お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

頭では分かっていても不安を払拭できません

何もかもうまくいかない、不安な気持ちを断ちたい(①失業、②健康、③騒音トラブル)

大学を卒業してから仕事を転々としてしまい(次で8つ目の職場です)、今は派遣SEをやっています(ブランクもちょくちょくあり、年齢的にも落ち着かないと…)。
①7月末に退職してから、まだ仕事に就けていません。
仕事に就かないとと思いつつ、健康問題と騒音トラブルに見舞われています。
②健康問題としては、今年4月にお腹を壊し、潰瘍性大腸炎の疑いで要経過観察中です。
③騒音トラブルというのは、新しく引越してきた隣人が音楽、映画を大音量でかけていてうるさいことです。
管理会社に電話するつもりですが、逆恨みなどが怖いです。独身男性で毎日部屋にいてちょっとおかしそうな人です。

不安や心配で悩まないように努めることで、不安に思う時間を少しだけ減らすことはできました。
しかしながら何もかもうまくいかず、毎日とても辛いです。

自分なりに考えて、とりあえず(とりあえずが癖になってしまっていますが…)
<体の具合が安定(最近は下痢血便などは大丈夫そうです)→やりたいことよりもできそうな仕事にとりあえず就く(とりあえずなので落ち着いたらまた仕事探さないといけませんが…)→貯金→騒音が解決しなければ引越し>
が一番良いような気がします。

しかし年齢的にも(30代前半)本当にそれでいいのか、そしてそのようにうまくいくのか心配です。

前回の質問から動き出したものの、ついていないというか上手くいっていません。。
よろしくお願い致します。

有り難し 9
回答 1

質問投稿日: 2015年11月6日 17:07

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

「取り敢えず」、私も同じです。

 などと書くと、「お前は”取り敢えず”坊さんやってるのか!」というお叱りが聞こえてきそうですが。でも多分、その通りなのです。
 例えばもし関東大震災が明日来て、お寺が倒れてしまった。放射能で東京に住めなくなった。声がつぶれて出なくなった。妻が失踪した。交通事故を起こしてしまった。可能性はまちまちでも、多分それらが”今はたまたま、ない”で揃っているから、「坊さんでございます」と言っていられるのだろうと考えています。hasunohaで喰っていけるわけでもなし。
 あとは、「自分が死んだ後は、仏さんが何とかしてくれる」と思っているからです(残された家族のことは視野に入っていないのです!)。
 で、ここからが分かれ道なのですが、「それは頭に入っている。理解している。で、どうする?」なのです。やるか?やらないか?行動するか否か?それが問題です。だって、「これこれの可能性がある」ことは、ほぼ誰でも等しく直面しているからです。
 その中で、「やりたい事より、できる事を」に気づかれたのは、大変聡明であると思います。「やりたい事」というのは、「できる事」の積み重ねの先にある時しか、実現できないからです。世の中盛んに「夢を持て・目標を持て」と言いますが、足元見ないでどうします?夢というのは、せいぜい「今踏み出す足の向き」を照らすことがある、という程度なのですよ。どっちが最短距離か?そんな俯瞰は持てないのです。むしろ「最短距離で行こう」を諦めて、「足で稼ぐ」ことでしか見通しは持てないのだと思います。
 でも面白いのは、「取り敢えず」で歩き回っていると、そのうち「歩き方」が上達することです。この年齢になって、記憶力とか衰えていると思うのですが、個々の事象の関係性とか、価値の有無について、感じ取れるようになってきました。恐らくこれは、脳の仕組み(多分、脳神経ネットワークと呼ばれるもの)と似ているのではないかと思います。
 「動きだしたものの、上手くいっていません」とのことで、辛く感じるかも知れません。でも、「取り敢えず」しかない、その積極的な意味を、ぜひ弁えつつ、歩き続けていただきたいと思います。

3年9ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

佐藤良文様
ご回答、ありがとうございます。
一度立ち止まると一歩踏み出すのが怖くなりますね。
歩き出せば、思うようにならなくとも、大事なことが得られるということでしょうか。
やはり、焦りを捨て「取り敢えず」しかないですね。

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