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愛猫の供養について教えてください

回答数回答 2
有り難し有り難し 27

愛猫が亡くなり、もうすぐ4カ月が経とうとしています。

私が離れがたいのと、納骨について迷っていたために、四十九日も百カ日も納骨せぬまま今に至ります。

まず、以前何かで「いつまでも死んだ猫の骨を手元に置いたり、寂しいとか思っていると成仏できずに化け猫になってしまう」という文章を見たことがあるのですが、本当でしょうか。
今でもつい「もっとこうしていれば、今も生きてくれていたかも」と後悔したり、「●●ちゃんがいなくなって寂しいね。天国から会いに来てくれるかな」と息子と話したりしてしまいます。

離れがたくて納骨していないと言っておきながら、死後しばらく経ってからはお参りもお供えも毎日はしておらず、たまにお線香をあげて手を合わせたり、食べ物や花をお供えしたりするだけです。
供養という面では、人間が仏壇にご飯やお茶をお供えするのと同じようにするほうがよいのでしょうか。
缶詰をお皿に盛って置くこともありますが「仏さんに肉や魚というのもどうなんだろう」と考えたり、もう死んでしまったのにあげても仕方ないなと虚しく感じたりしてしまいます。

私の願いは、愛猫が次生まれ変わる時まで天国でのびのびと幸せに過ごしてほしいということ。そしてもし望んでくれるならば、生まれ変わったらまた私たちとともに、今度はもっと長く幸せに暮らしてほしいということです。

ペット供養をなさっているお寺は、近くに3軒ほどあります。合同のお墓に毎日お経をあげてくださったりはしないのかもしれませんが、それでも民間業者の霊園よりはよい気がしています。

ただ、最初から合祀のみだったり、数年間個別で納骨した後に合祀だったりで、結局合祀されることに抵抗があります。

最近は人間も樹木葬などがあり、自分自身が選択するのは全然よいと思うのですが、いざ愛猫のこととなると、他の動物たちの骨とごちゃ混ぜにされるというのが受け入れがたいのです。

また、うちには幼な子がいるのですが、合祀の場合、家族でお墓参りに行った時に、元の飼い主さんにお参りしてもらえず寂しい思いをしている動物の霊たちが、子どもたちについてこないか心配です。

どのように供養するのが、愛猫にとってベストなのでしょうか。
個別でも合祀でも死んだ側には関係ないのでしょうか。
ちなみに我が家はマンションですので、埋められません。実家は庭がありますがとても離れています。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

縁(えん)を引き受けて

猫ちゃんのご命終に哀悼の意を捧げます。 南無阿弥陀仏

猫ちゃんのことが心配なのですね。でもご安心ください。猫ちゃんはもう全ての迷い・囚われから解放されて仏様の世界に旅立っていかれました。
今はもう猫ちゃんを心配するあなたが逆に猫ちゃんから心配されているのですよ。

私たちは生きてる間は様々な「思い」に振り回されて生きています。

「ああすれば良かったんじゃ…こうすれば良かったんじゃ」と過去にとらわれ後悔し、「ああすればより良いのか…こうすればより良いのか」と未来に怯え、今という地に足がつかずフワフワと迷っています。

そういう私たちの思いは間に合いませんよ、今という事実を受け止めて生きてください

というのが仏様の世界に旅立った猫ちゃんからの教えです。個別でも合祀でも、いつ納骨しようとも、どこに納骨しようとも、そして何をお供えしようとも、亡くなった側でなくこちら側が思いに振り回されて定まらなければ、こちら側の心の中の猫ちゃんは成仏しません。そんなこちら側の様子をあちら側にいる実際の猫ちゃんは心配していることでしょう。

どんな思いもそれが私たちの思いである限り徹底されないのです。

誰かに何かを言われたり、違う意見を目にしたり、自分の考えが変わったり、もう決めたはずなのに都合の悪い事が起こったらまた迷ったり、関係のないことを目に見えないもののせいにしたり…。

全ては仏教でいう縁(えん)、つまり環境や条件や対象によって移ろい変わります。だからその時その時の縁にとらわれそれを頼りにしようとも、縁は変わるのですからブレるのです。

そうでなく、その時その時の縁をたとえ自分に都合が悪いものであっても私がいただいたご縁として引き受けなさい。そうすれば良い事も、悪い事も、私が受けるはずのない不当なものだなんて虚しい考えではなく、どんな物事もこれが私の喜びであり苦しみであると主体性をもって満足していける生き方になりますよ。というのが仏様の世界・あちら側・猫ちゃんからのメッセージです。

霊がつくことはありません。お供えは仏様のおさがりとしていただいて皆様が食べる事ができるもののほうがもったいなくはないでしょう。たまには好物をお供えしたいのならそれもよいでしょう。

その時その時の縁にふり回されるのでなく、縁を引き受けて、今という時を猫ちゃんの教えとともに生きてください。

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有り難し
おきもち

はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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その子とのご縁

拝読させて頂きました。
あなたのその子への思いをそのまま仏様やその子にお伝えなさって下さいね。
そしてその子が仏様の元で伸び伸びとお健やかにいらっしゃるようにと仏様に手を合わせてお願いなさって下さいね。

私も共にお祈りさせて頂きます。
南無阿弥陀仏なむあみだぶつ

その子は仏様に導かれて穏やかになられるでしょう、そしてこれからもあなたを優しくお見守りなさって下さいます。

いつの日かあなたがその天寿を全うなさる時仏様に導かれて必ずその子に巡り会え喜びあうことでしょう。
それまでそばで優しく見守っていていてね、とその子に手を合わせてお願いなさって下さい。

ご納骨はあわてなくて良いと思います。ゆっくり心が落ち着いてからまたお考えなさり検討なさって下さいね。

できるだけ朝起きてからや寝る前にその子に手を合わせてご供養なさって下さいね。お供えものはあなたのお気持ちのもので良いと思います。

あなたとその子とのご縁はこれからも続いていきますからね。どうぞその子とのご縁をこれからも大切になさって下さいね。

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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

Kousyo Kuuyo Azuma様、吉武文法様

以前は愛猫の供養につきましてご回答くださりありがとうございました。
ずっとお礼のコメントを書いていないことが気にかかっていながら、今になってしまいました。
本当に失礼なことをしてしまい、申し訳ございません。

久しぶりにこちらのサイトを開いて頂戴したお言葉を読み直しましたら、また涙が出てまいりました。

愛猫の死から3年以上経ちましたが、いまだに納骨しておりません。
不思議なものでお骨よりも写真の方が愛猫の存在を感じられる気がしており、そう遠からず納骨しようかなとは考えています。

猫の方がこちらを心配しているとのお言葉、本当にその通りだと思いました。

ご回答いただいてからも夫との関係や育児に悩んだとき、愛猫と過ごした時間に想いを馳せて
愛猫がいてくれたらどんなに救われたかと考えてしまうことがありますが、それでも天国の愛猫にこれ以上心配をかけないようにと心を持ち直せるようになりました。

まだまだ猫には心配をかけているかと思いますが、早く生まれ変わってまた私たち家族と暮らしてもらえたらと願っています。

そのためにも納骨するお寺を早めに決めなくてはいけませんね。

このたびは本当にありがとうございました。
このようなご時世ですので、どうかご自愛のうえお過ごしくださいませ。

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