隣の芝が青すぎて目にささる
お世話になります。
最近、なんでも羨ましく感じるようになったことが嫌で質問させていただきます。
メディアで好きな副職(本職?)で努力して楽しく儲けてます充実してます、といった特集を見かけるとすごいなと思いつつイライラし、
町で孫と楽しそうにしている老人が目について、(父を亡くしたので)なんであの人は生きているのに…と思ったり、
決めたら流されずぶれない生き方ができている友人を素直に尊敬できていたのに、最近は会ったあとに落ち込んでしまったり。
知り合いでもそうでなくても人の裕福さだったり、幸せそうだったり、すばらしいところばかり目について、うらやましくなる自分にうんざりしています。
気づいていませんでしたがこうなる前の自分は満たされていたみたいです。
友人やネットなどから身の上話を聞いたり見たりして、苦しくて辛い人がたくさんいるんだから、私も羨ましがってばかりいないで頑張ろうと奮い立たそうとしています。
しかしメラメラとするような嫉妬心がことあるごとに沸き起こるのを感じます。
これではいつか態度に出て大切な友人らも離れてしまいます。
なにかいい心のもちようがあれば教えていただきたいです。
よろしくお願いいたします。
父を労らなかった後悔、他人へのとめられない嫉妬
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
丁度よい
質問文を拝見し、こんな詩を思い出しました。
お前はお前で丁度よい 顔も体も名前も姓も
お前にそれは丁度よい 貧も富も親も子も
息子の嫁もその孫も それはお前に丁度よい
幸も不幸もよろこびも 悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は 悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度よい 地獄へ行こうと極楽へ行こうと
行ったところが丁度よい うぬぼれる要もなく卑下する要もない
上もなければ下もない 死ぬ月日さえも丁度よい
仏様と二人連の人生 丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時 憶念の信が生まれます
南無阿弥陀仏
(藤場美津路 作)
ヒマラヤにある超ド田舎のブータン王国は、国の景気をGDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)ではなく、GNH(国民総幸福量)というで評価するそうです。国内でいかに金や物が動いたかではなく、国民がいかに幸福に感じたかという尺度で、国家がガチで国民に調査します。高級外国車に乗っていなくても、ああ、今年もこの自転車でちゃんと仕事に行けたわいと思えば◎ 豪邸に住んでいなくても、ああ、今年も雨風しのぐ屋根があってよかったわいと思えばボロい家に住んでいても◎ ガッツリ貯金が無くても、ああ、今年もちゃんと毎日三度のメシにありつけたわいと思えば◎
仏教国ブータンは、坊さんでなくともこうやって【欲少なく足るを知る】という仏法を頂戴していらっしゃる国民の皆さんは、皆貧しくとも目がキラキラしていて笑顔が素敵。犯罪の発生率も世界で最も小さいそうです。
あなたの人生にとって、何かのヒントになりますように。拝
もう一度
拝読させて頂きました。
青く見えすぎて目にささるには理由があるのでしょうね。
せっかくですからあなた自身でまずはその理由を考えてみてはいかがでしょうか?
あなた自身のこと、周りの方々のことを見つめていく中で何かしらヒントがあるのではないでしょうか?
或いは目に見えることと表に出てこないことがらについても見つめなおしてみてはいかがでしょうか?
ものごとも人も表面だけで見ていては本来の姿はわかりません
人の境遇や苦労や努力もありますし、様々なつながりもあり、その中で今目に見えているのですからね。
じっくりと見つめなおしてみてくださいね。
その中であなたは新たに発見もあり、再確認することもあるでしょうからね。
質問者からのお礼
転落院様
小気味のいい詩有難うございました。 一人で「こんな私にちょうどいい」とつぶやいたら少し笑えてきました。
身内に対しては死ぬ月日さえちょうどいいっていうのは思えないですけど、自分がもう長くないってわかる時がいつかくれば、死を迎える恐ろしさが少し和らぎそうですね。覚えておこうと思います。
確かに幸せを感じる閾値が上がっている気がします。ブータン人のように下げないとです。
そういえば昔は(飢餓や内戦が起きていないこの時代の)日本に生まれてこれただけで幸せじゃんと人に言ってました。あのときの私どこ行っちゃったんでしょうか。 戻れるように努力したいです。
(ちなみに身内の実家が郡上です。嬉しいです。笑)
Kousyo Kuuyo Azuma 様
理由ですか・・、考えてみました。
家庭をもって、理想や憧れの生活のイメージができたからかもしれません。私が実現できないことを身近な友人たちがさらりとできていることが多く・・。(嫁なのに自分の親と同居、専業主婦で子育てなど)
あとはネットを検索しすぎて 慢性的に不特定多数の自慢話にあてられてちょっと調子がくるっているかもしれません。
(自慢とうけとめる時点で多分煩悩ですが)
他人の表面の余裕さばかり目につきますが、一息ついて、隠れている気苦労や努力、内面についても想像してみようと思います。 あとはあの人にちょうどいい・・ 私にちょうどいい・・ですかね。
(Azumaさまの回答によく「有り難し」していたので回答してもらえてうれしいです!)