パニックに負けない強い精神を目指したいです
お坊さん、こんにちは。
先日は未熟な私の質問に親切丁寧にお答えいただきありがとうございました。
深く感謝いたします。
この度は気持ちのコントロールについて、アドバイスをいただければと思います。
私は思いもしない自体に直面すると、冷静さが吹き飛び、咄嗟に発作的に行動して、あとで激しく後悔することがあります。
冷静になろうと深呼吸や真言を唱えても、動揺が勝ってしまい、人のアドバイスも入ってこず、早くその状況から抜け出したい、となってしまい、その時はスッキリしても後からなんで良く考えなかったのかと後悔します。
分かってるのに、同じ失敗をします。
例えばですが、パチンコで負け続けて、ムキになって続けて、また負けるような感じに似てます。
私はパチンコはしませんので、少し違うかもしれませんが‥‥。
パニックになった時、動揺に打ち勝ち、どうするのが後々に良いのか、ちゃんと考えて行動したいのですが、パニックになるとおかしくなります。
お坊さんは精神的な修行を常になさってると思いますが、思ってもいない大変な自体に直面した時、冷静さを失わないように、私でも出来そうな修行はありませんでしょうか。
やはり写経、読経、座禅でしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
『日々是パニック』
冷静さを失わないようにするのが、修行の目的とは教わっていませんので
逆に混乱させてしまうかもしれませんが。
私などはむしろ、修行中パニックだらけで周りに迷惑かけっぱなしでしたし
今でもなおそんな感じですから。「日々是パニック」です。
それでいいのかと思われるでしょうね。
でも
冷静になろうとか、動揺に打ち勝とうとかすると
かえってますます落ち着かなくなる気がしませんか?
そんなふうに感じるようになるだけでも
少しは変わると思います。
パニックになったらなったでしょうがない。
動揺しちゃったらそれはもう仕方がない。
そんな感じで
冷静だろうと冷静でなかろうと
目の前のこと、精いっぱいやろう。
できることをやったのならそれでいいじゃないか
とそんなふうにしていただきたいとも思います。あまりご自分を責めないであげてください。
深呼吸や真言を唱えたりなどなされているそうですが
「冷静になるため」に呼吸や真言を「ツール」としてとらえるのではなく
呼吸や真言と「親しむ」ような気持ちで日々過ごしてみてほしいです。
きっと知らず知らずのあいだに、変化が起きると思います。
そのように信じています。
質問者からのお礼
お返事をありがとうございます。
お坊さんはいかなる時もどっしり構えられているものとの思い込みがあったので、意外なお返事でした。
パニックになると思い込みが激しくなって、後で間違いだとわかるんですよね。
オレオレ詐欺に引っかかる心理と似ておりますね。
私も吉井お坊さん(呼び方が違ったらすみません)のように柔軟に対応したいです。