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いじめ等の加害者と被害者について

すいません。質問ではないのですが。
いじめの被害者は、どうすれば加害者を憎むことをやめられるのかと苦悩します。
相談サイトで等を見ると加害者は、どうすれば被害者に許してもらえるかと質問をしています。

理不尽ではないですか?なぜ加害者は被害者に行動を求めるのでしょうか。

加害者にわかるのでしょうか?
前から人が歩いてきただけで心の芯が凍るような感覚が。
自分と他人の集まりでしか考えられず延々と続く孤独感の辛さが。
友人、恋人、家族に憧れとそれを持てないと言う諦めと絶望感が。

日常を生活できるのは回復したからではありません。心を誤魔化し隠す力がついただけです。

結婚したから、子供が産まれるから記念に許してもらおう。こんな考えで過去の暴力を背景に、被害者の今の環境を人質にとって謝罪を受け入れの強要。
自分は幸せだから不幸なお前は自分を許せとでも言うつもりか?
回りを巻き込み謝罪を許否すれば被害者が心の狭い人扱い。
言葉では許すと言いますが心では許してなどいません。

本当に悪いと思っているならタイムマシンでも開発していじめを無かった事にすれば良い。
被害者の心の傷を綺麗に取り去り今までの人生を上回る幸せな人生を与えて親族引き連れて被害者から半径5万キロ離れたところで暮らせば良い。

どれも無理ならここのお坊様の言う通り被害者に関わらないでほしい。
被害者は加害者の顔と名前は忘れても恨みは忘れない。
もし、死ぬときに恨みが風化されずに残れば加害者の子孫に祟るくらいはしますよ。

加害者は被害者へ謝罪をする権利など無いですし、被害者も謝罪を受け入れる義務は無いです。

安易な謝罪よりどう償うか考えて見れば良いのです。人の人生を狂わせた事と対等な償いを粛々とこなせば良いだけです。そんなものがあるのであれば。

有り難し 10
回答 1

質問投稿日: 2018年1月6日 12:46

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

恨みを離れ、大切なあなたの人生を生きて下さい

 『いじめの被害者は、どうすれば加害者を憎むことをやめられるのか』…憎むことを止めるに尽きるのですが、それが出来ないならば憎む気持ちから出来るだけ距離を置く、離れる、脇に置くことです。
 仏法から申せば、相手を憎む気持ちも「執着」であると説きます。執着こそは煩悩であり、離れるべきものとします。離れたるところが「さとり」です。
 さとりに至るには、自分でさとりを求めて修行する道と、そして「必ずあなたをさとらしめるから、私に任せておくれ」とおっしゃる仏様の願いを聞信して、そのようにお任せしていく道があります…浄土真宗は後者の教えです。
 私のこの何ともならない、どこにも持っていきようのない怒り、悲しみ、苦痛は他の誰も分かってくれなくても、「仏様」というお方は知っていらっしゃる。そう頂けたときに、私の苦悩が私独りのものではなくなります。少なくとも仏様が私の苦悩を知り、一緒に背負って下さっていると頂けたとき、私の苦しみは半分になります…いえ、限りなく軽くなるのです。
 「誰も分かってくれない」から「私の苦悩を知り抜いて下さっていらっしゃるお方をこそ、仏様と申すのだ」への転換こそが仏教との出遇いであり、信仰です。
 ハッキリ申せば、いじめの加害者は「いじめたことすら忘れている」のです。もっと申せば「いじめた人間自体を思い出せない」ような状態であるかも知れません。
 そんな人間に対して怒りを持ち続けるのは、時間と体力の無駄です。
 そして、一つだけ「いじめた事実を本人は忘れていても、脳にはその記憶がしまい込まれている。そして脳はいじめをしたことを事実として受け入れており、だから本人はその後も本質的に『いじめを行う』人生を歩む」ことを申し上げます。
 人をいじめる人生を歩むとどうなるのか…想像されるとわかると思うのですが、傍から見れば思い通りの生き方のようにみえて、多分逆襲など様々な苦悩に出会う人生になります。それは本人が自然と選択した人生です。
 過去のいじめを恨むより、今の自分の人生を充実させることが大切です。
 お勧めするのは憚られる面もあるのですが、「え、おまえそんなに偉くなったの? そんなに稼いでるの?」というお相手の言葉を引き出せたら、それが最高の復讐になるでしょうね。
 どうか恨みを離れ、相手を思う人生ではなく、ご自分の人生をこそ生きてくださいませ。

5ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

小林 覚城さま
回答ありがとうございます。
とりとめのない問答になってしまい申し訳ありません。個人的に質問ではなく私の(いじめを受けたものとしての)心のうちを吐き出しました。
hasnohaのお坊様の薦めで掛かり付けの心療内科の先生に過去を話、向き合うか逃げるかすることになるのだと思います。
なかなか憎しみから遠ざかるのが難しいですね。忘れた頃にふと思いだします。相手の名前も顔も忘れてしまいましたが憎しみが溢れてきます。そして、何故か加害者から謝罪と言う脅迫が来ます。
執着を無くさなければならないですね。

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