回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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高校以降はむしろ知識以外の方が大切
知識・勉強の仕方・考え方・伝え方・モチベーション管理の仕方・集中力
これらを学ぶためです。
調べたことを頭にストックしたものが知識です。字数節約のために省略します。
勉強する中で、勉強の仕方そのものを学ぶことも大切です。何でもググるだけで終わらせていると人並みの仕事しかできません。誰だってググりますもの。じゃあどんな資料を探すべきか?その資料はどこでどうやって手に入れるのか?質の良い情報と悪い情報の違いって何?これらは社会に出てからのレベルアップ力を左右します。
大学や専門学校で真面目にやった人と遊んでいた人の違いは、知識量ではなくここで出ます。
考え方そのものも勉強によって磨きます。論理力は使わないと育ちません。真面目に勉強すれば必ず「分からない!」にブチ当たります。そこで考えること自体に訓練としての意義があります。
考えるツールというものもあります。より効率良い作業工程に改善するなら、アローダイアグラムで課題を探すとすぐに見えてきます。何でだろう?何でだろう?と考えているだけではライバルに置いて行かれるわけです。そんなツールをどれだけ自分の引き出しに持っているか?アローダイアグラムなんかもう古典だよ!って言われそうな気もします。
伝え方。どこで仕事をしていても伝え方を磨かないと出世できません。より上のポストにつくということは、より多くの人達に責任を持つということです。先生に教わったり本を読みながら知識を得るだけでなく、表現の仕方まで注目して学ぶと良いですよ。
「俺、やる時はやるから!」こういうのは社会では通用しません。会社や顧客が求めて来たタイミングに合わせてやる気を出さないといけません。ちなみに会社が求めるタイミングとは、多くの場合、勤務時間中、全部です。給料(人件費というコスト)はイベントの日以外も発生しますので。イベントの時しか張り切らない人や、納得できないとやらない主義の人は要注意です。
学校でやれと言われた時にやれと言われた内容を勉強することは、モチベーション管理能力の訓練になります。
小学校、中学校、高等学校、専門学校や大学。大きくなるにつれて1コマあたりの授業時間は長くなります。これはその年代の人がどれだけ集中力が続くかで決められています。私たちは学校の授業を通じて、知らず知らずのうちに集中力を鍛えられています。
勉強した方が良いです
学校での勉強は「勉強のやりかた」の勉強
こんにちは。
村上春樹さんの著作「ノルウェイの森」の中で、勉強についてこんな話が出てきます。
(英語の仮定法現在と仮定法過去の違いを説明できることが何かの役に立つかと聞かれて)「具体的に何かの役に立つというよりかは、そういうのは物事をより系統的に捉えるための訓練になるんだと僕は思っている(後略)」
何かを身につけたいと思った時、自分はどのような手順で勉強すれば良いのかがわかっていれば、社会に出てから、学校や先生がいなくても、ご家庭で新しい事を身につけることができます。
勉強の方法は人それぞれ。暗記方法ひとつをとっても、書いて覚える方が良いとか、声に出して覚える方が良いとか、いろいろだと思います。ですから学校での勉強を通して、どうやったら自分は覚えたいことを身につけることができるのかを研究するつもりで勉強をすると良いと思います。