかったこと。
どうでもいいが、心をよぎったこと。

それらをすべてさらけ出し向き合ってくださるのが、仏さまのような気がします。

日々のお勤めは、仏さまの説法を毎日聞いているということです。
そこで、日々の悩みや報告を仏さまになさってはいかがでしょうか。

それこそが、毎日仏様のまえに身を置く大事さだと思います。

{{count}}
有り難し
おきもち


平松理薫(釈理薫)
真宗大谷派(東本願寺)僧侶 東京品川 日夜山正徳寺 住職 主な活動...

普通は49日前後で成仏します。

特にこの世に未練が無いのなら、普通は49日前後で成仏します。
あんくまさんが毎日勤行を欠かさずなされていることを
お母様は喜ばれていると思います。
人間ですもの、邪念があって良いのです。
神様では無いのですから。

{{count}}
有り難し
おきもち


50代、妻と娘2人。 若い頃はタイやインドなどアジアを中心に10年程旅行...

ただただ集中・・・

あんくま様へ

素朴な質問ありがとうございます。
改めまして自分の行について振り返りの機会をいただきました。

ただお勤めをするという行だけに集中しております。
そして心の中で
世界平和、すべての人々が幸せでありますように
と祈願させていただいております。

ただこの気持ち、この行に集中することは
言葉にすると簡単ではありますが、大変難しいことでございます。
しかしそのことへ挑戦することに意義、ご縁があると思っております。合掌

{{count}}
有り難し
おきもち


鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

質問者からのお礼

釈 理薫様いつもご回答ありがとうございます。すべてさらけ出し向き合ってくださるのが、仏さま。毎日の気持ちをさらけだし、素直な気持ちで仏壇にむかえば仏様と対話できるようになるでしょうか?そうなれるよう続けていきたいと思います。

水上 昇真様いつもご回答ありがとうございます。そうですよね、49日で仏様の仲間入りすると聞いたのですが・・・。「人間ですもの、邪念があって良いのです。神様では無いのですから。」とても救われます。ただ形だけの供養になっていないか、両親や祖父母ご先祖のためになっていないのではと反省していました。毎日、仏前で手を合わせる、そしてその時の気持ちで素直に語りかけて行こうと思います。ありがとうございました。

浦上 哲也様いつもご回答ありがとうございます。人は無心になれるのでしょうか?浦上様が仰る通り、色々考えてしまいます。「「私」だけが亡き人を供養するのではなく、最終的には仏さまが亡き人をお救い下さるのではないか、と私は思います。そして、煩悩を離れられず余計な思いを捨てられない私をも、仏さまはお救い下さるのではないでしょうか。」煩悩だらけの私には、とてもありがたいお言葉です。それゆえ余計に慈悲深い仏様に甘えていてはいけないのかな、供養の気持ちを忘れずに毎日のお勤めに励んでいこうと気持ちを一新したいと思います。

鈴木光浄様ご回答ありがとうございます。日々のお勤め、慣れでしょうか、別のことを考えてしまいます。当然、両親、ご先祖の冥福を祈る気持ちはあるのですが。しかし、浦上様の最終的には仏さまが亡き人をお救い下さるとのお言葉、釈様のすべてさらけ出し向き合ってくださるのが、仏さまとのお言葉、そして、人間ですもの、邪念があって良いのです。 神様では無いのですから。とのお言葉に救われます。今は穏やかな気持ちで仏壇に向かえ、素直に話かけられるようになりました。あまりにも固苦しく考え、構え過ぎていたのかなと思います。今はいってきます、ただいまと普通に話しかけています。 皆様のアドバイス、ご回答のお蔭様で今月、一周忌を迎えます。しきたり、考え方等々色々とお教えいただき、なんとかここまで来れました、ありがとうございます。供養は自分の寿命が来るまで続けて行きます。今後ともよろしくお願いします。

「供養全般」問答一覧

考えの違いを受け入れる方法

故人を受け入れていくことや思い出を大切にしていくことは本当に大事なんだなと、お盆を迎えながら気付くこの頃です。 家族の初盆を迎え、残った家族それぞれの考えの違いが顕著になり、少し戸惑っています。子ども時代を過ごした中で、亡くなった家族は父母としての役割を確かに果たしてくれたはずなんですが、父母は当時私たちを祖父母に預けることが多かったようで、私と兄弟は祖父母を父母のように慕いながら育ってきました。 私自身も父母との確執は以前あったのですが、いい歳の大人になったのもあって受け入れられるように少しずつですが、なりました。 ただ兄弟だけが、確執というか、心残りのようなものが残った状態で生き別れてしまったようで。亡くなった家族に対してあまり心を開けないままになっているようです。確かに葬式などを過ごした中で悲しみや悔しさなどはあったのですが、あまり深い思いがないような心地がする様になったと。 母は、父が亡くなってからは受け入れるのに必死で。私と何かで衝突する時があったのですが、その際に今までのことがプツッと切れてしまったのか、子どもにように泣き出してしまって。 必死に父のことを受け入れたかったようで、今まで誰にも言えなかったようです。私はそのことに全く気づかず、母が今社会と切り離されたような生活をしていて孤立(専業主婦のため)していることに焦りと不安があり…。趣味など見つけようとしない母を問い詰めたり、何か始めたらいいのにとなじったりする始末です。 残った家族の関係性や、亡き故人への思いの違いがよりはっきりしてきて、そのことを受け入れるのに不安と怖さがあります。 兄弟がまるで非協力的に思えてしまったり(母に対してもあまり思い入れがなく)、私と1人の親戚のみが唯一母に対しても心開いて接することができるような状況です。この先どうなってしまうのだろうと、急に不安で。私自身、仕事にようやく慣れて自分の生活を再開できるようになったところです。 不安なことが多く、誰にも打ち明けられないのも現状です。何かアドバイスがあったらとすがる思いです。長々とした文章を読んでいただいて、ありがとうございます。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

先祖供養はどのような意味を持つのですか?

仏教について調べていると、葬式とその後の供養が最重要トピックの用に扱われているのが不思議です。 親や先祖の供養ってそこまで大事なのですか? 血縁ってそこまで重要なのかしら? 先祖供養は儒教ではないのかしら? いえ、私も木の股から生まれたわけではないので、縁なり因果なり何かしらあるのだろうとは理解はしていますが。 この世に産み落としてくれたことは有り難いのですが。 血のつながりばかり大事にしなくてもそこかしこに縁はあると思うのです。 個人的に家族の縁が薄いこともあり、 親や先祖のことはよく知らず供養もしていません。 私の死後供養してくれるものもおりません。 しかしそんな私が死んだ時も 仏さまなら何とかお慈悲をくださるのではなかろうか というのが信仰を持ちたいと思った動機なのです。 「私と仏さま」の話ならわかる気もするのですが「私と先祖と仏さま」の話がよくわかりません。 先祖供養が必須なら、親のない人間は仏さまに救っていただけないのでしょうか。 そもそも私の理解が間違ってるのかもしれませんが、 苦しみの多い輪廻の輪から解脱するため修行をしよう、また大乗仏教においてはいろいろな仏さまの力を借りたりおすがりして解脱にいたろう、 というように仏教的な死生観を解釈しています。 修行が足りず仏さまとの縁も結べなければ輪廻の次の段階に進むでしょうし、 宗派によっては生前から成仏しているわけですし 浄土系の宗派では阿弥陀さまのお慈悲によって極楽往生できるでしょうし…。 死後、死者の行く末に関して、生者はどれだけの干渉ができるのだろうか、というのが疑問です。 それは死者本人と仏さまの間の話ではないのかと思います。 そうすると供養とは何のためにするのでしょうか。 お教えをいただければ幸いです。

有り難し有り難し 42
回答数回答 4

義父、義母の菩提寺へのご供養依頼

義父が亡くなって7年、義母も10年前に亡くなっています。昨年子供である私の配偶者も亡くなりました。義父母の菩提寺(真言宗)、墓は遠方にあり、婚家の長男が墓や菩提寺とのお付き合いを受け継いでいます。だた、関心が薄く、面倒がり、一周忌の法要も特に集まったりはしませんでした。義父の葬儀の際から、配偶者が連絡役を行っていたり、直近では菩提寺への支払いを代わって行ったり(恐らく、七回忌に関連するもの)といった状況です。                                            今回配偶者の遺品整理等を行う中で上記のような状況を知り、お世話になった義父母に対して申し訳なく、感謝の気持ちを伝えたいこともあり、機会をとらえて、菩提寺にご供養をお願いしたいと思います。 義父が心を寄せていた土地であることから、依頼はその菩提寺にしたいと思います。                                       質問ですが、決まった年忌法要ではなく、私が個人的に法要等をお願いすることは可能でしょうか?また、どのようなご供養をお願いすることができるのでしょうか。 菩提寺さんにももちろんお尋ねしますが、電話、手紙でのやりとりとなり、あまり詳しくは聞けないこと、宗派による違い等があったらと思い、こちらで質問させていただきました。

有り難し有り難し 11
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る