hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

乗りこえられない父の死

回答数回答 2
有り難し有り難し 17

2度めの質問になります。

11ヶ月前に父が亡くなりました(今月初めに一周忌を終えました)が、未だに父の死を乗り越えられません。

前回の質問でご供養を大切に。と言う事で、月命日にはお墓の掃除とご供養を忘れず 父への私の非道さを謝罪もしてきましたが、後悔の念や申し訳ない気もちは深くなるばかりです。

週に2、3度 父の夢をみては泣いておりますので、子供達も主人も 呆れている次第で、心のもやもやを吐き出すこともできません。
私はどうしたら、立ち直れるのでしょうか。
もう 回りに平気なフリをしているのも疲れました。

2017年12月20日 1:29

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

期限を切って乗り越えられる苦しみではない

拝読致しました。

お辛い経験をなされたのですね。かなぶんさんの心中をお察し申し上げます。
貴方にとって、お父様の「生と死の境界」が曖昧なため、1周忌を過ぎた今もなお頭の中は混沌としていて、苦しまれているように感じます。
「私の父は本当に死んでしまったのか。」と問い続け、死を受け入れられない。こうしておけば、ああしていればと自分を責め続けても、その気持ちが収まることはないでしょう。

この例えが適切かどうか分かりませんが、東日本大震災で傾聴のボランティア活動をしていた頃のことです。
3回忌を過ぎた頃から、現地でお会いする被災者の方々が、当時の状況やそれから後のご様子について口を開いて下さるようになりました。それまでは、押し黙ったままただ涙を流されたり、絞り出すようにポツリポツリとお話しされたりでしたが、ある時は震災発生のずっと前にまでお話は遡り、思わず目を細めたくなるようなご家族の団欒から小さな喧嘩に至るまでをお話しになることもありました。
そして、震災当時の様子を、まるでフィルムに焼かれた映像をコマ送りにするかのように、とても詳細に、とても整然とお話しされるのです。それはこの2年の間に、自責の念や悔恨の念に苛まれながら、神経が擦り切れて心がバラバラになってしまいそうなくらいに自問自答を繰り返し、刻印のように焼き付けられてしまった光景だからなのでしょう。
淀みなく淡々と話されるがゆえに、その言葉は鋭く、ズシリズシリと私の心に折り重なっていくように思えました。

私の中では、貴方と被災地の方がダブってしまいます。皆さんが経験された悲しみは、私たちが慮る程度の悲しみではなく、「もういい加減立ち直らなければ...」などと期限を切って乗り越えられるような苦しみではありません。

私たち仏教徒は、生者必滅・会者定離という理の中で、生の対極にある死ではなくて、生の延長線上にある死を見つめるからこそ、より豊かな生を生きることが出来るのだと考えます。
お父様の死を無理に乗り越えようとするのではなく、お父様の死に貴方が寄り添いながら、共に生きるのです。
かなぶんさんが少しずつお顔を上げて、豊かな人生を歩まれることが何よりのご供養になろうかと存じます。

2017年12月20日 11:08
{{count}}
有り難し
おきもち

初めまして。桑木茂光と申します。 大阪最北端に位置する能勢町にございます...

父の娘であったことを誇りにする。

かなぶんさん、こんにちは。

父の思いは素晴らしいですね。
でもそれでは父は喜びません。亡くなったことをなぜ?と思うのではなく、父があなたを30数年かけて育ててくれた思いで生きるのです。親の死は親としての子供への最後の教えです。人は必ず死にます。だからそこを乗り越えて生きなさいという最後の子育てのなのです。
あなたが悲しみ嘆けば、父の子育ては失敗したということになります。なくなった悲しみよりも、父の思い出を思い出して父の娘で良かったことを思い出してください。そして父の娘として、幸せに生きることを誓いなおして生きるのです。それが父への感謝の気持ち、父親孝行の実践です。そして自分の子供に、父の楽しかった思い出をたくさんしてください。それが子供たちの親孝行の勉強にもなります。

 いつかはかなぶいんさんもなくなります。その時に父に会うことができるはずです。それまでの時間は実は短いのです。それまでは仏壇の前で父と話すためにも読経をしてみてください。心が落ち着くと思います。

がんばって!

合掌

2017年12月20日 9:06
{{count}}
有り難し
おきもち

★僧伽(お友達)になりましょう。一緒に仏教を楽しみましょう★ Email...

質問者からのお礼

回答 ありがとうございます。
自分の心が自分でもわからない状態でしたが まさにそのとおりだと思いました。父の忌報を受けてからの事を未だに鮮明に覚えています。 後悔の念から 自分で焼き付けてしまっていたのですね。 そのため 死を受け入れられないでいるのだと、思います。
また、死とは父の最後の教えであると考えて 無理をして乗り越えるのでは無く 共に生きていこうと思いました。
心に刺さるお言葉 ありがとうございます。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

祖父の死を受け入れる覚悟ができません

初めて質問させていただきます。 拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。 現在唯一存命の祖父が長くないと言われました。 最初にその話を聞いたのは3年前のちょうど今頃の時期でした。 当時、祖母が亡くなって2年。一人暮らしを始め、なかなかうまくいって楽しい生活を送っていると聞いていました。 そんな祖父も寄る年波には勝てずそれほど難しくなかったのですが心臓の手術をすることとなり。そしてわずかな確率で併発すると言われていた脳梗塞を発症しました。 あれから3年。 病状も徐々に回復し、リハビリを頑張りそれでも麻痺は残ったため 1人で生活はできなくなってしまいましたが、施設に入り それなりに楽しく生活していました。 しかし先月再度脳梗塞を発症し、今度こそ寝たきりになってしまいました。 そして2週間前。 母からもう余命3ヶ月と伝えられました。 でももしもう一度脳梗塞を発症したらそれより短くなってしまうこともあると言われました。 私は頭が真っ白になり久しぶりに大声で泣きました。 そして私は今祖父母の家にいます。 両親に生後半年の息子を預かってもらって1人で来ました。 幼い頃から休みになるとよく来て遊んだ思い出がたくさんあるこの家に。 寂しくて、悲しくて着いてからずっと涙が止まりません。 祖母の仏壇の前で連れて行かないでくれと泣き、ふとした瞬間に様々な思い出が蘇ってはまた涙しの繰り返しです。 まだ祖父には会えていません。 明日病院にお見舞いに行く予定ですが感情を抑えられる自信がありません。 でも今回の面会が最後になるのは確実です。 後悔がないように、そして最後は笑顔で。 そう考える度に終わりが近いんだと思い知らされまた涙が止まりません。 幼い頃から私達姉弟を文字通り溺愛して1番可愛がってくれた祖父。 大人になってからも会いに行けば昔と変わらず可愛がってくれる祖父でした。 私の結婚も心の底から喜んでくれ、息子の写真も施設の部屋に飾ってくれて。 お盆になったら息子を連れて会いに行こうと話していた矢先の余命宣告でした。 人はいつか亡くなるって分かっていても。 でもその覚悟と気持ちの整理ができません。 どうしたら良いのでしょうか。

有り難し有り難し 13
回答数回答 2

仕事と父の死について

いつもお世話になっております。 突然ですが、先月の20日に医療過誤で父が他界しました。 それから1週間仕事をお休みを頂いて、今月から復帰しました。 新人という事もあり、仕事も覚えられていない中で1週間のブランクは大きく、失敗ばかりで先輩に呆れられてしまいました。 父の死に目にも立ち会えなかった事、生前父に恩返しの1つも出来なかった事、それら全てを見たくないと逃げるように仕事に行きましたが、仕事は失敗ばかり。家に帰れば父の姿はなく、現実が襲ってきて、帰って来るなり泣きながらシャワーを浴びて寝るという日々を過ごしてます。 会社の先輩には、もう少しお休み頂いても良かったんじゃない?と温かいお言葉を頂きましたが、社会人なのにいつまでも悲しみに暮れて仕事が出来ません。なんて言い訳が通用する訳もなく、殆ど気力で仕事をしてました。 けど気力でなんとかなるほど仕事は甘くなく、失敗ばかりして先輩には迷惑ばかり掛けてしまってます。 失敗すると自己嫌悪で半日は引きずるタイプで、泣き虫なのに泣いたら先輩に迷惑だと涙を堪えて、家に帰れば現実を受け入れられず泣いて。 会社の先輩方はいい人達ばかりで、父の死の事には触れず、仕事だけをきちんと向き合ってくれます。 それなのに私は、仕事は身が入ってない、覚えは悪い、失敗すると自己嫌悪オーラを放つ、キツく言うと泣く…… こんな自分が心底嫌で仕方ないです。 まだ四十九も新盆もあるのに、こんな 調子で母を支えられるのか不安です。 母は自分の心配だけしてればいいから!と言われましたが、頼りない姉のせいで私がしっかりしないといけないので、仕事中もこれからの事を考えて不安になってしまいます。 こんな負のループで何事も上手く行きません。 どうかこれからの事ご教示いただけないでしょうか。

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

恩師の死から現実が混乱する

こちらで恩師の死について何度も質問させて頂きましたが、相変わらず受け入れられない日々が続き一年以上たちました。でも一瞬、失った悲しみを感じることがあり急に号泣したり名前を呼んだりしてしまいます。でもまたすぐに理解できず、何事もなく普通に戻ります。自分では意識していないのにとうとう体の不調も出てきました。離人感に襲われたり、急に不安になったり、自分がもう一人いるような感覚になり、おかしくなりそうな自分を必死に閉じ込めるような感覚です。きっと内科的には異常はなさそうで、心療内科へ行くべきですが、行きたくありません。薬漬けにされたくもないです。 私は病んだり恩師の死にストレスを感じている意識はありません。でも、受け入れられず、理解もできず。。なのに恩師に会えない。一年も会ってないなんて不思議なあり得ない感覚です。 私自身とても戸惑っています。恩師と一緒に仕事していた頃の元気でパワフルな姿と、病気で痩せ細り変わりゆく姿も、同一人物とは思えず今も元気でいるような感覚もするし、でも病気になって亡くなった現実もたまに感じるし、自分でも混乱中です。あまりにも衝撃的な出来事だったのだと感じます。ゆっくり何年もかけて咀嚼しながら受け入れていくつもりでしたが、時間が経てば経つほど、自分の中で分離していくというか。元気な恩師がいる世界と、亡くなってこの世にいない世界を私が行き来しているような感じです。そのため、今が何曜日なのか今の季節が夏なのか冬なのかも分からなくなってしまうことがあります。恩師の死だけでなく、現実そのものが狂っていくような、ずれていくような。。 今いるこの世界も現実も、夢のような気がします。かといって、毎日泣いたり病んだりしていません。普通に過ごしています。体の不調や離人感を除けばいたって普通です。たまに混乱することがありますが、気持ちは消して病んではいません。専門家にかかるのが1番なのはわかっています。きっとそれが1番だと思います。でもその前に、ここで聞いてもらいたくて。私の心や体の不調はお医者様に任せようと思います。でも、また違った目線で私と恩師のことを見てくださいませんか、、

有り難し有り難し 19
回答数回答 1

心が苦しくて苦しくて

長分ですが、経緯をお話します 先月前夫が突然亡くなりました。 大動脈解離でした。 私と子供達が骨を拾いました。 昔から嘘ばかりをついて、お金でも、ものすごく苦労させられました。が、楽しい事もあったりで憎みきれず、生活を立て直す為5年間別々に暮らしましたが、孫の世話の為、近々また家族一緒に暮らすよう家の購入準備していました。 今だに嘘ばかりで亡くなってからわかりましたが、今年に入ってから仕事を辞め、働いているふりをしていました。さみしかったのか半同棲の女もいました。その女が倒れていたのに救急車を直ぐに呼ばなかった為手遅れで、私達は最期に間に合いませんでした。 私には「家族と一緒に暮らしたい」と言って家族で住む家を一緒に見に行ったりしていたのに、裏切られたようで。 私も強がって「一緒に暮らすまでは」と思い優しくしなかったし、頻繁に会わなかったし。 私がもっと早く家を決めて一緒に暮らしていたら、例え倒れても直ぐに病院に運んで半身マヒでも生きていただろうと自分を責める事しか出来なくて。 何が本当で何が嘘なのか、もう本心を聞く事も出来なくて、心にポッカリ穴が空いたようで、ただただ、さみしくて会いたくて、会って本心を聞きたくて。 四十九日までは愛する人の傍にいると聞きましたが、どっちにいるのかわからないし。さみしくて悲しくて。そんな事ばかり考えてて心が悲鳴をあげて心います。 助けて下さい。

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る