優しかった私の祖父
先日祖父が亡くなりました。88歳でした。
その現実を受け入れることが出来ず涙が止まりません。
祖父は誰よりも元気で毎日散歩もしていたし、趣味のゴルフも楽しんでいました。
祖父のためにもいつまでも悲しんでいてはいけないとは分かっているのですが祖父の声、笑顔を思い出してしまい、泣いてしまいます。
私は亡くなる時傍にいる事ができなかった事に後悔しています。あんなに元気だった祖父は今年の5月頃から体調を崩し、入院生活を送っていました。孫としては毎日でも会いに行くべきでした。
施設に入った祖父は見るたびに痩せていき次第に会話も曖昧になっていき、書く力もなくなっていました。
そんな弱っていく祖父を見るのも辛く、会いに行けませんでした。
亡くなる2日前に私は祖父に会いに行きました。
辛さのあまり会話もあまり出来ませんでしたが、「家の中が心配だ」と、無い力を使って紙に書いていました。最後まで心配性で優しい祖父が好きでした。
姉が亡くなるその日に姪と姉の旦那と会いに行き、「また来るね」と姉の言葉に対し手を振ったと言っていました。
そんな祖父が今でも私の名前を呼んでくれるのではないかと思ってしまいます。
この悲しみをどうすれば乗り越えられるでしょうか。これを書いている今も涙が止まりません
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
拝読させて頂きました。
あなたのそのお気持ちをお察し申し上げます。
あなたのその素直なお祖父様へのお気持ちをそのままにお祖父様に心からお伝えなさって下さいね。
お祖父様は今でもいつでもあなたをお見守りなさってくださっていますよ。
ゆっくり心を穏やかにお祖父様にお向き合いなさって下さいね。
いつ如何なる時もこれからもずっとお祖父様はあなたの人生を見守り続けて下さいますからね。そしてあなたの人生や成長を喜んでくれますからね。
悲しみは乗り越えなくていい
空来さん、はじめまして。質問を拝読しました。
空来さんの祖父が亡くなったのですね。お悔やみ申し上げます。
亡くなったということは、もう会えないことです。だから悲しいのです。
親を養わんと欲すれども、時待たず。
人が亡くなっていくときは、枯れていくように痩せていきます。
お見舞いに行くたびに痩せていく祖父の姿を見ることは、空来さんにとってつらいことだったことでしょう。でも、誰でも枯れていき命の火を消していくのです。
人が亡くなれば仏さまに導かれて旅を続けていくと説きます。
空来さんのお祖父ちゃんは1人ではありません。仏さまと共に旅を続けていき、仏さまに学んでいるのです。
供養は、故人を忘れないことです。
悲しみはそのままに、故人のことをいつまでも忘れないようにしてあげてください。
いつか必ず,お祖父ちゃんのことは思い出の箱の中に納めることができる日が来ます。
きっと、よくなりますから。
質問者からのお礼
心温かい回答本当にありがとうございます。
いつまで悲しんでいても祖父は喜ばないという事に気づくことが出来ました。
今はまだ辛く悲しいのですが、私の祖父は自慢出来るほど優しい心の持ち主です。
そんな私の祖父ならこれからの私達家族のことを見守ってくれると思います。
きっと天国でも優しい祖父のままです。
今でもそばにいてくれている気がします。
本当にありがとうございました。