睡眠時の夢について
お世話になります。
睡眠時に見る夢の解釈についてお伺いしたいです。
私はよく夢を見ます。
医学的に見ればきちんと睡眠が取れていないとか、心理学的に見れば何かの欲求の現れだとかいろいろな話を聞きます。
私自身、夢の内容を覚えていることが多くそれによって起きたときの精神状態も変わることが有ります。
仏教的には夢はどのような解釈をしているのかお聞きしたく質問させていただきました。
宜しくお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
夢はあなたがあなたに必要なものを教えてくれる時間
仏教のなかでも、特に真言密教は夢を重要視します。
弘法大師空海が中国・唐にいるとき、大師の出世を快く思わない兄弟弟子の夢の中に四天王が現れ彼を打ちのめし、「弘法大師は仏に守られているんだ!」と確信し、以後一切弘法大師に対する不平を言わなかったとか、かつての醍醐天皇が夢の中で空海が現れ、それがきっかけで「弘法大師」という諡号を与えたとか、枚挙にいとまがありません。
もちろんそういった話の多くは、後世創作された伝説であることがほとんどでしょうが、仏教では「夢がその人自身の考え方を改める力」をもつと考えられていたのは確かでしょう。
医学的に見ても、睡眠中はその日の情報を整理すると言われていますし、自分が心配していることやその日あった出来事が夢に出てくるのはよくあることですよね。思うに、夢は「自分の無意識を自覚させるもの」ではないでしょうか。
私自身、眠りが非常に浅いため、毎日のように明晰夢をみます。その中には、荒唐無稽なものもあれば、非常にためになることもあり、時には予知夢やデジャヴのようなものまであります。
印象的だったのが、今は亡き師僧に質問をする夢。そのとき、思い悩んでいたことやわからないことを質問すると、生前は無口で厳しかった師匠が、にこやかになんでも答えてくれたのです。
今思えば、その内容は師僧が亡くなってから自分自身が勉強していた内容をまとめたようなものだったのですが、自分で学んでいても理解できていなかったり、忘れていたことを無意識が覚えていて、それが夢の中で師僧の姿を借りて私に問いかけてくれていたんだなぁと思います。
そういった無意識の奥底の潜在意識を、仏教では「阿羅耶識(アラヤ識)」といいます。アラヤとはサンスクリット語で「蔵」を意味します。つまり、阿羅耶識は「意識の蔵」という意味になります。英語圏なんかだと同じような意味合いで「アカシック・レコード」ともいいます。(アカシックもインドが語源です)
詳しくは、「唯識」という分野で哲学的に説かれていますので、興味があればぜひ。
つまり、夢というのは、自分自身の奥底にある意識や、それすら超越した世の中の集合意識、アラヤ識が湧き出る状態に最も近いのではないでしょうか。究極の瞑想も、まるで寝ているかのようなリラックス感と恍惚感があるといいますし、それを人為的に引き出すか否かの違いでしかないのかもしれません。